5話目
海上に広がる巨大な人工島。
管制塔が中央にそびえたつ重厚な機械に覆われた島には、既に芝生の代わりに対空砲がいくつも設置されていた。
島の先端には現行強襲艦にも使用される超長距離重粒子砲が空に向かっ迫り出し、いつもはないはずの止まり木に多くの海鳥が群がる。
その大きさは、基地内を歩く機人が小人の様に思えるほど。
そこはトリフィア第一軍事基地。
基地内部では、飛行艇や星系間飛行を行う軍の巡航艦が停泊し、或いは空へと反り上がった長い滑走路から空へと旅立っていく。
上空には星系間の空間跳躍を可能とする巨大な空間歪曲装置が回転し、その巨大なリングへ向けて飛び立つ船が吸い込まれていく。
「ブリッジメンバー集まってぇ……」
そして島の中央、白い衣を纏って、一機の大きな船が飛び立とうとしていた。
島の表面を撫でる潮風に揺れる船体。
固定用アンカーはなく、地面から少し浮かんだまま、全身から光の粒子を羽衣の様に靡かせ〈アストライア〉は潮風の中に漂う。
「……うっし。点呼するわね」
少し甲高い音を立てる背部の三つの噴射口。
エンジン音が周囲に響き、既に周囲の空間はジンワリと歪み、今にも飛び立とうと透明な翼を広げている。
「艦長」
「何エミリアぁ……私昨日から感応機の調整で寝てないんよぉ」
「はぁ」
「いやぁ……寝てないの辛いなぁ……ホント三時間ぐらいしか寝てないしぃ」
息をするように装甲の隙間から吹き上がる光の粒子。
その光の粒は、底部の搬入口から入る黒い車両の装甲を撫でていく――
「でさぁ」
「今、隊長とエディオールさんが到着したの事です」
「点呼後で。私ちょっと用があるから」
ゆっくりと閉まっていく搬入口。
車が格納庫の隅に止まり、デイズは後部座席から這い出すと、後からついてくるエリスに手を伸ばした。
「俺達が最後みたいだな」
「す、すいません……」
「もう叱った後だ。反省してくれたらそれでいい」
申し訳なさそうに首をすぼめるエリスを車の外に出すと、デイズは再び車両の中に手を伸ばした。
ギュッと掴む小さな手。
爪跡が残るくらいの痛みを覚えながら、デイズは困ったような笑みを滲ませ這い出すマキナの膨れ面に眉をひそめた。
「ったく……怒るなよマキナ」
「…おじさんの凸ピン痛かったっ」
「隊長って呼んでくれたら、次はもっと優しくしてやるよ」
グイッと引っ張り上げる華奢な腕。
軽々と引きずりだされるままにフワリと体を宙に浮かせながら、マキナは風に乗り軽やかな足取り床に爪先を下ろした。
後ずさるままに翻す長い金髪。
丸太の様な大きな手を力一杯に振り解き、ほんのりと紅い頬を膨らませながらマキナはムスッと口を尖らせて呟く。
「……おじさんのばかぁ」
「ん?」
「ぜぇええったいっ、隊長なんて名前で呼ばないもんっ。おじさんはおじさんだもん!」
そう言ってフイッと背中を向けた刹那、マキナは景色に吸い込まれるようにして、一瞬でその場から姿を消した。
デイズはサングラスを外しつつ、風の如く姿を消す少女に肩をすくめる。
「ったく……怖いな」
「す、すいません。マキナちゃんが悪い事をしちゃって……」
「分別なんてすぐにわかってくる。エリスが謝る事じゃないさ」
サングラスを胸ポケットに引っかけながら、デイズはそう言って戸惑うエリスの背中を軽く押した。
そして、車から出てくるエディオールを背にデイズは告げる。
「俺はブリッジに行く。エディオールはライアスをハンガーに呼び出しておけ」
「〈エルザ〉の搭乗準備ですか?」
「――少し匂う」
「?」
「なんとなくだよ」
声を潜ませそう言ってその場を去ろうとするデイズに、エディオールは戸惑いの表情を浮かべ立ち尽くす。
そして薄暗い格納庫から二人が出ていき、エディオールは首をかしげつつもポケットに手を突っ込んだ。
そして取り出したPDAを操作し、画面に一人の青年の姿を映す。
『ねぇねぇ君たちぃ、今度仕事がすんだらエリナス第三星域で僕と遊ばない?』
「ライアス・ホーネス」
『ん。僕の名前が放送に乗ってる?』
PDAを口元に添えながら、うっすらと綻ぶ口の端。
盗聴器越しに声を聞きつつ、エディオールはPDAでライアスに向けて艦内放送で呼び掛けを始めた。
『いやぁ僕が呼ばれてるのかな。でもまだ君たちと話したいからさ』
「昨日海岸の街バーで酔いつぶれて、介抱された男性宅で処女を散らしたライアス・ホーネス」
『ええええええええええええええ!』
「目の前で口説いている女など気にも留めず、男の尻だけに目をぎらつかせる根っからの男性性愛者、ライアス・ホーネス」
『いや確かに昨日は飲み潰れて気が付いたら知らない天井を見ててって違うのぉおおおお!
誰、誰が僕を見てるの! いや僕ホモじゃないから!ホモじゃないですから!』
「そう趣味は熟女物。中でも中だるみした三段腹が好物、とかなり年のいった女性が好きな模様のライアス・ホーネス」
『ちょっ、これエディオールさんでしょ! やめて、違いますから、僕ホモじゃないですから! ちょっと幅広い年齢層と種族層の女性を愛していきたいだけですから!』
「データライブラリに今一番尻の穴をつけ狙っているデイズ・オークスの画像をこれでもかと貯め込んでいる男ライアス・ホーネス」
そう言いながら、エディオールはそっとPDAの画面を操作する。
すると、エディオールが少し前にアリシアから渡されたデイズ・オークスの画像が、容量一杯になるくらいに贈られる。
そしてライアスのPDAにデイズの姿が映し出される――
『ほら、証拠に――ああああああああああああああああああああ!』
「――繰り返します。ホモで熟女好きのライアス・ホーネス少尉。今すぐハンガーまで来てください」
『ち、ちゃうねん……僕やないねん。僕ホモとちゃいますんやぁああああああああああ!』
そして今日、ライアス・ホーネスは二つの十字架を背負う事になった。
熟女好きと男性好き。
決して相容れぬ二つの号を背負いながら、今日もライアスは血の涙を迸らせ、修羅の道を歩いていく。
決して報われぬ道を――
『違うんですぅううううううう!』
「……熟女好きは否定しないんですね、ライアス君……」
艦内放送へとつないでいたアクセスラインを切ると、エディオールはため息を漏らすままに白くなった髪を掻き上げた。
そして、エディオールもまたフォーギアが格納されたハンガールームへと急ぐ。
目を細めるままに、戦いの音が近づいているようで、エディオールは久しく身震いに身体をよじった。
武者ぶるいに、口元が自然と綻んだ。