第三章「死線」 その一
菜美からの連絡で、俺が市立病院に到着したのは、事件から三時間後の事だった。
総合案内で病室を聞くと、6階だと言われた。6階の看護師詰所で病室を確認した。
絵美は個室に入っていた。病室の表に、警官が一人立っていた。
顔色を失っている菜美を、ベッドの横の椅子に見つけた。
「どうだ。」背中からそう声をかけると、菜美は初めて俺に気づいた。
「あなた・・」
菜美はその後しばらく一言も話せずに、ただ俺にすがって泣いた。
菜美の震えが伝わって、絵美の腕から伸びた点滴チューブが、揺れた。
菜美はしばらくして、ようやく落ち着いたのか、絵美の方を見ながら、言った。
「かなりのショックだったみたい。先生の話だと、軽い打撲だから、今のところ特に心配は
無いって言うけど・・。気を失っているだけだから、目を覚ませば大丈夫だって。」
「そうか・・事件のこと、来る途中にラジオのニュースでも流れてたよ。」
「犯人は教室の中で死んだらしい。・・絵美以外の子供達は、みんな無事だったらしいな。
そうだ、先生は?・・節子先生は?」
「わからない・・わからないの。節子先生が子供達を守ってくれたって。
・・・それで、随分刺されて・・今もまだ、手術中らしいけど。
他の病院だし・・容態はわからないのよ。」
「そうか・・怖かったろうな。子供達のためにか・・何とか助かって欲しいな。」
「うん。ほんとに・・ねえ、こんなひどい事件、どうしてなの?
どうして、絵美がこんな目にあうの?ねえ、どうして・・・。」
菜美はまた涙ぐんだ。
「さあ、それは・・とにかく絵美のせいじゃない。先生のせいでもないし、
お前や俺のせいでもないよ。全て犯人が悪いんだから。」
俺はそう言って、菜美の背中をさすった。
「ほんと?うそよ。私のせいだわ。絵美がこんな目に遭うのは、全部、私のせい。」
菜美の言いたいことは解った。
菜美が俺と暮らすことにしたから、絵美は大阪へ来た。子供は、親の行くところへ黙って
付いていくしかないのだから。その事で菜美は自分を責めているのだ。
「菜美、それは違うよ。菜美と絵美を、こっちに来させたのは俺だよ。そういうなら、
全部俺のせいだよ。」
俺はそう言って、菜美の目をのぞき込んだ。
「でもな、菜美、俺達は幸せになろうとしただけだろ?三人で家族になろうとしただけだろ?
それが間違っていたなんて事は、絶対考えるなよ。」
「・・・そうね。ええ、でも・・・可哀想な絵美・・」
菜美は椅子に腰を下ろすと、涙をぬぐってから、絵美の頬に手を当てて、
「絵美・・」と声をかけた。
その時、絵美が少し反応した。
二度ばかり、苦しそうに眉を寄せてから、ゆっくりと目を開いた。
「ママ・・」
絵美はぽつりとそう言うと、部屋の明かりが眩しいのか、目を細めた。
「絵美!絵美!・・・あなた、絵美が目を覚ましたわ!」
菜美はそう言って俺を見上げた。
俺はすぐにインターフォンで、看護師詰所に連絡をした。
「娘が・・娘が、目を覚ましました。」
その瞬間、俺は、この娘が、生まれ変わって来たような気がした。
本当の俺の子供として。