第十話
さっきまで俺に注目していた奴らも、俺が持っている物が肉ではなく草だとわかると途端に興味を失ったのか視線を外し各々適当にくつろぎだした。
もしかしたら肉以外には興味を示さないんじゃないかと期待していたが、ここまで思い通りにいくとは。
ふーむ、ただ今後のことも考えるともう少しやっておきたい事がある。
俺としてはある程度の食料をこの小屋の中に確保しておきたい。
いつも俺が一番に小屋に戻ってこられるなら何も問題はないんだが、自分の都合で動き回れない俺にそんなことができるはずもない。
俺が居ない時に、誰かが俺が食っている草に興味をもって悪戯されても困る。
昨日の夜、寝てる間に骨を取られた件もあるしな。
さて、実際問題どうするか。
対策としては俺が草を食ってるところをあまり見せないようにする。というのも選べるが、ずっと巧くごまかせるなんてありえない。
見つからない場所に隠す、なんていうのはこの小屋では無理な話だ。
今後のことも考えると、わざと全員から見えるように草を食って見せて、興味を持った奴になるべくまずい草をわざと食わせて興味を失わせるってのが一番いいか。
自分で確かめた結果、まずければこいつらもわざわざ草を食おうとは思わないだろう。
というわけでまずは味見開始だ。
最初に竹糖もどきの根っこに近い茎部分を少し齧ってみる。
「!」
少しだけ期待していたが、姿かたちだけでなく植物としても竹糖と近いもののようだ。
茎が甘い。期待以上だ!
にやけそうになる顔をどうにか堪えて渋いものを食べているような表情を作る。
渋いぞ、渋いんだぞ!
後はまだ食べた事のない草を順番に少しずつ齧っていく。
試食を進めながら並べた地面に小石で、齧った時の味の感想を簡単に日本語で書いていく。
どうせ読めないだろうという思いと、読める奴が気が付いて話しかけてくれないかという相反する気持ちを抱えながら地面にゴリゴリ文字を書く。
まあ、こちらから話しかけても無反応な時点で既に絶望的だけどな。
一通り試食が終わったら、朝食べたものも含めてどれが一番まずかったかを評価した。
栄えある第一位は……隙間の多いしわしわの葉っぱを広げる貴方です! おめでとうございます!
この草はにおいも酷いし味も凄まじく苦い。
苦くさい。うん、こう表現するべきだな。
準備が出来たので早速作戦開始。
口をもぐもぐさせながら苦くさい葉っぱを口にくわえ、みんなの前を横切ってみせる。
おー、おー。視線が集まる集まる。
口を半開きにしてこちらを見ている奴に俺がくわえていた苦くさい葉っぱを半分ちぎって渡した。
匂いが酷いので少しためらった後そいつはぱくっと食って……吐いた。
口から出した後も味と匂いが口の中に残ったのか暫くむせていた。
作戦成功!
これで少なくとも俺が居ない間に勝手に草が食われる事はなくなるんじゃないだろうか? 甘いかな?
小屋の隅っこに戻り、銜えていた葉っぱをそっと吐き出す。
俺も流石にこれは食えそうに無い。
銜えていた唇が余りの苦くささに痺れているような感じがする。
もしかすると加熱したら食えるのかもしれないが生では無理だ。ギブアップ。
とりあえず口直しもかねて、竹糖もどきの根っこ近くの甘い部分を全部齧っておく。……美味い。
根っこ近く以外は別の利用法を考えているので残しておく。
あぁ、疲れた身体に糖分は凄く幸せだ。
後は行きの道で味見したものを良く噛んで残さず全て食べてしまう。
野菜は生で食べると量が食べられないというが、今はそれもありがたい。
今食ってるのは草だが。まあ、似たようなものだ。
ふぅ、久々に満腹感を味わえた。
まあ、生だし味は酷いのだが。
口の中は苦味と青臭さでいっぱいになった。
品種改良された、生でもおいしく食べられる野菜は凄いものだったんだな。
残りの、帰り道で初めて採取した草に関しては、明日の朝俺の腹の状態が大丈夫そうなら朝食としていただこう。
ただし、まずさ選手権一位と二位に関しては一寸食べられそうに無いのでこれは別の利用方法を考えてみよう。
さて、食事も取れたし一寸竹糖もどきを使ってお仕事しますか。
そう思ったとき小屋へと兵士が近づいてくる足音がした。
なんだろう? と思っていたら小屋の入り口を開けて今朝と同じように兵士が肉を放りこんできた。
さっきまで寝転んでいた奴らが今は投げ込まれる肉に群がっている。
お前ら今日はネズミをかなりの数食っただろうが……。
どうやら一日二食はもらえるようだ。生肉なので俺には関係ないがな。
しかし、一緒に交換してもらえる水の方は俺にとっても重要だ。
今回も一番に水を貰うべく、入り口脇の水瓶の側で待機していよう。
水はまだかな?
すると、肉を配る兵士とは別にもう一人手ぶらの兵士が小屋に入ってきて汚れた水瓶を消した。
消した。そう表現するしかない現象が起こった。
目の前で見ていたのに何が起こったのか理解できなかった。
素早く動いたとかそんなレベルの話じゃない、本当に消えてしまった。
呆然としている俺の前で、兵士が今度は水の入った綺麗な水瓶を出した。
水がたっぷり入った水瓶は重量にして20kgくらいはあると思う。
確証は無いが、どんなに軽くても10kgは超えている筈だ。
……。
って、まてよ?
水って1リットル1kgだよな?
水がめの大きさからすると横に寝かせたペットボトルが10本×10本は入りそうだ。
ということは、10kgや20kgなんて量じゃなく、中の水だけでも100kgはあるよな?
そういえば、昔、水道が無かった時代は水がめに入れる水を井戸や川から桶で何往復もして運んだという話をどこかで読んだ記憶がある。
昔話でもそういう描写があるしな。
それがまるで最初からそこにあったかのように今、出現した。
とんでもねー。
地面に置いたとかではなく、最初からそこにあったとしか言いようの無いような状態で現れた。
ほぼ満水の水瓶が中の水を一滴もこぼさずに今目の前にある。
何が起こったんだ? え? 俺は今夢でも見ているのか?
某伝記漫画のポルさんじゃないが理解できない。
なんだこれ?
思わず自分で自分の頬を叩いてしまった。良い音がした、めっちゃ痛かった。
いきなり自分の頬を叩いた俺に驚いたのか、兵士もぎょっとした感じでこっちを見た後小屋を出て行った。
兵士にとっては水瓶を出現させたり消したりするよりも俺が自分の頬を叩く方が驚く出来事なのか。
混乱は収まらないが、水はどうしても飲んでおきたい。考えるのは後にしよう。
わけがわからないままとりあえず目の前の水瓶から水をたっぷりと飲ませてもらう。
水はやっぱり水だ。どこにもおかしいところが見つからない。
水瓶の下の地面に何か仕掛けでもあるのか? と思い、念のため覗き込んでみたが普通の地面だった。
そうやって地面を調べていたら、ふと、見慣れない小さなお皿が置かれているのに気がついた。
小粒の水晶のような石ころ? が沢山入っている。なんだこれ?
気になったので親指の爪くらいの小さいものを一つ拾って眺めてみる。
何となく飴か何かなのか? と思い舐めてみると塩の塊だった。
塩!
塩だ!
これは絶対に確保せねば。
そういえば、戦闘をしろとか激しい運動を要求されているのに塩の補給が今まで無かった。
いつでも塩を手に入れることが出来るわけじゃなさそうだ。
肉に群がっている皆には悪いが俺は塩を幾つか多めに取らせて貰う事にした。
まあ、皆が肉を貰う分、俺は違うものを貰うという事で勘弁してもらおう。
皿の中には大小色々な大きさの塩の塊が重なっていて、下のほうの数はわからないが多分全部で10~13個程度入っている。
俺はその中から最初に手にした小さいものを1つと、別に大き目のものを1つ頂いた。
そして、さりげなく部屋の隅に戻ると、先ほど利用方法をどうしようかと考えていたまずさ選手権一位の葉っぱを広げ、その上に二位の葉っぱで包んだ塩を乗せて二重に包み、ほぼ俺の定位置と化した小屋の隅っこの地面に穴を掘り埋めた。
皆はまだ肉に夢中で全然俺の行動を気にしていない。
ちなみに、小さい塩の塊は手元に残し今舐めている。
これがあれば後は火と鍋さえあれば塩味のスープ位は作れそうだ。
夢が膨らむ。
あ!
塩の塊が入っていた皿が実はここでは非常に貴重だといまさら気が付き、今日集めてきた草の中で比較的葉の大きなものを一枚持って慌ててもどる。
こっそり塩を葉っぱに移し替えてその場に置き、皿には水瓶から水を汲んでこぼさないように持って帰る。
もし、兵士に皿を返すように要求されたら素直に返すしかない。
だが、そういうそぶりが無ければ俺は自分だけの水を手に入れたことになる。
皆が汚した後の水はとてもじゃないが飲めないので、それを考えればこの皿があると無いとでは大きく違うだろう。
水も食料と同じで一日二回補充されるみたいなので、それ以外のタイミングで水が飲みたくなった時の為、これからは毎度きちんと確保しよう。
誤字脱字、文法表現での間違い等ありましたらお知らせいただけるとありがたいです。




