第二章「転校」 その一
その日。長い夏休みが終わった翌日。
新学期の一日目は、子供達にとってかなり特別な日だった。
宿題を完璧に済ませた子供は、元気一杯に学校へ行き、反対に、まだ出来上がって
いない子供は、怖々という風に校門をくぐった。
それでも宿題はともかく、久しぶりに合う友達とのおしゃべりは、殊のほか楽しく、
担任の先生が教室に入って来た時も、教室のざわめきは全く止まなかった。
「は〜い、みんな早く席に着いて。静かに!」
四年三組の担任・榊原節子が、声をあげた。
「オ〜イ、は・や・く・しなさい。」やっとの事で、子供達がバラバラと席に着き始めた。
「おはよう。どう?夏休みは楽しかった?元気にしてたかな?」
「はーい。」
「めっちゃ楽しかった。」
「もう一度、夏休みした〜い」口々にそう言ったあと、子供達は、ようやく榊原先生の隣に
立っている女の子に気づいた。右手の入り口にはどうやらその子の母親らしい女の人が、
ひっそりと立っているのも見えた。
「あれ〜、転校生?」そう言って大声をあげた男子児童に、
「そうよ。転校生。今日からみなさんと一緒に勉強するお友達です。紹介するね。」
節子は黒板に〈望月絵美さん〉と書いた。
それから、ひらがなで〈もちづき えみ〉とふりがなを書き加えた。
八月の最後の金曜、俺と絵美は正式に夫婦になった。午前中に二人で役所に行き、
婚姻届を出した。
菜美と、絵美はその日から、俺と同じ「望月」姓になった。
「もちづきえみ」誰かがそう声に出して読んだ。
「そうよ、えみちゃん。山口県から転校してきたの。仲良くしてあげてね。」
節子の声に、何人かが「は〜い。」と子供らしく返事をした。
「じゃあ、望月さん、自己紹介して。」
節子にそう言われると、絵美はこっくりとうなずいた。
「望月絵美です。山口県萩市から転校してきました。みなさん、よろしくお願いします。」
そう言うと絵美は、教室の真ん中に向かって、丁寧にお辞儀をした。
パチパチと気の利く何人かが拍手をした。
「うわ〜、すごい。ハキハキとした素晴らしい自己紹介ね。」
そう言って節子に褒められると、絵美は少しはにかんだように、それでも嬉しそうに
笑って、入り口で心配そうに見つめている母親を見た。
「じゃあ、とりあえず、あの窓側の席に座ってくれる?」そう言って節子は、窓側の列で
一つだけ空いている席を指さした。
「ゆうこちゃん、いろいろと教えてあげてね。」節子は、後ろの子に、そう声をかけた。
「はい。」ゆうこと呼ばれた子は、そう元気よく応えると、〈おいで〉という風に、絵美に
向かって手招きをした。絵美は、もう一度母親を見やってから、席に向かった。
節子は、入り口近くで佇んでいる母親に近づき、
「もうお帰りいただいても大丈夫ですよ。」と声をかけた。母親は、
「それでは、よろしくお願いします。」と言い、節子に向かって深々と頭を下げてから、
教室を出ていった。
「じゃあ、出席をとるね。・・・足立君。」
節子は教壇に戻ってすぐ、そう言って出席をとり始めた。