表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

第一章「家族」 その一

この作品は、前作「夏の奇跡」の続編です。まだ前作をお読みでない方は、是非「夏の奇跡」からお読み下さい。前作では、多くの方に、暖かい励ましをいただき、ありがたいことに、「是非続編を・・」とのお声もお寄せいただきました。皆さんの声に後押しをされるように、今回、執筆開始致しました。連載回数は未定ですが、お付き合い下さいますようお願いいたします。


第一章「家族」


 七月十一日・日曜日、朝の飛行機で菜美が大阪に向かっていた。

娘の絵美は、実家の母親に預けていた。


 一学期の終わりまで萩の小学校へ行かせ、夏休み明けの二学期から大阪の小学校へ

転校させることにしていた。明日、転入先の小学校へあいさつに行くことにしていた。


 絵美は四年生だった。活発で、明るい性格の娘だった。

 勉強も比較的良くできた。

〈塾などへは、通わせたことがない〉と菜美が言っていたから、幼児期に菜美がしっかりと〈躾け〉をしたからなのだと思えた。


〈躾け〉の出来ている子は、大抵の場合、勉強も出来る。


 例えば、「約束を守る」とか、「人の話をしっかり聞く」とか、「決められたルールは

守る」とか、そんな当たり前のことが出来ていれば、自然と勉強もそこそこは出来るものだ。


 あの〈事件〉の時、絵美は三年生だった。


 絵美がどれ程ショックを受けたかは、想像を絶するものがある。

しかし、この小学三年生の少女は、気丈にも、大阪から萩への道中でも、打ちひしがれる

母親を慰め、励ましたのだという。その話を菜美に聞いたとき、俺は心から感動した。

 まだ小学三年生の、この少女のどこに、そんな力強いものがあるのかと思った。。


 見知らぬ萩の小学校へ転校を余儀なくされた時も、その日の中にクラスの中に幾人かの

友達を作り、祖母と憔悴した母親が待つ家に、新しい友達を連れて帰った。


 その後も、絵美の明るさと優しさに、事件がもとで、声を失うほどショックを受けていた

菜美は、どれ程慰められ、勇気づけられたことだろうか。


 伊丹空港の駐車場はかなり混雑していた。午前中の到着便の多い時間帯だった。

しばらく並んで、やっと車を入れたときには、もう菜美の便が着いた時間だった。

慌てて到着ロビーに向かった。


 到着便の出口から、ぞろぞろと人並みが吐き出されてきた。


 菜美を探した。

 人の列がもう終わってしまっても、見つけることは出来なかった。


〈今の人たちは、違う便の乗客だったのか〉と思って、もう一度、到着便案内を見直した。

やはり間違いなかった。石見空港からの便だった。

 辺りを見回したが、菜美の姿はどこにもなかった。


不安に駆られた。

 その時、突然後ろから、声がした。


「じゃーん。とうちゃ〜く。」


「おお、なんだ。着いてたのか・・心配したぞ。」


「あれ〜、そんなに心配した?一番最初に出て来たのにいてくれないから、また寝坊してる

のかと思ったわ。あそこの出口で待ってたら、慌てて入って来るのが見えたから、

ちょっと驚かそうかなって思って。」


 ブルーのワンピースの菜美はそう言って、にっこり笑った。

 笑ったその顔が、みるみる崩れていった。

 

 笑いながら涙をこぼしていた。


 人目は気にならなかった。俺は菜美を抱きしめて言った。


「お帰り。」 

「うん。ただいま。」

 菜美は俺の首に廻した手を、なかなか解こうとはしなかった。



 途中のレストランで食事を済ませて、二時過ぎにマンションに着いた。

ジーンズとTシャツに着替えた菜美が、買い物に出たいと言った。

菜美と絵美の分の日用品や、食器やらを買いそろえたいらしかった。


〈疲れているだろうから、ゆっくりしてからにすれば〉と言ったが、菜美がぜひ行きたいと

言うから、付き合った。一通りの物を買いそろえて、帰ったのはもう夕方だった。


「ごめんね。疲れたでしょ?」

 菜美は買ってきたばかりの物を、てきぱきとそれぞれの場所に仕舞いながら、そう言った。


「いや、大丈夫だ。」俺はそう言ったが、本当は、少し疲れていた。


 ごろっと畳に寝ころんだ。


「ねえ、見て。」洗面台を指さして、菜美が声をかけた。


 見ると、洗面台の横の歯ブラシ立てに、三本の真新しい歯ブラシが、立ててあった。


「ほんとにここで、暮らせるのね。こうして、歯ブラシを立てるのが、夢だったの。」

 菜美はそう言って、寝ころんだ俺の横に座った。俺は

「そうだよ。これからずっと一緒だ。」

 そう言って、菜美の膝に頭を乗せた。


 菜美の両手が俺の頭を優しく包むように抱きしめた。


 見上げた菜美の顔に、涙が光っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ