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夜明けのオオカミ―The Days of Atlazia―  作者: ef-horizon
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夜明けのオオカミ

 



 恨みを捨てたわけじゃない。

 悲しみを捨てたわけじゃない。

 今でもあの日のことは思いだす。

 今でも、思い出すたびに心の底に黒く渦巻くものが湧き上がって、どうにかなりそうだった。

 怒り。

 怨み。

 私はその度に『力』を振るった。

 怒りに体毛を震わせるたびに、遠くで星が一つ消滅し、嘆きに涙を流せば、遠くの銀河が観測できなくなった。

 それが私の力。

 宇宙を統べ、或いは滅ぼし続ける力。

 破壊者の称号。

 創世の火を持つ者。

 オリジナル・リンケージ。

 そんなものを、抑え、或いは共に生きていこうと、言ってくれた女性がいた。

 愛していると、言ってくれた女性がいた。

 ミオ……。

 私は、お前に何もしてやれなかった。

 ただ生きることがお前への償いになるのだろうか。

 アリシアを殺す事がお前の望みになるのだろうか。

 ミオ……。

 お前は、今何を望んでいるんだ?

 夜明けは、俺に何を望むのだろうか―――






 暗い山の山頂付近。

 そこには、トリフィアの海を一望できる、切り立った崖に近い景色の開けた場所があった。

 背後には暗い闇に覆われた木々の群れ。

 噴き下ろす風に枝葉をしならせ、ざわざわと暗闇に木々がいななく。

 零れる夜空の星明り。

 淡い光に僅かに草むらが照らされ、夜風に揺れる。

 そして、穂先が錆びついたランタンを撫でる。

 冷たい風が真っ白な体毛を撫で、尖った黒い耳を風の音色にヒクつかせる。

 静かに目を閉じる――

「アトラシア……」

 ―――聞こえてくるのは、絶対の主の声。

 ムクリ……

 暗闇の中、顔を上げる二つの巨躯。

 フラフラと交差して揺れる白と黒の尻尾。

 開けた崖の先、そこには、白と黒の大きな二頭の狼が蹲り、惚ける銀のオオカミ男を見つめていた。

 その瞳は燃え盛る火のように紅く、静かに目を動かし、二頭は銀のオオカミへと立ちあがった。

 そしてグイッと鼻先を胸元に擦りつけ、軽く牙を食い込ませ甘噛みをする。

「……ゼノアトラも……珍しいな。俺の前に現れるなんて」

 フワフワと二つの頭を撫でる大きな手。

 フガフガ……

 荒く零れる鼻息が二つ。

 優しき主に顔を何度も擦りつけながら、フラフラと二頭の尻尾が嬉しそうに揺れる。

「――ああ。その子達は俺の……」

 そして顔を離し、後ろからついてきた三人の少女を見下ろす――

「アトラシア……」

「おっきい……この子がアトラシア」

 少女の身体を覆う程に大きな躯体。

 蒼い瞳と灰の瞳の少女に近づきながら、白いオオカミはグイッと突き出た鼻筋を擦りつける。

 フラフラと揺れる長い尻尾。

 なつく姿は優しく、白きオオカミは二人の少女の下に座り込み、彼女たちの顔を何度も舐める。

「あははっ、可愛いっ」

「ううっ、お風呂入ったばっかりなのにぃ……」

「帰ったら四人で入ろうっ」

「……。うんっ」

 そしてべとべとになった二人の隣、ミカは黒き大狼の前に立ちつくす。

 じっと見つめる血のように紅い瞳。

 ピクリとも動かない尻尾。

 まるで品定めをするように睨みつける狼の視線に、ミカは不安げに胸を押さえては力なく項垂れる。

「……私は……あの人のコピーだから……」

 グイッと持ち上がる腰。

 身体を起こすままに、黒き大狼は俯く少女の顔を見下ろし、そして優しく鼻筋を擦りつける。

 フラフラ……

 揺れる長い尻尾。

 黒い体毛はとても柔らかく、ミカは首元を撫でられ俯いた顔を上げるままに、躊躇いがちに笑みを狼に滲ませた。

「……いいの?」

 答えはなく、ただ黒き大狼は静かに三人目の少女の匂いを身体に染み込ませようと、巨躯を擦りつける。

 そして二頭の大狼は三人から離れるままに、主の下へと歩み寄っていく――

「……覚えたかアトラシア?」

 コクリ……

 ヒクヒクと尖った耳を五貸し白き大狼は静かに頷くと、地面に腹を這わせて彼の前に座り込む。

「ゼノアトラ。彼女を赦してやってくれ……」

 コクリ……

 長い尻尾で草穂を撫でながら、黒き大狼はゆっくりと彼の前に座り込む。

 ハッハッハッ……

 息はまだ少し興奮気味に荒く、寝そべるオオカミは二頭の頭をなだめるように優しく撫でた。

「……こっちだ」

 離れた場所にいる三人を手招きし、オオカミは崖の前に呼び寄せる。

 そして、崖の先に佇む小さな突起物の前に、脚を進めると、オオカミはその場に座りこむ。

 三人もそれに合わせて、膝を丸めて覗きこむ――

「これ……」

「……ミオさんの?」

 添えられているのは、錆びついたランタン。

 目の前にあるのは、小さな墓。

『愛しき人よ かの地にて眠る 安らかに 穢れることなく』

 小さな石に書かれた言葉。

 懐かしそうに細める、火のように紅く澄んだ瞳。

 零れる熱っぽいため息。

 オオカミは静かに墓に残った埃を払うと、佇む小さな墓と共に夜のトリフィアの水平線を見つめた。

「……ミオは……この景色が好きだった。ここで、俺は彼女に告白した」

「……」

「そして、彼女は死んだ。……だけど、景色はここに残ったままだ」

 夜の闇に木々が寂しげにいななき、二頭の狼はヒクリと尖った耳を立て、主の丸めた背中を見つめる。

 カチャリ……

 錆びついた取っ手を握りしめるままに、オオカミはランタンを持ち上げ、そっと蓋を開く。

「……景色は残る。記憶も、思い出も……何もかも残る」

「おじさん……哀しいの?」

「ああ。……だけど、嬉しくもある」

「え?」

「―――まだ、この場所が俺とミオを覚えていてくれていたことを」

「……」

「なぁ……そうだろう、兄弟」

 シュボッ……

 手の平に灯る紅い火。

 力強い紅い光で周囲を照らしながら、オオカミはソッと開いたランタンへと手の平を傾けた。

 そして、水を注ぎこむように、紅い火が流れ落ちる。

 ボッと仄かな明りを照らし、消えたランタンに再び明りが灯る。

 その輝きは、決して衰えることなく――

「……リンケージ能力は、或いは人を蘇らせる力もある」

「―――そうなの、お父さん?」

「ああ。世界を支配するその力、世界の法則をねじ切ればそれも簡単だ。それだけの力がある」

「……なんで、ミオさんを生き返らせないんですか?」

「――俺は神様じゃない。生き返らせて人を支配するなんて思想は持てない」

「……」

「俺は、彼女といつも対等に生きてきた。同じ場所で同じ景色を見て、同じ速度で歩いていた。

 同じ目線で、同じ世界を生きてきた……」

「デイズ……」

「生き返らせて、命を支配して……彼女は喜ぶだろうか、俺に穢され、俺に強いられた命を、彼女は望むだろうか。

 ……そう考えた時、俺の手は止まった」

 揺れるランタンの火。

 オオカミは立ち上がるままに、風を背に受け長い尻尾を靡かせながら、錆びついたランタンを掲げた。

 そして夜の闇に、火を投げかける。

 水平線が、投げかけた火に僅かに明るくなっていく。

「生きるとは、生きたことを誇る事――古い一族の言葉の一つだ。決して生き続けることではない。

 死を避け、生に固執したところで、やがて滅びはくる。人は永遠ではない」

 ゆっくりと紅くなり始める黒い海。

 暗闇の中でさざ波だった水面は、昇り始める紅い炎にその輪郭を露わにし、茜色の津波が水平線から昇ってくる。

「……彼女は、自分の生き方を誇った。……俺を愛し、俺と共に生きた事を最期まで誇りに思っていた。

 俺も、彼女を愛した。心の底から彼女を愛した。

 じい様も……皆も、同じだ。……死ぬことに何の終わりもない」

 音もなく暗闇を、真っ赤に染め上げながら、光はトリフィアの街を呑みこんでいく。

 夜が明ける。

 朝が明けていく。

「死は終わりではない。魂を次に繋ぎ、世界と共に生きていく。

 巡る力、繋がる力。

 命を巡らせ、託した思いを次に繋いでいく――その為の受け皿に、俺達は、生きている人たちがいる。

 リンケージは……その為にあると、俺は思う」

「デイズ……」

「人の思いを繋ぎ受け入れ、命を次に繋いでいく。恨みも喜びも身体に抱きしめ、共に生きていく。

 繋がる力。

 リンケージとは、そんなもんだと、俺は思う」

 ――昇る朝日。

 ゆっくりと光の雨が放射状に水平線から昇り、真っ赤に染まったトリフィアの街が光に包まれていく。

 夜は山の向こうへと逃げ、夜と朝の狭間の茜色が頭上をよぎっていく。

「……俺は、彼女の思いを繋いだ」

「……どんな思いですか?」

「―――生きてくれ、彼女は最期にそう言った」

 ザァアアアア……

 夜に包まれていた木々が風にざわめき、光に包まれ色を取り戻していく。 

「……ミオ……俺はもう少しだけ、生きてみようと思う。お前が望んだように、お前の心と共に生きよう。

 ただ、時々――ここで思い出に浸らせてくれ。少しだけ一緒にいてくれ」

 世界が彩られていく――

「……また来るよ、今度は大きな花束を持って、お前の所に」

 息を吹きかけるままにランタンの火が消える。

 オオカミはソッと錆びついたランタンを、小さな墓の前に置くと、長い尻尾を翻し踵を返した。

 そして、惚ける三人を見下ろし、デイズは照れくさそうに口の端を歪める。

 昇る朝日を背に、オオカミはスゥと目を細める――

「……すまないな、俺の暇つぶしにつき合せて」

「ううん……私はよかった。デイズの言葉が聞けて」

「――エリス。覚えておいてくれ、俺が言った事を」

「はいっ」

「マキナ……俺といてくれ。一人は寂しくていやになる」

「―――うんっ、私おじさんと一緒にいる。寂しい時も嬉しい時も、ずっと叔父さんと一緒にいるからっ」

「ミカ……こんなだらしない父親だが、世話を掛ける」

「――お父さんは、私の最高のお父さん。私……ずっとお父さんの手を離さないから」

 三人はそう言って、オオカミを見上げた。

 オオカミは三人を見下ろし満足げに頷き、そして帰ろうとして、地面を蹴り歩き出そうとした。

「じゃあ、そろそろ戻る―――」

 ――ギュウッ

「!?」

 服を、後ろから引っ張られる感覚。

 振り返れば、そこには昇る朝日の光がさんさんと注ぎ込まれ、彩られた世界がそこにあった。

 そして足元を見下ろせば、そこには小さな墓。

 朝日に照らされ、うっすらと灰色を帯びていく――

 ――ギュッと手を握られる感覚。

 暖かい、手の感触。

 手元を見下ろせば、注ぎ込まれる光の雨の中、僅かに何か映しだされた。

 それは小さな少女。

 銀色の長い髪を風に靡かせ、こちらを見上げ、トンと惚けるオオカミの腰を押した。

 微笑んでいた。

 とても優しく――

 ―――ちゃんと言えっ、バカデイズっ。

「……」

 ―――それは、彼女の望み。

「……。エリス、マキナ、ミカっ」

 二頭の白黒狼にじゃれついていた三人は、鶴の一声でキョトンとしつつこちらを見上げた。

 そして二頭の狼から離れるままに再び、立ちつくす白銀のオオカミの下に歩み寄る。

「どうしたんですか、デイズ?」

「おじさん顔紅いっ」

「……お父さん?」

 ――ギュッと汗を手に握る。

 開こうとした口が震える。

 あの時と一緒だ。

 それでも言わなければいけない。

 グッと閉じる紅い瞳。

 大きく息をのみ、裂けた口を大きく開き、朝焼けに染まった空に顔を上げ、デイズは声を張る。

 言葉を告げる――

「……エリス、マキナ、ミカっ」

「はい」

「うんっ」

「―――何?」

「……俺は……俺は……その……お前達の事が好きだ……!」

『……』

「だから……その、これからも……俺と一緒にいてくれ……!」

『……』

「頼む!」

 最期に貼り上げた言葉が一番大きく、二頭の狼はキョトンとして紅い瞳を四人へと投げかける。

 立ちつくす小さな三人の姫の背中を見つめ、朝日を背に頭を下げる主を見上げる――

「……大好きです、デイズ……私、貴方の事が好き」

 ――日差しに目を細め、零れる優しい微笑み。

「おじさんが、いいなら……私ずっといるよ。だって好きな人の傍にいると心がドキドキするもん」

 ――照れくさそうなに唇を少し歪め、

「――お父さん……私も好き……誰よりも好き……大好き」

 真っ直ぐな瞳を浮かべ、少女は頭を下げるオオカミを見上げて、ソッと彼の身体に抱きつく。

 つんのめる巨躯。

 僅かに後ずさるままにデイズは戸惑いに顔をしかめながら、頭から湯気を覗かせ苦い表情を浮かべた。

「……その……今のは」

「覚えていますよっ、ずっと覚えていますっ」

「―――だよな……」

 朝焼けの空を仰ぎ、オオカミは深いため息を零した。

 その空はどこまでも澄んだ、宇宙晴れだった。

「……帰るか」

『はいっ』

 三人は声を合わせて頷くと、歩き始めるオオカミに合わせて草むらを強く蹴りあげ、歩き出す。

 辛い事も、哀しい事も、嬉しい事も四人で共有し、

 同じ速度で、同じ歩幅でゆっくりと、

 共に歩いていく―――――




                夜明けのオオカミ―The Days of Atlazia―

                               完       


一応締めないといけないと思い急遽作成。

素案はあったんだけどね作るの今まで面倒だから拒否してた(*´ω`*)

誰も見てないからいらない?ソーリーユーザー

この後は何もありません、っていってもあるので、あれ一応予告です。でも予告をただただ言うのってつまらんやないですか。

だから予告を繋いでいくことで一つ物語を形成することにしました。

これで小説が一粒で二度おいしくなる。

ならない?知らんな

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