第十三話
ようやく朝になった。
小屋に朝日が差し込んでくる。
小鳥の声とかは聞こえない、清清しくない不快な目覚めだ。
……いや、寝て無いので目覚めじゃないか。
鼻の痛みと煮えたぎる怒りの所為で結局あの後一睡も出来なかった。
こんな状態で今日一日大丈夫なんだろうか?
それに、自分では気づいてなかったが昨日頑張ってネズミを倒した所為で肩から手首まで満遍なく痛い。
この痛みは筋肉痛だろうか?
机の脚で何回もネズミや地面を叩いたダメージが痛みという形で現れたようだ。
確認のしようが無いが、戦闘中の多幸感の所為で、もしかすると脳のリミッターが外されて普段出ないような力が出てしまっているのかもしれない。
エンジェルダストという麻薬は痛みを忘れさせ服用者に怪力を出させるケースも有ったというが、この多幸感にもそれに近い効果が備わっている可能性がある。
ふぅ。
暗闇に慣れていた俺の目には小屋の隙間から差し込むほんの少しの朝日でも小屋の中が良く見える。
小屋の中の様相は想像よりかなり酷くなっていた。
というのも、クソをした後こいつらは寝ていたわけで、当然寝ていれば寝返りも打つ。
それがどういう結果を招くかは御理解いただけるだろう。
今の小屋の中はとんでもない状態になっている。
というか、よくもまあ、あの匂いの中で平気で眠れるもんだな。
そこだけは正直少しうらやましい。
この状況を見た瞬間、俺の中の「俺以外は獣疑惑」は確定まで跳ね上がった。
もし、俺がどうしても便意を堪えられなくなったとしたら少なくとも穴を掘り、事後にはその穴を埋めるだろう。
犬や猫ですらそれくらいはする。
つまり、こいつらはそれ以下だ。
一晩でいきなり小屋の中の衛生面が最悪になってしまった。
食中毒や伝染病が普通に発生しそうで恐ろしい。
兵士たちはこういったケースの想定はしていないのか?
というか、今晩もこんな小屋で俺は過ごさないといけないのか?
ムカムカする。
不快で不快で仕方が無い。
昨日の予定では今日は服を作ろうと思っていたが、とてもじゃないがそんな気力がわかない。
小屋の空気を吸いたくなかったので壁の隙間にへばりつくようにして寝そべり、筋肉痛で痛む手で囲いを作って外の空気を吸う。
何もしないより、この方が少しはマシだろう。
鼻がふさがっている所為で息がし辛いが、口だけではぁはぁと犬のように呼吸した。
はぁはぁ
呼吸音だけ聞いたらまるで変質者だな。
いや、裸で寝そべってはぁはぁ言ってる時点でアウトか……。
朝起きて、床に一箇所二箇所クソがあっただけなら側に穴を掘ってそこへ埋めるか、上から土でもかぶせてやろうかと思っていたが、既に俺が対処できる限界を超えている。
流石にクソの上を転がって身体をクソまみれにしたうえ小屋のいろんな場所を汚してしまっているこいつらを俺がどうこうできる訳も無い。
水洗いしようにも、仮に洗ったあとの排水はどうするんだ?
結局小屋の床に流すなら意味が無いだろう。
そもそも、飲み水ですら自由に調達できないのに体を洗えるほどの水なんてどうやっても確保できないだろう。
それ以前におとなしくこいつらが俺に体を洗わせるはずも無いしな。
唯一の朗報は今の時点で俺が腹を下していないので、この辺に生えている草で毒草は存在しないみたいだってことだ。
まあ、人が生活するエリアなのであらかじめ毒草は除去されていたのかもしれない。
咲く花が綺麗だからとか、そういった理由でわざと毒草を植えられていたりしなくて良かった。
しかし、折角昨日とってきた草たちだが、今朝の朝食には出来そうに無い。
一晩中汚染された空気にさらされ続けたそれらを口にするのは流石にためらわれる。
御存知かもしれないが、匂いというのは微細な粒子だ。
つまり、この不快なにおいが充満している小屋の中には満遍なく、その微細な粒子が舞っているということだ。
そんななかに一晩おいて置いたものを食えるか! くそっ!
油断すると起き上がって壁を思い切り殴りつけたくなる気持ちをなだめて、ただただ時間が過ぎるのを待つ。
兵士たちが来れば少なくとも小屋の状況に気づくだろう。
他力本願だが、何か対処をしてくれるかもしれない。
あ。一つ思いついた。
入り口をふさいでる板を外してしまえば少しは状況が良くなるんじゃないか?
風が入れば匂いも少しは薄れるかも知れないし。
って、今更か。
それに、どこにクソが落ちているかわからない床の上を歩いて入り口まで行きたくない。
あー、もう何もする気が起きない。
そうやってぐだって居るうちに時間が過ぎたようだ。
鉄靴の足音が近づいてくる事に気づいた。
ようやく来てくれたか。
兵士が持ってくる生肉には全く興味は無いが、今日は小屋の状態が酷いので一刻も早く対処をして欲しい。
兵士が来るのが待ち遠しいとか、こんな事を考えさせられる事態が起きたことに苦笑する。
む? 入ってこないな。
もう少しで入り口ってところで足音がしなくなった。
外で立ち止まってしまったようだ。
これは多分、小屋の外にまで匂いが漏れているってことだろう。
なあ、そこからでも、もうわかっているんだろう?
頼むから早く何か対処してくれよ?
せめて小屋から出させてくれ。
足音が再開する。早く来い。
と、思ったら足音が遠ざかっていく。
つまり、兵士が帰っていく。
……ぽかーん。
どんどん足音は遠ざかっていく。
そのうち足音は聞こえなくなった。
帰りやがった。何もせずに。
……
はっ!
あまりに酷い対応に暫く呆然としてしまった。
ほんの少しとはいえ期待してしまった自分が馬鹿みたいだ。
ははは、このままなのか。
このままこのクソのにおいの充満した小屋の中で俺は我慢し続けないといけないのか。
「ははっあははっ」
どうしようもない現実に乾いた笑いが漏れてしまう。
……
「ふざっけんなぁ!クソがぁっっっ!!!!」
あがああああっ!
怒りが瞬間的に沸騰して、まるで目の前で火花が散ったみたいに視界がチカチカする。
筋肉痛も忘れ、勢いに任せてすぐ側の壁を思いっきり叩いたら物凄い音がした。
普段の俺なら自分が出した音に驚いて冷静になるところだが今回は違った。
廻りの奴らが何事かとこちらに注目するが知った事か!
壁を殴るのと一緒に心の中で兵士に呪いの言葉をありったけぶつける。
攻撃的な意思を兵士に向けた所為で耐え難い苦痛が襲ってくるが、痛みを堪えて身体を抱きしめるように丸まりながらそれでも兵士を呪わずには居られない。
全く無意味だが制御できない怒りの所為で地面に何度も頭突きをしていた。
いつか、あいつらにも、俺と、同じ思いを、味わわせて、やる!!!!
「うがああああああああああああああああっ!!!!」
失神しそうな痛みの中で狂ったように吼える。
クソどもが、じごくへ、おち、ろ!
――そして徹夜で消耗していた意識が途切れた。
誤字脱字、文法表現での間違い等ありましたらお知らせいただけるとありがたいです。




