3話目
――大きく開けた空間。
周囲に会った建物は真っ平らな機械の床に置き換わり、奥には停泊用のドッグが設置され海水が注水されていた。
そしてその水面すれすれに、漂うように浮かんでいた巨大な船があった。
滑らかな、まるで継ぎ目のない装甲。
武装は取り付けておらず、前方には滑走路が二本設置されているのみ。
雪のように白い装甲はライトの灯りを照り返し、長い流線型の身体が、街二つが入るくらいのドッグに横たわっていた。
「金掛けやがって……まさしく美術品じゃないか」
背部の噴射口から零れる出す光の粒子。
底部には搬入口が開き、数体のフォートギアが出入りしているのが見え、デイズは呆れた面持ちで歩み寄った。
ガシャリ
床に深く踏み込む巨大な両脚。
巨大なコンテナを担ぎながら歩く巨人の一体は、不意に手を振る褐色肌の男に二つ目を向け立ち止まった。
『あれ、隊長じゃないですか?』
少し若い青年の声が、フォートギア越しに響いてくる。
デイズは不意に立ち止まるままに、緩慢な動作で片膝をつき目の前に跪く巨人に目を丸くした。
「……ライアスか」
『ははは、いやな顔しないで下さいよ』
胸のハッチが開いてヌゥと顔を覗かせる人影。
興味深そうに見上げるマキナをよそに、エリスはビクリと背中を震わせ慌ててデイズの腰に顔を埋める。
「……えと……誰でしょうか」
「ん。元独立強襲暗殺部隊所属、ライアス・ホーネス少尉。俺の部下だよ」
「……友達、ですか?」
「――かもな」
その言葉に、恐怖が和らいだのか、恐る恐る顔を出すエリスの頭を撫でると、デイズは浅黒いアサシンスーツを着た男に手を振った。
「元気してたか? ライアス」
「ええっ。もちろんです」
フォートギアが両腕に運んでいたコンテナの上を跳ねるように飛ぶと、そう言って男はデイズの前に飛び降りた。
頭のヘッドバイザーを外し、息苦しそうに首を振りながら、男はデイズにやや幼い笑顔を見せる。
「本当に……お久しぶりです隊長」
「とりあえず挨拶してやれ」
そう言って肩をすくめるデイズに、黒髪の青年はキョトンと目を丸くして、こちらを見上げる少女二人に目を配った。
二人とも年端のいかない子ども。
どちらもデイズにすり寄っている様子で、男は目を丸くしたまま、少女二人とデイズを見比べる。
「……どうしたんですか? これ」
「じじいの隠し子」
「嘘だと思えないから困ります……」
「リンケージチルドレンだよ……お前も聞かされていないのか」
「僕も先日こっちに配属されたばかりで、すいません」
「いいさ――ほら、ライアスに一発蹴りいれてやれ」
「なんで!?」
「挨拶だよ」
ギョッとする男を横目に、デイズはニヤニヤしながら、キョトンとする二人をグッと前に押し出した。
マキナは目を丸くしながら、戸惑う男の全身を舐めまわすかのように見つめる。
まるで、どこを蹴ろうか迷うかのように――
「……いいの?」
「思いっきり」
――股間に照準が合う。
「……マキナ・トライスフェルですっ」
電撃が走ったかのようだった。
食い込む飛び膝蹴りに、男はクワッと眼を見開いて体をくの字に曲げ、やがてケツを突き出してヘナヘナと力なく崩れ落ちその場に蹲る。
「ひ……ひどぅい……」
「手加減を知らない事は良い事だ。……エリス」
ビクビクと痙攣する男を横目に、デイズはたじろぐエリスの背中をそっと押した。
エリスはハッと目を丸くすると、戸惑いながら隣に立つ褐色の男を見つめる。
何か言いたげに少し震える唇。
蒼く澄んだその目は少し不安におびえていて、デイズは少し困ったような笑みを滲ませ、そっと彼女の金色の髪を撫でた。
「……できるか?エリス」
「――こ、怖いです……」
「俺の手に触るのもか?」
「……」
「言ったろう。挨拶みたいなもんさ。その不安な気持ち、一気に吹き飛ばしてみろ」
「デイズ……」
「上官からの命令だ。……気にせずやってみろ」
「――うんっ」
「いい子だ……」
少し引き締まる幼い頬。
ニヤリと笑うデイズの横顔を見つめコクリと頷くと、エリスは少し高ぶる胸を押さえながら歩き出した。
そしてうずくまる男に見下ろし、エリスは胸を押さえながら大きく息を吐く。
グッと足のつま先に力を込める――
「エ……エリス……バークライトって言います!」
ドッグに大きく響き渡る甲高い声。
「よろしくお願いしますです!」
グニュッと食い込むつま先は僅かに男のわき腹に食い込み、程なくスーツの弾力に跳ね返された。
蹲っていた男の痙攣が止まり、エリスは顔を真っ赤にしながら俯きがちに後ずさる。
「えと……よろしくお願いします……はい」
「ああん……じらしプレイ……」
「じゃ、最後に俺だな」
「ええええええええええええ!」
カンカンッ
細長い金属棒が地面を叩く気味い音。
どこからともなく持ってきたバッドで肩を軽く叩きながら、デイズは緩慢な足取りで男の下へ歩み寄る。
「一応聞こうか。貴殿の階級を」
「え……あ。ライアス・ホーネス、階級少尉、好きな食べ物は熟女物です!」
「エディオールも言ったろう。そんなものに頼るなと」
「ちょっと待って! 股間のダメージがまだ消えてなくて動けないんですぅうううう!」
ピタピタと金属棒が横向きに、男の穴にゆっくりと押し当てられる。
ヒュンッ
切っ先を振り上げ、空気を鋭く切る音が聞こえる――
「元独立強襲暗殺部隊所属、デイズ・オークスだ。よろしく」
「や、優しく……」
「いや」
――つんざく爆音。
地面が揺れんばかりの肉を叩く音がドック全体を響き渡り、ソレと共に枯れた悲鳴が辺りを包みこんだ。
ガクリ……
ケツを天に突き上げたまま崩れ落ちる男、ライアス・ホーネスを横目に、デイズはエリスとマキナに微笑む。
「ま、こんな男でも俺の部下でな。よろしくな」
「き……気持ちいい……」
「今度汚ねぇ言葉喋ったらケツに棒突っ込んでやる」
動かなくなるライアスを横目に、キョトンとする二人の頭をなでるとデイズは再びドック内を見渡した。
ガシャリ、ガシャリ
ドックの隔壁が開き、奥から二体目のフォートギアが顔を出した。
機人はライアスが乗っていた物と同じく〈エルザ〉で、背中にコンテナを背負いながらこちらへと歩いてきている。
と、立ち尽くす三人を横切りながら、小さく巨人は手を振る。
そして船の搬入口へと入る機人に、デイズは懐かしそうに笑みを零すと、エリスとマキナを促した。
「じゃあ、俺達も入るか」
「……あの人は?」
興味深そうに背伸びをしていたエリスに、デイズはサングラスを外し、懐かしむように目を細めた。
「エディオール・ラインドット。ゴルドのじいさん同い年だが、一応の俺の部下だった連中だ」
「おじいちゃんと……」
「お目付役だったのさ。俺が危うい事をせんようにな」
苦笑いを滲ませそう言うと、デイズは痙攣しながら蹲ったままのライアスのわき腹を軽く小突き立ち上がらせた。
「ライアス。じじいは?」
「ぶ、ブリッジ。……艦長と会ってるんじゃないですかねぇ……」
そう言って腹を押さえつつ立ち上がるライアスを横目に、デイズはエリスとマキナを連れて搬入口へと足を踏み入れる。
「誰だよ?」
「実際に見た方が――隊長……泣くんじゃないですか?」
「いやな人選になりそうだ……」
ヘッドバイザーを再び被るライアスを横目に、デイズは二人を手招きして搬入口から格納庫へと入った。
広々とした空間。
固定用のハンガーがいくつも天井ぶら下がり、壁にはフォートギアを格納するためのスペースが設けられていた。
既に二機の〈エルザ〉がハンガーに固定されながら壁に張り付き、その脇にはいくつものライフルベースの兵装が用意されていた。
そして格納庫の遥か奥。
ひと際目立たない所に安置されていたのは、〈エルザ〉の規格を少し大きくした、白い装甲の巨人だった。
白を基調とした装甲には傷一つなく、光の粒子が表面を包む。
動物のような頭は、鼻のマズルが大きく突き出し、白い兜の中から長い牙が見え、蒸気が鼻先から洩れる。
ピンと伸びた長い耳のようなセンサーが、ヒクヒクと小刻みに動いて、動体の感知を常に行い続けている。
頭には二つの目が俯いたまま、四つの爪の伸びた自分の足先を見つめる。
僅かに肩を上下させながら、歩み寄る三人の姿をじっと見つめる――
「わぁ……ワンワンみたいだね、エリス」
「うん……なんだか格好いい」
「アトラシア……いい趣味してるわ。ったく」
二人の惚けた声をよそに、デイズは至極苦い表情で、この白い鎧を着込んだ巨大な獣を睨みつけていた。
カツンカツン……。
と、足音がこちらへと近づいてきていて、デイズは恨めしげに目を細めて振り返る。
そして、近づく影を捉えては、更に気が重くなる――
「おひさ」
「……なるほど。お前か」
少し汚れた白衣を着た女性は格納庫の入り口から顔を出すと、デイズに手を振りあ読み寄ってきた。
長い黒髪は後ろ手に縛り、ずれたメガネを直しながら顔をそむける中年男に歩み寄る。
「元気してた?デイズ」
そう言って顔を近づける女に、デイズは共に気まずそうに頭を掻くと顔を背けようとした。
クイッ
袖を引っ張られる感覚にもっともらしい理由ができたと思い、デイズはホッとしたような気持ちと共にエリスを見下ろそうとした。
「ああ。なん――」
――滲み出る闘気。
今にも噛みつかんばかりにジロリと睨むエリスに、デイズは更に気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「……以外と覇気があるな」
「あはは……えっと、この女の人は誰なのおじさん」
ムスッと頬を膨らませるエリスを押さえるマキナに、デイズは嬉しそうに目を細める黒髪の女性を指差した。
「……元独立強襲暗殺部隊。アリシア・ミルドレシア。俺の部下だ」
「あなたたちと同じく、元リンケージチルドレンよ」
そう言って背中から抱きつく白衣の女。
背筋がゾワゾワと逆立ち、デイズは顔を引きつらせすり寄るアリシアを振りほどこうと身体をよじった。
「……てめぇか俺を呼んだのは」
「イエスっ」
「くそっ……このフォートギアといい名前といい、いい趣味してるわ……」
「でしょっ。最高の名前を付けたつもりだけど」
「最悪だ……」
その言葉に、アリシアは笑顔を崩さずぐりぐりとデイズの背中に顔を押し付ける。
「いい匂い……久しぶりだから心が躍るわぁ……」
「離れてくれ……頼むから」
そう言ってデイズは背中に張り付くアリシアを振りほどくと、肩の埃を払いながらうんざりした表情を浮かべた。
そして紅く細めた双眸は、アリシアから視線を外し、格納庫から艦内へと通じる入口を睨む。
「……じじい。これは一体何の真似だ」
コツコツと広い空間に響く二つの足音。
恨めしげに注がれる視線に、格納庫の隅のドアから顔を出したゴルドは怖々と首をすくめ、自らの手元を見下ろした。
「怖い怖い。……のぉ、ミカ」
「……」
隣には、フルフルと長い黒髪を横に振る少女。
老人のしわがれた手にそっと背中を押され、少し硬い表情を浮かべながら、少女は恐る恐るデイズの前にやってきた。
じっと見つめる目は紅く、腰程にしかない背丈。
つま先立ちをしてに手をぐっと伸ばすると、デイズの強張った腕になんとか触れる程度で、少女は小さく首を振る。
少し唇が震える――
「……お父さん……」
「――三人目か」
諦めたように深いため息をつくデイズの言葉に頷くのはアリシア。
トトトッと駆け寄る少女を抱き寄せると、アリシアは嬉しそうに目を細め項垂れるデイズに告げる。
「うんっ。ミカ・ミルドレシア。エリス、マキナと同じくリンケージ能力者よ」
「……。お前いつ子ども作ったよ」
「大丈夫コピーだし」
「そう」
「でも遺伝子操作の関係上別の因子が欲しかったから、半分だけデイズの遺伝子を組み込んであるよ」
「えええええええええええええ!」
格納庫に響き渡る断末魔。
サングラスが床に落ち、氷のように固まるデイズを横目に、アリシアはミカの頭を愛おしそうに撫でる。
「いい出来でしょ。あなたの遺伝子ファクターは本当にいいものだらけだからね」
「いつ俺の遺伝子取った!」
「あなたが孕ませようとしていたごみ箱から」
「――――」
「まぁ種族がそうなんだから仕方ないけど……ほどほどにねっ」
「……度肝抜けたわ……」
ニッコリと笑うアリシアに、口元が引きつる。
ミカは母親に頭を撫でなられながら、キョトンとしたまま目の前で呆然と立ち尽くす男の手を握る。
両手で分厚い褐色の手を揺すりながら、ぽつりと一言。
「……大丈夫? お父さん……」
「童貞で子持ちとか……」
乾いた笑いを覚えながら、不安そうに覗きこむミカの頭を軽く撫でると、デイズはニコニコと笑うゴルドへと振り返る。
「……爺さん」
「ダメじゃ」
二言目を遮ると、老人はエリスとマキナとミカの三人を手招きするままに、傍に侍らせた。
「デイズ。……わかるか?」
三つの視線が、苦い表情の中年男を見つめる。
一つは期待に満ちた視線。
一つは喜びに満ちた視線。
一つは緊張に強張る視線。
「この子たちはお前を必要としている。……お前しかおらんのじゃよ」
「……アリシアでいいだろ」
「性格が破綻した娘に育児をさせろと?ワシは少なくともこの三人をこの二年間、あの女に世話させた事はないぞ?」
恨めしげに振り返るデイズを横目に、アリシアは小走りで白い鎧を着た狼の巨人の下へと駆け寄っていった。
老人は頬をすり寄らせるアリシアに苦笑いを滲ませると、三人を見下ろす。
「お前は、この子たちは気に入らんか?」
「……」
「いやならライアスあたりに充てがってやるが」
「――反吐が出そうだ」
「くくっ、良い返事だ」
口を尖らせるデイズの言葉に零れる、引きつった笑い。
そして、ひとしきり笑い終えたゴルド老に押されるままに、三人は恐る恐る難しい表情を浮かべるデイズの下へと歩み寄る。
「……お父さん」そう言ってミカはデイズの右腕にしがみつく。
「よろしくねっ、デイズおじさんっ」満面の笑みを浮かべてマキナはデイズの左腕にしがみつく。
そして、エリスはたじろぐデイズの腰に顔を埋めグリグリと頬を擦りつける。
「……デイズ……あの、よろしくお願いします」
「……期待するほど、俺は良い大人じゃないぞ?」
「知ってます……でも大丈夫、だと思いますから」
「……勝手にしろよ」
ため息交じりで呟くデイズに、エリスは緊張気味に頷いてデイズにしがみつく。
爪が引っ掛かり皺の浮かぶシャツ。
くさびを打ち込まれたかのように両腕が重たく、デイズは肩を落としながら戸惑いがちに顔をしかめ、ニヤニヤと笑う老人を睨んだ。
「……あんたは俺達に何をさせようと言うんだ?」
「何も」
「……」
「その子達は研究所から引っ張ってきた。ザールはそう遠からぬうちに顔を出すじゃろ」
「殺しをするのに子どもは邪魔だとは言わない……」
「――お前がワシの下で働き始めてから今まで何をしてきたか、この子たちにはよく教えたよ。
何人殺したか。どうやって殺したか」
腰に差した銃を指差す老人に、デイズはムッとした表情はそのままに足元のサングラスを拾い上げる。
「その時、お前はどんな表情をしていたか」
サングラスをかけるデイズの表情を覗きながら、老人は嬉しそうにそう語る。
「――知りうる事は全て教えた。そのうえで、その子達はお前の手を取ると言った」
「……」
「三人とも、お前に会いたいとな」
「……ザール機関の連中をこの船で潰せばいいわけだな」
「そう。ワシの御旗の下でな」
踵を返し背中を見せるデイズを見上げながら、ゴルド老は力強く頷いた。
「いずれ本星に返り咲き、ザール機関共々、必要なものを全てこちらに吸収する。技術、人員、システム、インフラ、都市機能。
必要なもの、宇宙全てが二千年繁栄するのに必要なものはすべて奪う」
「……でかい夢だ。死に掛けのじじいが見るには少し大き過ぎるがな」
「お前達がいれば可能だ。五年とかからんよ」
「……」
「そして、全てが終われば、お前に全てを渡したいと思う」
「俺も結構年を取ったんだがな」
「いやだとは言わせんぞ、デイズ・オークス」
「……夢は寝てる時だけにしてくれ」
そう言ってデイズはおどけたように肩をすくめるとポケットに手を突っ込み、PDAを取り出す。
「……俺だ。仕事が決まってな、引っ越しの手続きを始めたい」
「誰と話してるのおじさん?」
「うちのメイドさん。……ああとりあえずそっちに戻るよ。持っていく道具や服を決めないとな」
興味深そうにPDAを覗くマキナの頭を押さえるように撫でながら、デイズはそう言って口元に笑みを見せた。
エリスはそんな二人の様子を離れたところからみながら。頬をムゥと膨らませる。
「……デイズっ」
甲高い嬌声に、デイズは眉を動かすと、腰にしがみつくマキナを引きずりながらむくれるエリスに振り返った。
「家はそのままだ――あいよっ。なんだいお姫様」
「私も……構ってくださいっ」
「素直な子は好きだ……」
「え……」
「来いよ」
零れる苦笑い。
小さく手招きされ、エリスはハッとなって顔を赤くすると、躊躇いがちに小走りでデイズの下へと駆けこもうとした。
ドンッ
突き飛ばされるままに宙に投げ出される華奢な体。
エリスはビタンと床に突っ伏すと、紅く腫れた鼻を押さえながら涙を浮かべよろよろと顔を上げる。
「い……いたい……」
――覗かせる小さな舌。
「……べぇ」
「―――」
「……お父さんは……ミカの」
デイズの身体に同じくしがみつくミカに、真っ赤に頬を膨らませたエリスの長い金髪が逆立った。
バチリッ
激しい火花を上げて、大きく捩じれる空間。
零れた涙の滴が宙に浮かび、波打つ景色を背に、エリスは目尻を擦りながらしゃくり泣きをはじめる。
「―――ミカちゃんの……バカぁ……私だって」
「エリス。早く来いよ」
「……」
「それとも俺の話は聞けないか?」
逆立った髪が元に戻り、消えていく空間のゆがみ。
フルフルと首を振るままに長い髪が左右に揺れ、俯きながらエリスはトボトボと立ち上がり小走りにデイズの下へと駆け寄る。
ボフッとシャツに埋もれる小さな肩。
グリグリと額をこすりつけ顔を埋める小さな姫君に、デイズは微笑を浮かべシャツに顔を埋める彼女の金髪を優しく撫でた。
「いい子だ」
「うう、ごめんなさい、デイズ……」
「気にするなよ……ああ、写真はそっちに置いていてくれ」
三人にまとわりつかれながら、デイズは困ったような笑みを滲ませ、PDA越しにロボットに指示を出していた。
そんな様子を遠くから見つめながら、老人は嬉しそうな表情でアゴ髭をさする。
「ねぇ」
と、少し不機嫌な声に老人は眉を動かすと、にじり寄るアリシアに口元を歪める。
「バカ娘がワシに何の用じゃ」
「あれでいいの?」
指差す先には、三人の少女に身体を引っ張られながら、PDAを片手に苦笑いを表情に浮かべる中年男の姿。
困った様子で連絡を取る男を睨み続ける娘を横目に、ゴルドはフンッと鼻を鳴らす。
「艦の製造からフォートギアの調達まで全て金を出したんじゃぞ。これ以上文句を言う気か?」
「もちもち」
「がめつい――以前のお前以上には、相性は良さそうじゃろ」
老人が指差すと、アリシアは白衣のポケットに手を突っ込みながら、アリシアは不満げに口を尖らせた。
「どう思う?」
「科学者の見地から見ると、〈アトラシア〉を起動させるのには、三人とも不具合はないかもね。
もち、実践テストをしないとわかんないけど」
そう言って鋭く目を細めながら、格納庫の奥に佇む狼の巨人を睨んでは、アリシアはくしゃくしゃと黒髪を掻く。
「ただ……個体差はあるかもね。三人ともデイズとの感応性が調べられたわけじゃないですし。
なんにせよこれから、かな」
「一人の女としては?」
「あなたの首を今すぐ引きちぎって海に投げ捨てたいわ」
翻す白衣。
ひらひらと肩越しに手を振って格納庫を後にする娘を横目に、ゴルドは肩を震わせおかしそうに笑った。
「くくくっ、怖い怖い……」
ガシャン、ガシャンとフォートギアの足音が響く格納庫の中、老人の笑い声が、目の前でじゃれあう中年男と三人の少女の声にかき消される。
「ねぇおじさんって何歳っ。彼女とか何人できた?」
「マキナ、首にしがみつくな……32だ」
「とてもそうには見えません……すごく若く見えますデイズっ」
「お世辞でも嬉しいよエリス……」
「――ストライクゾーンは何歳から……?」
「うちのライアスよりは、広いつもりだ……アイツは10歳辺りからって言ってたからな」
「うっわ……ちょっと引くかも」
「3人とも、今日からあいつの事はゴミクズって呼んでやれよ。渾名がないのは可哀想だからな」
『はぁい!』
力一杯に手を上げ、またデイズにじゃれつく3人を見つめながら、老人は痛む腰に手を当てた。
そして視線を動かし、見上げる先には白い巨人。
滑らかな鎧をまとい、片膝を立てて佇む姿は狼の頭を模していても、足元で戯れる主人の従者の様に、静かに首を垂れる。
黒い心臓を胸に宿しながら、紅いアイサイトを優しくデイズへと向ける――
「――頼むぞ、デイズ」
フォートギアの足音響く格納庫に掻き消える言葉。
項垂れる白い巨人に小さく頭を下げて踵を返す老人に、巨人は徐に首を動かし、紅い目に老人の背中を映す。
グルルルゥ……。
身震いが装甲を伝い、白煙が僅かに口の間から漏れ出す。
まるで生きているかのように――