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夜明けのオオカミ―The Days of Atlazia―  作者: ef-horizon
一章:リンケージチルドレン
9/35

6話目

 




 艦内放送が終了し、アリシアはバキバキと指の骨を鳴らしながら薄ら笑いを浮かべ廊下の床に踏み砕く。

「……後でちょっとしめておかないとね」

「あんまりいじめてやるなよ」

 ため息もそこそこに、肩をいからせるアリシアを尻目に、デイズは後ろを速足で歩くエリスに手を伸ばす。

「ほれ、遅れるといかん」

「あ、はい……」

 伸ばした手のひらは、エリスの手がすっぽりと隠れるほど大きく、エリスは躊躇いがちに分厚い男の手を握り締めた。

 グッと前に引っ張られる華奢な体。

 潰れそうなほど強く握りしめられた手はとても熱く、エリスは頬を赤らめると、気恥ずかしそうに首をすぼめデイズの隣を歩く。

「手……熱いです……」

「我慢してくれ――アリシア。じじいは?」

「画面越しならいくらでも」

 じろりと睨みつけられる視線にハッとなり顔を上げると、エリスは鬼の形相でこちらを見下ろすアリシアに怖々と項垂れる。

「あ、あぅ……」

「なんだ。こっちに乗ってないのか」

「―――――あのくそ親父基地に残るですって。今頃自分が入る墓穴でも掘ってるんじゃないの」

「後で俺も手伝うさ。……客が来てるだろ」

 ピタリと止まる大きな足。

 慌ててエリスも足を止めると、目の前にそびえたつ分厚い扉を見上げては、不思議そうに首を傾げた。

 扉の横には読み取り端末が設置されていて、アリシアはその端末を前に指をかざす。

「どこ?」

「上」

 音もなく左右に開いていく扉。

 デイズに引っ張られるままに、重たい扉をくぐると、そこに少し開けた空間が広がっていた。

 ゴルド邸のリビングが三つは入りそうなくらい広い空間。

 楕円形に丸い部屋の輪郭に沿うように椅子がいくつか並んでいて、その中央にはひと際大きな椅子。

 その椅子の周りを丸い球体が囲み、中には蒼く輝く液体が並々と注がれていた。

 水の中を漂う光の粒子。

 光の粒子が蒼い水の中を対流し、真っ白な柔肌をなでていく。

 水に黒髪を靡かせ、ゆっくりと開く黒い瞳。

 視線を泳がせこちらに振り返るままに、大きな椅子の上に身体を泳がせながら、管制室の中央にミカが佇んでいた。

「ミカちゃん……」

 目をジトリと細めるままに、ぷくっと膨れる頬。

〈――遅い……〉

 頭の中に響いてくる声に、エリスはウッと喉を詰まらせるような表情と共に申し訳なさそうに首をすぼめた。

「ご、ごめんなさい……」

〈……手を離して〉

「……は、はい」

 握っていたデイズの手を名残惜しそうに離すままに、エリスはそそくさと膨れ面のミカが佇む球体へと歩み寄った。

 手足は椅子に固定されていないものの、いくつものケーブルがミカの身体に張り付いている。

 裸に近い服は、肌に溶け込むくらい白く、水着を肌蹴させたような様相で、エリスは体のラインがはっきりとわかる薄い服装に顔を赤らめた。

「ミカちゃん……恥ずかしい?」

 コクリとミカは少し頬を赤らめて頷く。

〈……お父さんに見てもらうの……初めてだから〉

「……私もそんな服着るのかな?」

〈うん……エリスも私の代わりに入る事になるかも……〉

「そっかぁ……」

 同じく頬を赤らめながら、裸の様なスーツを着込むミカの姿を、ガラス越しにエリスはまじまじと見つめた。

 そんな二人を見つめながら、デイズは管制室中央の球体に苦い表情を浮かべる。

「……あれって」

「接続能力矯正装置よ。意識の拡大を補助し、知覚をあらゆる場所にリンクするようにしてあるの」

「……この船の管制は三人がやるのか」

「艦内システム管制、動力管制、艦制御管制、火器管制――もろもろ全部」

「……」

「残り二人は〈アトラシア〉の制御とあなたの補助」

「ならオペ子要らんだろうに……」

 苦い表情を滲ませながら、デイズは楕円形に広がる管制室の隅に座る数人のブリッジクルーを見渡す。

 そして、その中の一人の背中に、更に紅い目を細める――

「エミリア……」

 ガクリと肩を落とすデイズの声に、暇そうに操作盤を前に座る女、エミリアは振り返って大きく手を振った。

「おっ、隊長」

「お前、いつオペ子に?」

「私ここ数年事務職やってたんですよっ。その関係でこっちに転職です」

「――〈エルザ〉余ってるんだからこっちにパイロット回せよ」

 恨めしげに睨みつけるデイズに、アリシアは嬉しそうに綻ぶ口元をキュッと締め腰の後ろに手を組んだ。

「本艦の製造目的は〈アトラシア〉と〈アストライア〉の試験運用が目的よ。この船と〈アトラシア〉のみでゴルド司令からの命令を実行してもらうわ」

「……モルモットか」

「試験運用って言ってちょ」

「いや」

「なんにせよ、こっちの方が本星の方にも角が立たずに済むわ」

 ――激しい地鳴り。

「……多分ね」

 雲を貫き、空にそびえる一筋の閃光。

 全方位に映し出されるモニターには、大きな爆発が基地の中に迸り、瓦礫と爆風が艦の白い装甲を撫でた。

 その後、潮風に晴れる土煙。

 ソレと共に地鳴りはゆっくりと止み、アリシアは球体の中に佇むミカに囁きかける。

「ミカ。大丈夫?」

 球体に注がれた蒼い液体の中、ミカは小さく頷くと、身体を丸めるように浮かんだまま胸に手を当て静かに目を閉じる。

 スゥと息を吸い込む。

 意識が空の向こう、星の闇を貫いて広がっていく――

〈――怖い人たち……たくさん来ている〉

 ギュッと胸を掻きむしる小さな手。

 息苦しそうに眉をひそめるミカに、球体の傍にいたエリスは心配そうに彼女横顔を覗き込む。

「ミカちゃん……」

「――マキナ」

 デイズの鋭い言葉に、ジンワリと滲みだす華奢な身体。

 金色の髪を靡かせながら、スカート姿の少女が虚空に浮かびながら、目を細めたデイズの眼前に現れた。

「は、はい……」

 表情はどこか暗く、後ろめたそうにに視線が泳ぐ。

 トンと不安げに降り立つ爪先。

 ギュッと胸を押さえ気まずそうに首をすぼめるマキナに、デイズは困ったような笑みを滲ませた。

 零れる深いため息。

 そしてグッと丸太のような褐色の腕を伸ばす――

「んんっ……」

 更に空を引き裂く閃光が大地を切り裂き、爆音と爆風が基地の地面を抉り飛ばす。

「よく来てくれた、マキナ……」

 地鳴りに揺れる床。

 激しい光がモニターに広がり周囲が明るくなる中、デイズは微笑みを浮かべ、不安に項垂れるマキナの髪を優しく撫でた。

「……私……」

「もう怒っていない。俺の言う事、少しだけでも聞いてくれるか?」

「――ごめんなさい……隊長」

「おじさんでいいさ。……ミカを手伝ってやってくれ。不慣れなのは皆同じだからな」

「……うんっ」

「いい子だ」

 灰色の瞳に力がこもり、映るのはデイズの顔。

 マキナはデイズに力一杯に頷くと、クルリと踵を返すままにはじき出されるようにミカの下へと飛び出した。

 そしてミカが収められた球体に張り付くマキナを横目にデイズは声を張り上げる。

「じいさんっ、少し顔を出せや」

『お、なんじゃ?』

 閃光を放つ周囲の景色を映していた前面のモニターが変わり、老人のいる基地中央管制塔の一室が映され、デイズは不満げに顔をしかめた。

「誰だよ上でうろついてるハエは」

『ワシのマブダチ』

「友達選べよじいさん」

『ワシは友達が少ないんじゃ』

 大きな椅子に座りながら、ニヤリと笑う老人にデイズはうんざりしたような表情を滲ませると、クイッと手招きをするような仕草を見せた。

「面見せろよ。客人に顔出さないなんてマナー違反だ」

『デリオも泣いて喜ぶじゃろ』

 薄ら笑いを噛みしめ、老人は自ら座る椅子の肘かけのパネルにそっと指を這わせた。

 二つに割れるモニター前面。

 老人の顔が左に寄り、右のモニターには、代わりにしわがれた痩身の老人がムスッとした顔でこちらを見下ろしていた。

 そしてその目が、血走る。

 立ち尽くすデイズの紅い目と合い、色気を失った土色の肌がどんどんと青ざめていく。

『な……な……!』

「よぉ、デリオア・ミルドレシア星系監督官殿」

『――デイズ……デイズ・オークス……!』

「驚いたね。五年前に会った時は本星勤務のただのお坊ちゃんかと思っていたが。こんな辺境までごくろうさん」

『ゴルドぉおおおお!』

 デリオと言われた老人から迸る怒声に、ゴルドは画面越しに怖々と身をすぼめ、至極嬉しそうに肩を震わせ、笑い声を洩らした。

『怖いのぉ……ワシと会えた事がそんなに嬉しいか?』

『貴様! こちらに送られた記録では、デイズ・オークスはKIAだと!」

『デイズがそんなに恐ろしいか?』

 ニィと歯をむき出して綻ぶ口元。

 見つめるその目は、見下すかのように淀み、痩駆の男はゴルドの薄ら笑いに顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。

『黙れ落ちこぼれが、貴様なんぞ本星でゴミクズ以下だ!息を吸う事すら禁じられる!』

『目が泳いでいるぞ、少し落ち着かんか兄弟』

『ぐぅ――ミルドレシア本星より通達がある……!』

 言われるままに、男の息遣いが収まる。

 だがその顔はその息遣いに反して徐々に赤黒くなっていき、その声も徐々に震えを帯びている。

 視線は落とし、デイズの姿を見ようとせず、ゴルドは可笑しそうに笑う。

『くくっ……続けたまえ』

『貴様ら星系第三惑星第一軍事基地は犯してはならぬ禁忌を犯した。我ら連合軍の所有物を私物化し、あまつさえ独自に軍事力を高めているという事実だ』

『臭い所なんぞどこも一緒じゃて。お前の息子の星の軍事力、資金も含めてデータを本星に送ってやろうか』

『黙れ! あまつさえ一年前、連合国家所属ザール能力機関を襲撃、研究所を壊滅させたそうではないか!』

『あれは本星政府から割譲していただいたワシらの敷地じゃ。勝手にザール機関が居座っていたにすぎん。

 それにワシらは立ち退くよう通達は何度もした。牙をむいて襲撃してきたのは向こうさんじゃよ』

『それをどうやって証明する!』

『ザール機関は律儀にもわしらの通達に返事を何度かよこしている。宣戦布告も受けた』

『それはねつ造だ!』

『生きた死体も用意している。向こうの研究員と司令官の脳みそと脊髄を塩漬けにしているだけじゃがの』

『貴様が作ったダミーに過ぎない! お前の言っている事など全て――』

 ――迸る轟音。

 飛び散る機械片。

 椅子に手すりが画面越しに砕け散り、老人の細い腕が鋭くめり込むままに、火花が断線から零れる。

 ニィと綻ぶ口元。

 嬉しそうに目を細めるままに、老人はゆっくりと腕を手すりから引き抜き、自らの首に指を添えた。

『客人をいつまでも待たせるわけにはいかんのでな』

『ぐ……ぐぐ……』

『繰り言は飽いた。どの道、基地に砲撃をけしかけられた時点で、ワシらが取る道は一つしかないんじゃよ。

 のぉ、デリオよ。その建前を引っ込めよ。はっきりと物を言え』

 ツゥと首筋を横に撫でる親指。

 牙をむき出し、老人は本当に嬉しそうに顔の皺を浮かべながら、威嚇するように画面越しに低く唸り声を響かせる。

『――ワシの首が欲しいんじゃろ』

『抜かしたな……!』

『欲しいものを欲しいと言わない、手を伸ばさない――お前は実に哀れだな、腰ぬけデリオよ』

『万死に値する!』

『黙って取りに来い――命を賭ける覚悟でかかってこいよ、ワシに二度目はないからの』

『殺してやる!』

 唾液を画面に撒き散らし、最後は獣のような喚き声と共に男の姿がプツリと消える。

 そして残るのは俯くゴルドの姿。

 零れる深いため息。

 軍帽を脱ぐと共に、老人は痛む右の拳を膝に置くと、力なく肩を落としため息交じりに口を開いた。

『デイズよ……』

「ん」

『あの男はバカじゃった。辺境に追いやられたワシをいつまでも目の敵にして、結局こんな所まで追いかけてきおって。

 ワシを憎んだばっかりに……』

「手抜くなよじじい」

『――賭ける命は、とうに捨てたよ。夢をかなえると決めたあの日からの』

「ひどいイカサマだ」

 独り言をつぶやくゴルドを尻目に、デイズは可笑しそうに肩を震わせると、そう言って踵を返した。

 そして、着込んでいたスーツを脱ぎ棄てネクタイを外す――

「……エリスッ」

「は、はいっ」

 脱ぎ捨てたネクタイをポケットに突っ込むと、デイズはミカの傍にいたエリスに小さく手招きをした。

 エリスはキョトンとしながら不思議そうに首を傾げる。

 そして、鋭く尖ったデイズの紅い瞳を見つめる――

「……え?」

 ――伝わる思考。

 エリスは茫然と立ちつくしたまま、少し青ざめた表情で険しい表情で睨みつけるデイズを見上げていた。

 恐る恐る開いた唇が震える。

「……私が……乗るんですか?」

「〈アトラシア〉は二人乗りだ」

 カツリ

 革靴の渇いた足音が響き、エリスは近づく大きな影にビクリと肩を震わせ、キョトンとするマキナの後ろに隠れようとする。

「戦えとは言わん」

 グッと伸びる褐色の大きな手。

 おびえるエリスの手を力強く掴むと、デイズはゆっくりとエリスを引きこむままに、両膝を降り腰を落とした。

「だが、いつまでも俺の背中に立って逃げるような女を、俺は傍に置いておきたいとは思わない」

 ふわふわと泳ぐ蒼い瞳。

 涙を眼に浮かべ、青白い表情でエリスは、弱々しく首を横に振って胸元を不安げに掻き毟る。

「……やだ……怖い」

「俺が信用ならないか?」

「え……」

「〈アトラシア〉は二人乗りだ。お前がヘマをすれば俺がお前を助ける」

 ソッと金色の髪をなでる大きな手。

 俯いていた泣き虫の顔が恐る恐る上がり、エリスは少し不安げに、目の前に片膝を折る褐色肌の男を見上げる。

「そうだろう。俺だってバカじゃない。オマエが悲しい顔をした時は真っ先に俺が助けにいく」

「……」

「お前を引っ張っていく、必ず」

 スゥと細めた真っ赤な瞳。

 優しくなだめるように髪をなでるままに、男は少しぎこちない微笑みを浮かべ、時折耳元を太い指で掻きあげていく。

 熱っぽい手のひら。

 肌を伝う力強い熱に、少女は少し熱をあげたようにボォっとしながら、ソロリと胸を押さえていた手を下す。

「デイズ……」

「俺は、お前に死んでほしくない……」

 サラリと後頭部を撫でる大きな手。

 そしてゆっくりと額を近づけるままに、そっと額同士を擦りつけるスッと眼を閉じるデイズの表情を、エリスはジッと見つめる。

「だけど……もし俺がヘマをすればお前が俺を助けてくれ」

 ――少し、汗ばんだ手が震えている。

 少しずつ薄らいでいく黒い心の靄。

 エリスはデイズと同じように額を押しつけたまま目を閉じると、熱っぽい中年男の掌に意識を集めた。

 そうして、ゆっくりと息を吐き出す――

「……デイズ……怖がってる」

 ――聞こえてくる、男の心音。

「怖い……デイズも……」

「どれだけ戦いに慣れてもな、怖いもんさ。死ぬのは誰だって怖い……仲間を失うのはもっと怖い……」

「……」

「……俺を助けてくれ、エリス」

 胸に響く低い声。

 胸が少しずつ高鳴っていき、エリスは頬を赤らめ、目を閉じながらデイズの息遣いに呼吸を合わせる。

 息を小さく飲み込む――

「――はいっ」

「ありがとう……エリス」

 ゆっくりと開く紅い瞳。

 それに合わせてエリスは恐る恐る目を開くと、滲んでいた涙をぬぐい立ち上がる大柄な男を見上げた。

 天井の灯りに陰る大きな背中。

 グイッと丸太のような大きな腕が伸び、エリスは少し表情を強張らせ、震える唇をかみしめる。

 不敵に笑みを浮かべる褐色肌の男を碧い瞳に映す――

「行こうか、エリス」

「……。ぶっ飛ばしッてやりますっ」

 グッと両手で掴む大きな手。

 先ほどまで不安そうにしていた目を、今は強く輝かせるエリスに、デイズは少し不思議そうに首を傾げ、戸惑いがちに頷いた。

「お、おう……」

「行きましょうデイズっ」

「エリス、結構男っぽい言葉を使うんだな……」

 ――誰に影響されたのだろうか。

 そんな疑問を頭に浮かべながら、デイズはぐいぐいっと腕を引っ張るエリスに身体を引かれ、管制室を出ようとした。

「あ、少し待ってくれ」

 と、デイズはエリスを引っ張り返すとともに、足を止めると、後ろを振り返った。

 大きく浮かび上がる青筋。

 顔を引きつらせ、鬼のような笑みを浮かべるアリシアに、デイズは怖々と首をすくめて目を反らす。

「俺はお前のそういうところが苦手だ……」

「――別にいいし」

「ちゃっかりスーツ回収してるところが尚更……」

「何か用?」

 むっとしながらデイズのスーツを胸に抱きしめるアリシアに、デイズは中央の球体に佇むミカを指差した。

 そしてミカが身につける水着の様な薄いスーツを睨み、男は呻く。

「……あれ、誰の趣味よ」

「親父」

「――娘共々良い趣味してんぜ」

「でしょ」

「イカれてやがる……エリスは着なくていいからな」

 力強く頷くエリス。

 デイズは褒めるようにそっと彼女の髪を軽く撫でると、PDAをポケットから取り出すままにエディオールに連絡をとりつけた。

「準備は?」

『――敵の降下がまだ確認できていません。長距離兵装に切り替えますか?』

「死んだらおしまいだ。全部使っていけ」

『僕はどうするんです隊長?』

「ホモは待機」

『違うって言ってるじゃないですかぁ!』

「〈エルザ〉の数は基地内の方が多い。数が一つ増えても一緒だ。もうすぐ発進するんだしな。おとなしくしておいてくれ」

『り、了解……』

「ははっ。宇宙に出たらまた頼むわ」

 笑い声を滲ませながら、デイズは管制室を出ていく――

 じっとりと睨みつける視線。

 ニヤァと綻ぶ口元。

 アリシアはムスッと口を尖らせたまま立ち尽くしていたが、程なくしてデイズが管制室から去ると途端にスーツを顔に押し付けた。

「ふがふがふがっ!」

 動物のような鳴き声を洩らしながら、顔をだらしなく綻ばせデイズのスーツに顔を何度も擦りつけ鼻息を洩らす。

「むほぉおおお……いい匂いぃいいい……これだけで明日も頑張れるわぁ……」

〈――変人……〉

 そんな母親の姿にぽつりと呟くままに、ミカは呆れた表情で体に巻きつくコードを蒼い水に漂わせ、宙を漂う。

 そして胸を押さえると、身体を丸め、不満げに口を尖らせる――

〈――いいなぁ……〉

「ミカ?」

 ぽつりと呟くミカにマキナは首をかしげていると、ミカは体を丸めたままマキナを見下ろした。

 ジトリとした目線。

 少し頬を膨らませながら、ミカは球体越しにマキナに囁きかける。

〈――マキナは……お父さんの事好き?〉

 頭に声が響き、マキナは少しだけ顔を赤くして、慌てて顔を伏せた。

「べ、別にぃ……おじさん少し加齢臭するし」

〈――マキナは……好き?〉

「……わかんない。でも……手が熱いのは、好き、かも」

〈……そ〉

 気まずそうに眉をひそめるマキナ一言そう呟くと、再び目を閉じてミカは蒼い液体の中で両腕を広げた。

 バチリと漂っていたコードに緊張が走り、激しく波打つ。

 コポリと半開きなった口元から零れる気泡。

 コードを通じて、頭の中に情報が流れ込み、恐る恐る開いた視界の向こうにいくつも映像が映る。

 はじけては消える無数の情報の海。

 磁気嵐が視界をよぎり、ミカはスゥと目を細め情報に満たされた液体に両手を広げる。

〈――行こう〈アストライア〉……〉

 トクンと脈打つ結晶。

 手の間から液体が零れ、手の中で光を放つのは『システム』。

 リンケージの力によって物質化した情報の塊を、両手に掴み胸に優しく抱き、ミカは水の中に小さく息を吐くままに呟いた。

〈――発進します……〉




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