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四馬鹿王子の恋愛事情  作者: 夕月 星夜
第一章・第二王子
3/5

シンデレラの憂鬱・2


バクバクとアランを追いかけて全力ダッシュした時よりも早く鼓動を打つ心臓を宥めながら振り向けば、黒髪の男性が立っていた。


「あ、ごめなさ、勝手に入って」

「いや、ここは公共の場所だからいいけど……こんな時間に女の子が一人は、よくないよ」

「そう、ですね、ごめ」

「あ、うん、喋んなくていいから、そこに座っていなよ」


示された壁際のソファにおとなしく腰を下ろすと、男性は近くの椅子をすぐ傍に移動して腰を下ろした。

じっと見つめられて、どうしようかと俯く。


「……ごめんね」


ふいにそう呟かれて顔を上げると、男性は困ったような顔をしている……ようだった。

なにしろ前髪が長くて顔がよく見えない。けっこう薄暗いし。


「驚かせちゃったみたいだからさ」

「……え、あ、いや、勝手に入った私も悪い、です。ごめん、なさい」

「そんなに謝んなくてもいいのに。変な子だね」


見えてる口が、おもしろそうに笑みを作った。心からおかしそうなその笑みを見た瞬間。

セイラの涙腺が、崩壊した。


ポロポロどころじゃなくボタボタと大粒の涙をいきなり流し始めたセイラに、男性がビックリしすぎて椅子から転げ落ちる。


「え、え、なんか僕、悪い事言った!?」

「ち、ちが、嬉しくて」


たった一週間だ。住み慣れた孤児院からさらわれて来てから。

でも、もう一週間で。その間、見知らぬ人と、ろくに会話をする事もなく。


ずっと、独りだったのだ。


「なんかね、久々に人と会話してるって、実感、したら、とまらな……」


えぐえぐと子供のように泣きじゃくると、男性はおそるおそるといった様子で、ぎこちなくセイラの頭を撫でた。

その手が優しくて涙がまた止まらなくなる。


「帰りたいよぉ……」


帰りたい。優しいシスターのいるあの場所へ。家族のような皆がいる家へ。

でも、帰れないのも、わかってる。


「なんで私ここにいるの。どうして連れて来られたの」


もう何度も自分に問いかけて、結局答えは出ない疑問。

わかっているのは、自分には何の力もないという事だけだ。


もしもここから逃げ出した所で、孤児院には帰れない。

そんな事をしたら、王子によってあの小さな孤児院は潰されるだろう。

どれほど酷い男でも、彼はこの国の王子なのだから。


「無理矢理、連れて来られたの?」


そう聞かれて口を開きかけて。

それから、もしも言ってしまったら、この人はどうなるのかと思いつく。

王子の悪口を言ったら、この人は。

ここではじめて会話をしてくれた優しい人は、酷い目に会うのではないだろうか。


そう思うと、言えるはずもなくて。

俯いて、ぎゅっとスカートを掴むしか出来なかった。


「……言えないんだね。じゃあ、詳しくは聞かないよ」

「……ごめんなさい。貴方に迷惑、かけたくないの」


そう言うと、男性は少し驚いたようだった。


「……僕に、迷惑?」

「そう。私の恐れる人は……この国で権力を持ってるから」


さらって来たのが王子とは言えないけれど、これくらいなら話をしても大丈夫だろう。

正直な話、誰かに話したくて仕方なかったというのもあるし。


「私にもよくわからないんだけど、いきなり『君のような不幸な女の子を幸せにする為に僕はここへ来たんだ、さぁ行こう!!』って言われて、無理矢理連れて来られたの……」

「そう……それが一週間前なの?」


こくりと小さく頷けば、そっと頭を撫でられた。

その手があんまりにも優しくて、また涙が溢れる。


「ねぇ、教えて。君は『不幸な女の子』なの?」

「……私、孤児だから。だから、そう思われるのかもしれない。でもね、私は孤児院で幸せだったよ!!」


手がかかる悪ガキだったけど、不器用で本当は優しい弟達。おしゃまだったり引っ込み思案だったりと個性的な可愛い妹達。

セイラより年上は全員孤児院を出てしまったけど、時々遊びに来てくれて。

そうして優しい神父様と厳しくもあたたかいシスターが両親の代わりにありったけの愛情を注いでくれたから。


不幸なんかじゃなかった。


「不幸なんかじゃなかった。私、幸せだった。なのにいきなりこんな場所へ連れてきて、しかもそれ以来一度も会ってない。メイドさんもさっさといなくなって、私は部屋に閉じ込められてて。ここに来てからの方がずっとずっと不幸だよ……!!」


そう言えば、男性の顔が辛そうになって。

セイラは慌てて涙を拭うと、だけどとオドオドしながら口を開いた。


「今は、違うの。貴方が私の話を聞いてくれたから、いい事ひとつあった、よ」

「……君は」


男性は目を見開く。

そうしてしばらくセイラをじっと見つめて、やがてふわりと微笑んだ。


「……馬鹿だなぁ。僕に気を使わなくてもいいんだよ?」

「う、嘘じゃないもの!!」

「あ、うん、それはわかるから」


くすくすと笑う男性に少しだけ面食らう。

だけど、笑ってくれた事にホッとして。


「あのね、聞いてくれて、ありがとう」


セイラはにこりと笑い返す事が出来たのだった。




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