第十五話
兵士達が昨日と同じように閂もどきの準備をしている間に、俺は机の脚の持ち手部分に昨日作った帯を丁寧に巻いていく。
予定とは違うが、何も準備しないよりよほどマシだろう。
着いた場所が同じで、兵士達が準備している閂もどきも一緒だったので、てっきり今日も昨日と同じことをさせられるのかと思ったら違っていた。
兵士達は準備が終わったら昨日と同じように全員、やぐらの上に登って行った。
そして、いよいよ扉が開き、閂もどきに開いた穴から昨日のリプレイを再生しているみたいにドブネズミが顔を出す。
俺はてっきり「戦え」の命令が出るものとばかり思っていたので扉の横に立って机の脚を頭上に振りかぶった体勢で待ち構えていた。
すると、今日は「捕まえろ」と命令が来た。
初めての命令だったが、「戦え」は相手を殺す事が前提だとすると、「捕まえろ」は当然生かしたまま相手を捕まえろという意味なんだろう。
体の自由は「戦え」の時と変わらないくらい与えられるようだ。
でも、加減なんてどうすればいいんだ?
扉が開くまで残り時間も無いので、ひとまず開きかけの扉の所為で突き出しているネズミの顔を軽めに叩いてみた。
叩かれたネズミは瞬間的に引っ込むが、怒ったのか余計に激しく暴れだす。
やっぱり、こんな程度じゃ気絶なんてしてくれないよな。
昨日の経験からしても、思い切り叩けばどうにか殺せるってだけで、加減して相手を動けなくするなんて器用な真似は俺に出来そうに無い。
凄く困った。
困ったな。
牽制のために何度か顔を出してくるネズミの顔を机の脚で叩いて引っ込めさせる。
何度も叩かれてるうちにネズミの方も穴から顔を出せば叩かれる事を学習したのか、最初の頃のような勢いがなくなり、恐る恐る顔を出すようになってきた。
このまま入り口を叩き続ければ時間は稼げるだろうが、命令は達成できそうに無い。
せめて誰か一人でも良いので、連携出来る仲間が居れば選択肢の幅も増えるのに、言葉どころか意思の疎通にも成功していない現状、俺は俺一人で頑張るしかない。
他の奴らは協力し合って捕まえたり出来るんだろうか?
入り口を叩いてネズミがこちらへ飛び出してこないように牽制しながら、思わず意味もなく廻りに突っ立て居るやつらをぐるっと見回す。
……いや、昨日の様子を見る限り、こいつらにそんな事が出来るとは思えない。
つまりここに居るのは、俺を含めてばらばらな一人ずつが21人。
何かをしようと思ってもこれではろくな事が出来そうに無い。
この命令、どうやって達成すればいいんだ?
はぁ。とりあえず、出来ることをするしかないか……。
現状維持だけでは命令の達成が出来ないので、とりあえず別の方法を試す事にしよう。
ネズミがこちらに飛び出してしまうと俺では素早さに対処できそうに無いので、入り口に顔を出したネズミの顔を叩いて引っ込ませたタイミングで、閂もどきに開いている穴の縁に机の脚を横から先端が地面にくっつくように斜めに差し込んで出口を本来より狭くする。
その結果、何が起こるかというと、扉が開ききってこちら側に飛び出そうとしたネズミが、今度は机の脚が邪魔をして出口側で胴体が引っかかり通り抜けられず暴れることになる。
理屈だけだと簡単そうだが、相手も生き物なので油断すれば突破されてしまうのでこちらとしても油断は出来ない。
その状態で梃子の原理を使い、机の脚を下ろすと、丁度首の辺りに机の脚がギロチンの刃のように食い込みネズミを苦しめるとともに動きを制限する。
俺に出来るのはここまでだ。
今、下手に片手でネズミをどうこうしようとしても手が滑って机の脚を離してしまうのが落ちだろう。
俺の両手が空いていれば動けないネズミを捕まえることが……
いや、希望的観測が過ぎるか、手で捕まえたらその後俺の手の中で絶対暴れるよな?
噛み付き、引っかき、破傷風のコンボで俺終了じゃねーか。
結論!
つまり、意識がある状態のネズミを捕まえるのは俺には無理だ。
どうにかして残りの20人を動かして命令を達成するしかない。
廻りでばけーっと見ている奴らに顎で、ほら、捕まえろ! とジェスチャーして見るが伝わった様子は無い。
今度は机の脚の持ち手部分に顎を添えて固定し、どうにか片手を開ける。
こっちを見ている奴の眼を見ながら、空いた片手を大げさに動かし、空中でネズミを捕まえるジェスチャーをしてみせる。
おっ?
ようやく動き出した。
どうにか伝わったようだ、これで伝わらなかったらどうしようかと思ったぞ。
俺=ネズミをくれる人
そんな図式が奴らの中に出来ているのかどうかはわからないが、どうにか命令の達成が出来そうだ。
完全な分業になるので、俺はひたすらネズミの動きを制限する事を頑張る。
他の奴らは動けないネズミの首を後頭部から掴み捕獲していく。
ただ、生きているネズミは意識があれば当然暴れる。
首を押さえていても前足で引っかかれる位は当たり前におきる。
そんなわけで、折角簡単に捕まえても、その後きちんと拘束できずに逃がしてしまい、それを慌てて追いかけるというハプニングが何件か起こった。
俺が押さえつけているんだから、その間にネズミを気絶させてから捕まえれば良いと俺は思うのだが、こいつらにはそこまで考える頭は無いようだ。
それと、何を勘違いしたのか、折角捕まえたネズミの頭を齧って食い殺してしまったアホがいた。
こいつは命令理解して無いのか?
そいつは、ネズミを食い殺した次の瞬間、強烈な苦痛を首輪から貰ったようで地面にぶっ倒れて泡を吹いて伸びてしまった。
まあ、普通に考えて命令違反だよな。
今回は捕獲を続けている所為か視界中央のカウントは変化しない。
現在何匹目か数えて無かった所為で今一体何匹目なのかさっぱりわからない。
でも、多分、10匹以上は捕まえたはずだ。
昨日と同じパターンならそろそろ俺だけ呼びつけられるタイミングだな。
そんなふうに思っていたが、一向に呼ばれない。
まあ、梃子の原理を使って体重で押さえつけているだけなので、昨日よりも楽なくらいだから俺としては全然問題は無いのだが。
その後、伸びている一人を除いて俺以外の19人が一人二匹ずつ捕獲するまで命令は続いた。
つまり、38匹+死んだ一匹の合計39匹が今回の成果だ。
兵士達はどういう判断をしているのか、今回は最後まで俺の行動を黙認した。
うーん、昨日は途中でやめさせたのに、違いは何だろう?
昨日のは訓練で今日のは作業だったとかか?
もしかすると、ネズミを捕まえさせる為に俺達は捕まっているんだろうか?
イヤイヤマサカ、流石にそれは無いと信じたい。
もし、そんな理由なら初日に見た檻みたいなのを閂もどきの前に仕掛けて、好きなだけネズミを捕まえればいいだけだよな?
それにしても、この扉の向こうはどうなっているんだ?
昨日今日と大量のネズミを相手にしたわけだが、扉を閉めない限り途切れることなくネズミ達は突入してくる。
怖いもの見たさで一度向こう側がどうなっているのか見てみたい気はするが理性はやめておけといっている。
まあ、向こう側がネズミだらけだと仮定するなら、俺が逃げ出す時の逃走経路に使えない事は間違いないし、見なくてもいいか。
そういえば、柵が油っぽい物でべとべとなのはもしかするとネズミが勝手にこっち側に侵入しないための対策なのかもな。
兵士達はどこから取り出したのかわからない袋にネズミを一匹ずついれて受け取るとそのまま解散してしまった。
俺は結局自分では一匹も捕まえていないが、俺がネズミを捕まえる補助をしていたのは兵士達も理解しているようで特に咎め立てされなかった。
そして、解散時の命令は昨日と同じ「戻れ」「休め」だった。
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