幕間:最初の朝/最後の朝
いつから感じていたのかはわからない。
気がつけば、私の中にあの人がいた。
はっきりと感じたのは五年前。でもそれ以前からあの人は、私の前にいた。
ずっと昔から、あの人が私の前に立ってサングラス越しに私を見る前からずっと私の中にあの人がいた。
前世――とかじゃないと思う。
でもぼんやりとその人がいた。
影を引きずる大きな背中、銀の髪を風に靡かせ、手はほんのりと紅く血の匂いが鼻につく。
鋭い眼光が空を向いていて、首輪がからからと揺れている。
ぽたりぽたりと血が滴って、ふと私の方を向く。
私を見つめる――
「エリスっ、おっきろぉお!」
「んにゃっ!」
マキナちゃんにベッドにダイブされて私は一気に目を覚ます。
身体を起こし周りを見渡せば、ゴルドおじいちゃんの家の、私の部屋で、マキナちゃんは私のベッドでごろごろしていた。
地下二層目の朝は変わらず晴れで、私はパジャマの裾で目を擦る。
「……ミカちゃんは?」
「アリシアのおばさんと一緒に調整行っちゃった。私たちはもう少しゆっくりしていていってぇ」
嬉しそうに頬を綻ばせながら、マキナちゃんはゴロゴロとする。
私と同じ長い金色の髪はもうひもで縛っていて、私はワサワサになった髪を指で梳きながら欠伸を噛みしめた。
そして、ベッド上で丸まるマキナに私は唇を開く。
「ねぇ……」
少しだけ、胸の音が高鳴る気がした。
「あの人……どこかな?」
「誰?」
ベッドのシーツに顔をうずめながら、マキナちゃんはどこか楽しそうに私の顔を見つめる。
いつもマキナちゃんは意地悪な言い方をする。
頬が一気に火照るのがわかって、私は口元をシーツで覆いながら、ちょっと恨めしげに唇を尖らせた。
「……デイズの事だよ」
「おじさん? 朝になったら迎えに来るってさっきおじいちゃんが言ってたよ」
「そうなの?」
「うにゅ」
「……そっかぁ」
肌の火照りが消えて、代わりに頬っぺたが少しだけ緩んだ気がした。
私はそんな顔をマキナちゃんにからかわれたくなくて、私は朝日の差し込む窓の方へと目を向けた。
街の様子は変わらなくて、相変わらず中央に柱が聳え立つお椀状の外観。
人口の風に揺れる木々。
日差しを照り返す真っ白な建物の群れ。
木々が揺れる様子も、白い街の風景も、見るのが最期かもしれないと思って、私は目を細めて窓の向こうを見つめる。
そして――
「今日からからおじさんとずっと一緒に行くんだから、これが最後かもねっ」
――意識を読まれる感覚。
私は耳まで顔を真っ赤にして振り返ると、慌ててベッドから飛び降りるマキナちゃんを睨みつけた。
「ま、マキナちゃん!」
「あはははっ、エリスは考えてる事すぐにわかるっ」
「よ、読んじゃダメぇえええ!」
バンバンと両手でシーツを叩く私をよそに、マキナちゃんはトトトッと小走りに私の部屋から出ていく。
「あと一時間ぐらいで来るってさっ。早く準備しよっ。予定が二時間も繰り上がったんだから」
「むぅ……」
膨らんだ頬っぺたを撫でながら、私は不満な気持ちをよそに床に足をそっと下ろす。
ヒタリ……
冷たい感触が足に伝わり、私が立ち上がるのがわかる。
一歩先には未来が広がる。
爪先に広がる未来。
その向こうには、あの人がいる気がする――
――行こうっ。
剥いだシーツが宙に舞い、私は少し大きめのパジャマを靡かせて床を蹴りあげた。
差し込む朝日に影が出来て、一緒に走ってくれるのが、私はとても心地よかった。