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夜明けのオオカミ―The Days of Atlazia―  作者: ef-horizon
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33/35

君と見た夜明け




「……ここでよいな」

「おじい様……おじい様……アトラは、もう……」

「――ここに長距離トランスポーターがある」

「とらすんぽーたー……?なんでしょうかそれは……」

「本星ミルドレシアに何度訴えようと、答えは聞けずじまいじゃった。これもひとえにワシの罪じゃ」

 暗い洞窟の中、じい様は私の髪を優しく撫でる。

 震えあがる私の心をなだめるように、優しく、そして強く、長く伸びた銀色の髪を梳いてじい様は私の髪を撫でた。

 優しかった。

 とても、優しい人だった。

「……デクスはおそらく、宇宙を手に入れようとしておる」

「誰ですか、その人は……?」

「だが奴は王の器にあらず。他者を喰らい、世界を喰らい、太陽すら喰らう、暗き者達の血よ。

 奴は……奴らは滅ぼさねばならない」

「おじい様……おじい様その人がアトラを壊すのですか?アトラを……!」

 ――アトラは崩壊の寸前にあった。

 何百光年先の宇宙から撃ち込まれる広範囲ブラックホールボム。

 青空にポツンと浮かぶ、小さな黒点。

 そして瓦解。

 成層圏に出来上がった重力の球体は、木々を、森の獣を、大地を、雲を鳥を、空を、際限なく飲み込んでいく。

 アトラの綺麗な青い星は、小さな点の中に吸い出されていく。

 たった、これっぽちの為に――――

「……。アトラはもうだめじゃ」

「おじい様……私……」

「泣くな……デイズ……ワシらはどの道消えるさだめじゃ……」

「いやです……死にたくありません……こんな……こんな……」

 瓦解して重力から切り離された星の欠片が土煙となり、渦を描いて、ブラックホールへと呑みこまれていく。

 何もかも、消えていく。

 生まれた場所の深い森も。

 一緒に遊んだ動物たちも、家族と見た海の景色も、山の景色も空の景色も、大切なもの全て。

 こんな小さな点に呑まれていく。

 消えていく――

「……長距離トランスポーターは、ミルドレシア本星へと繋がっている」

「おじい様も……皆も一緒に……!」

「ワシらはアトラの白きインディア」

「――――

「ワシらは、星と共に生きる種族じゃ……星と共に目を覚まし、星と共に眠り、星と共に死のう」

「いやぁ!おじい様も皆も一緒じゃなきゃいやなの!」

「ワシらでは……どの道この宇宙で生きることは出来ぬ。

 ……ミルドレシアに着いたところで、ザール機関がワシらの身体をバラバラに解体してしまうだろう」

「いや……いや……!」

 バキバキバキ……

 罅が入っていく天井。

 隙間から覗かせる、真っ赤な空。

 地面奥深くに作られた、ドーム状の退避施設が崩れ始め、やがて空へと壁や天井を吸い込まれ始めた。

 ソレと共に、空気が渦を描いて徐々に紅い空へと昇っていく。

 紅く滲んだ眼を見開き、はっきり映る。

 視界の中、遠くに見えるのは、土や木々、獣たちをどんどんと吸い込む、肥大した黒い塊だった。

 あの塊が、全てを奪っていく。

 あの黒き闇が、私の全てを――――

「時間がない。行きなさい」

「いやぁああああ!おじい様、皆ぁああああああああ!」

「デイズよ……!アトラの白き獣よ、生きよ、生きて……壊れゆくこの世界をその力で繋ぎとめよ!」

「おじい様、おじい様ぁあああああ!」

「アトラはいつも、お前と共にある。ワシらも同様じゃ」

 私は一族の人に引っ張られるままにドームの隅に設置された筒状の装置の中に放り込まれた。

 そして出ようとする私を遮り、ハッチが閉まる。

 透明な壁の向こうに、赤黒く染まっていく空が映る。

 ひび割れた大地。

 次々と終末の空へと吸い込まれていく、いくつもの木々、動物、鳥や獣、大切な私の友達。

 思い出までもが、星の闇に消えていく――

「――デイズよ……お前は世界の希望だ。お前の力はバラバラになりかけた命を繋ぎとめる力がある。

 その力で……宇宙を救え。迷うな……」

「おじい様!早く一緒に!皆も!」

 声は届かず、ハッチの向こうで、次々と一族の皆が倒れていく。

 やがて目の前にいたじい様も倒れてしまう。

 私の家族が、奪われていく――

「ああ……ああああああ……!誰か……誰か皆を助けて……」

「デイズ……ワシらの希望よ……白き獣の王よ……」

「殺さないで……皆を殺さないで……皆……皆……私の大切な人達なの……殺さないでぇえ!」

「アトラの血を絶やすな……悲しむな……ワシらの魂は、聖なる獣と共にある……死しても……ワシらは……。

 アトラシア……ゼノアトラ……この子を……!」

「おじいちゃん、おじいちゃん死んじゃやだ、また一緒に遊ぼう、一緒に遊んでよ死なないでよ、ずっと一緒にいてよぉおおおおお!

 一人にしないでぇ!」

「……デイズ……ワシの……可愛い……」

「おじいちゃぁああああああああああああああん!」

 長距離トランスポーターが発動した。

 気がつけば、私は大都会の隅に送られていた。

 そこは本星ミルドレシア。

 家族を殺した奴らがいる、本拠地だった。

 ――後に聞いた話では、惑星アトラは、銀河連合に反目しているという理由で消滅させられた。

 たった、それだけの為に。

 私は、全てを失った。










「……夢、か」

 天井を見上げれば、そこは薄闇。

 そこはデイズの部屋。

 大きめのベッドの上に大の字になりながら、気がつけば眠りについて、また目を覚ましていた。

 シュルリ……

 衣擦れの音を立て床に滑り落ちるシーツ。

 カランと音を立てる首輪。

 汚れたワイシャツは床に放り投げたまま、相変わらずの上半身裸で、中年男は体を横たえていた。

 零れる小さなため息。

 身体を動かせば僅かに関節が軋み、デイズは静かにベッドから足を下ろし、首を摩りながら身体を起こす。

 そして床に投げたワイシャツを拾い、袖を通す――

「……もう、二十年以上前、か」

 窓から夜の街を紅い目を細め見下ろしながら、ふいに思い出すのは、昔の景色。

 愛した森の木々。

 友達だった森の獣たち。

 ずっと家族だった、優しい部族の人々。

 冷たい水の感触。

 柔らかな風の匂い。

 木々のさえずり、命の歩く音。

 季節が変わり、風の匂いが変わり、森が色を変えると、その度に人も獣も動きも形も変えていった。

 呼吸をしていた。

 その中で、長い銀髪の少年も生きていた。

 紅く澄んだ眼を輝かせていた。

 息を白ませ、汗を掻き、夜空を見上げ、太陽に手を伸ばす。

 何も変わらない、だけど常に変わり続ける世界と共に、一歩ずつ前に進み、景色と共に生き続ける、

 そんな、少年時代だった。

「……じい様」

 呟くのは、最後まで傍にいた家族。

 彼を育て、最後まで彼を思い、消えていった――

「……」

 ――カチリ……

 音を立て外れる首輪。

 褐色の肌を、銀色の体毛が一瞬で生えだし、やがて長く尖った耳が頭から伸びて天井を指した。

 フワリ……

 ズボンを突き破り這い出すままに、左右に揺れる長い尻尾。

 伸びてくる手足の爪。

 突き出てくる鼻腔。

 鋭い牙を覗かせ、紅い目を細め、銀のオオカミは首輪を握りしめ、静かに窓辺に立ち尽くす。

 そして静かに目を閉じるままに、小さく項垂れる――

「……少し、散歩に行くか、お前ら」

 キィ……

 僅かに開く扉の音。

 ポケットに首輪を捩じりこみ、長い尻尾を翻すと、尖った耳をヒクつかせ狼は笑みを浮かべて振り返った。

 そこには開いたドアから顔を覗かせる三人の気配。

 まとめた金色の髪を靡かせ、恐る恐る最初にドアから顔を覗かせたのは、蒼い瞳のエリス。

 押し出されるように華奢な身体が部屋に入り、続いてくるのがマキナ。

 不安げな感情を、揺れる灰色の瞳に乗せる。

 最後に、黒髪をまとめミカがトトトッと小走りにデイズの下に歩み寄っては、彼の右手を取った。

 そして見上げる幼い娘は、哀しげに爪をシャツに食い込ませ、父親にしがみつく。

 ギュッと肌蹴た腹元の体毛に顔を埋める――

「お父さん……」

「……。見てたのか?」

 なだめるように髪を軽く撫で、顔を上げれば、そこにはコクリと頷くままにデイズの手を取る二人の姿。

 ペタンと困ったように垂れる尖った耳。

 鼻腔から熱っぽい鼻息が漏れ、苦笑いを零すと、オオカミは肩をすくめ、哀しげな表情の三人を抱き寄せた。

「すまんな……怖がらせてしまって」

「デイズ……」

「おじさん……どうしたらいいの……?」

「何もしなくていいさ。……終わったことだ」

「でも……たくさんの人が死んだ……いなくなった」

「思い出も、大切な場所も全部……全部……デイズが好きだった景色が」

「お父さん……やだよ……行かないで」

「どこにも行かないで……おじさん」

「ずっと……ずっと傍にいて……」

「……困った嫁だ」

 薄暗い部屋に響くすすり泣き。

 三人の背中を摩りなだめようと、止まることはなく、オオカミはペタンと耳を垂らしほとほと困った様子で笑みを滲ませた。

 そして、そっと三人の髪を撫でながら、オオカミは先ほどの言葉を呟く――

「お前たち……散歩に行かないか?」

「……散歩?」

 最初に顔を上げたのはエリス。

 オオカミはホッと一息つくままに、ソッと少女の汗ばんだ額を撫でるままに、柔らかな笑みを滲ませた。

「……ああ、もうすぐ夜が明ける」

「……夜明けの、オオカミ」

「見せたい景色がある。……お前達の心に刻んでおいてほしい、大切な景色だ」

「……」

「エリス……お前は生きているんだろう?」

「はい……」

「マキナ……なら俺を覚えていくれ……俺がいる事を……俺と共にいる事を忘れるな」

「うん……おじさん、私覚える、覚えてるよ」

「ミカ……俺の手を離すな……一緒に行こう」

「――うんっ、私離さない……絶対」

 すすり泣きが止む。

 身体を掴む力が少し和らぎ、オオカミは安堵に小さく肩をすぼめるままに、三人をクルリと反転させた。

 そして小さな背中を押して、濡れた目尻を擦る三人たちを促す。

「ほら、着替えて来い。外はまだ寒い」

「――うんっ、待ってておじさんっ」

「……お父さん。好き」

「……ああっ、ミカちゃんっ、ずるい、私もデイズが好きですっ」

「おじさん私もっ、私もおじさんの事大好きだよっ」

「―――着替えてきなさい。俺は待たんぞ」

 興奮気味にヒクつく尖った耳。

 フラフラフラ……

 少し激しく揺れる長い尻尾。

 三人の言葉が耳の奥に響き、興奮に熱っぽいため息が裂けた口元から零れ、オオカミは渇いた鼻先を爪で掻いた。

 そして、零れるため息に、白くなる窓。

 興奮を抑えようと窓の向こうへと振り返れば、そこにはトリフィアの夜の街。

 その向こうには、夜の海。

 水平線がどこまでも広がり、星の明りが海辺の落ちて光を返す。

 それはまるで、宝石をちりばめたかのように――

 ――パチリ……

 不意に尖った耳聞こえるのは、火の爆ぜる音。

 ザワリと逆立つ銀の体毛。

 暗闇の向こう、紅い目を細め見つめれば、僅かに何かが水平線から迫り上がってくるのを感じる。

 夜明けが近い。

 彼女が、呼んでいる――――

 ――行こう。

 オオカミはガラス窓に手を伸ばし、どこまでも広がる夜の海に手の平を広げた。

 毛深い手に景色がすっぽりと収まる。

 スゥと紅くぎらついた瞳を細める――





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