依頼人①
「じゃあ…、よろしくお願いします」
「わかりましたー。大船に乗ったつもりでいて下さい」
にっこりと微笑むと、斎藤ハジメは苦笑した。酷いなぁ。僕の依頼達成率100%を信じてないのかな。
「僕のこと、信用できませんか?」
「いえいえ!そんなことは…」
斎藤ハジメは両の手を前に出してふるふると振った。
まったく。嘘が下手くそだなぁこの人。ま、だからこんな依頼を持ち込んできてくれたのだから、感謝しないとね。なんて思っていると、
「ダウト」
少し離れた所に座っていた彼女がぼそりと言った。
あぁ、やはりかと僕は溜め息を吐き出したくなる。
「こら、福音。あ、気にしないで下さい。彼女の口癖みたいなものなんで」
困惑した表情の斎藤ハジメに微笑む。それから、彼女を一瞥した。彼女は不服そうだったが、僕は気にせず、再び斎藤ハジメに向き直った。
「えっと、それじゃあ、約束の日時に実行しますね。依頼終了後、僕から電話をかけるんで、必ず出るようにして下さい。あ、依頼金は電話終了後に、指定した口座に振り込んで下さいね」
「わかりました。どうぞよろしくお願いします。それじゃあ、私はこれで」
斎藤ハジメは軽くお辞儀をして、出て行った。僕はその後ろ姿を笑顔で見送った。そして、扉が閉じると同時に顔を戻し、それから深い溜め息を吐き出した。あぁ、疲れるよ、本当に。
「神無月。私、さっきの人嫌いだな」
彼女が抑揚のない声で言ってきたので、僕は首だけを彼女の方へと向けた。
「確かに、善い人間ではないかもね」
「じゃあ、何故引き受けたの」
まるで僕を咎めるような声だった。確かに、斎藤ハジメの依頼は快く引き受け難いものだ。
「あんなの、自業自得じゃない」
彼女は淡々とした口調で言葉を吐き捨てた。まぁ、僕だって彼女の気持ちもわからなくはない。
「でもね、福音ちゃん。ここに来る人の大半がさ、そういう人だと思うよ?斎藤ハジメなんてましな方さ。僕の仕事って、そういう人達が無駄に持ってる大金のおかげで成り立ってるんだよ」
僕が苦笑すると、彼女は大きな目を細め、鋭い目つきで僕を睨んだ。
「お金の為に、罪も無い人を殺せるの?」
あまりにも必死だったので、僕はちょっとだけ笑ってしまった。すると、益々彼女が目を三角にさせた。
「でも、世の中に罪が無い人間なんていないと思うよ。誰だって肉を食べてるわけだし。生き物を直接殺しはしてないけど、それって、間接的に殺してるも同じだよね」
やんわりとした口調で彼女に訊ねると、彼女は眉間に皺を寄せた。
「人と動物とは違うよ。家畜は人よりも下等な生き物だから、仕方ないと思う」
彼女は冷静に返答して、僕の顔を見据えた。
「人間ってさ、そんなに偉いのかな?確かに他の生き物よりも知能は優れているけどさ。でも、人間は本当に大切なものさえ分からないで壊していってしまっているよね」
そう。人間は後悔をするけれど、反省はしない。過ちを犯した時はいつだって、後の祭りで、遅過ぎるんだ。
気づくと、彼女が僕の顔をじっと見詰めていた。だから僕は、首を傾げて微笑みを返した。
「ま、僕の場合、人を殺す代わりに、犬を大切にしているから、プラマイゼロだよね」
そう言って笑うと、彼女は呆れたように溜め息を吐いた。