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夜明けのオオカミ―The Days of Atlazia―  作者: ef-horizon
三章:アトラの白き獣
28/35

22話目

 



 惑星ダラエ。

 昼夜の寒暖の差も大きなこの星は、毎秒100メートル、嵐のような砂塵の大風が大気圏全てを覆い尽くす星だった。

 その砂塵の砂粒ですら、人の大きさを優に超える程の大きさ。

 黄色く染まった星の周りには大気圏に突入しそこなった隕石や、飛散してきた宇宙のごみが散乱し、リングを作っている。

 そのリングから顔を出すのは、機械で覆われた三機の人工衛星。

 球状の素体の周りには、これでもかという程の砲台が取りつけられ、更にその周りと重力変異で作ったシールドが何重にも発生していた。

 球体の中央には大きな窪みができ、その中から現在進行形で巨大な大砲が迫り出してきている。

 衛星から発信する無数の大型戦艦、その12機分の長さのバレルが宇宙の闇を指差す。

 三つの大口が、星闇に浮かぶ白き獣を睨みつける――

「……ミカ。大丈夫か?」

「ふぇ……」

 か細い声を聞き取ろうとヒクつく尖った耳。

 サイドレバーから手を離し、オオカミは後ろを振り返るとシートに背中を埋めるミカの顔を覗きこんだ。

 桃色の火照る頬。

 ジンワリと目尻に滲む大粒の涙。

 僅かに膨らんだ胸を上下させながら、時折軽く背中を痙攣させ、ミカは苦しげに閉じていた目をゆっくりと開いた。

「……だいじょうぶぅ……お父さんの事……一杯感じられるから」

 とろんとした紅い瞳。

 ろれつの回らない喋りでそう告げる娘に、オオカミは強張った表情で頷くと、隣に座るエリスへと目を向けた。

「はぅ……敵、たくさんいますね……」

 そう呟きながら零れる熱い息使い。

 苦しげに胸元に手を添え、力のこもった目でモニターを見渡すエリスに、デイズは安堵に肩をすぼめた。

 そして再びシートに身体を埋めると、サイドレバーに手を駆け、オオカミは手元のコントロールパレットに指を這わせる。

「ミカ。辛くなったらこっちに来い」

「んにゅ……ぱぱぁ……」

「エリス、世話をかける」

「大丈夫……です……デイズ……導いてください」

「行こうか、相棒!」

 ――剥き出しになる鋭い牙。

 紅い双眸を細め、眼下に黄色く濁った星を見下ろしながら、〈アトラシア〉は右腕を虚空にかざした。

「強き拳をその手に……」

 戦いの咆哮と共に右腕に浮かび上がる黒い球体。

 右腕全体を飲み込むほどの重力変異を引きずりながら、白い巨人は眼下に広がる戦場へと飛び込んだ。

 途端に足元から吹き上がる光の雨。

 翻す外套にレーザーが一瞬にしてあらゆる方向に拡散し、巨人は黒く覆われた右腕を突き出す。

 三つの首がもたげ、三門の惑星間砲が飛び込んでくる〈白き獣の従者〉を捉える――

「強き名を以って……大きな力を……」

「パパ……私の……」

 ――破裂する巨大な衛星。

 大気圏を覆う砂塵が、まるで水柱の如く、周囲のリングを突き破り、宇宙に向かって大きく吹き上がった。

 何かに貫かれたかのように、衛星は砲台ごと中心を抉られ、ドーナツ状に内側から破裂し、晴れた砂塵の大幕の向こう、大地に巨大な跡が浮かび上がる。

 それは星の核に罅を入れんばかりに抉れたクレーター。

 舞い上がる砂塵が翼を広げるようにゆっくりと宇宙の闇に消えていく中、星を貫く衝撃にダラエの星が地割れを起こし悲鳴を上げる。

 クレーターを中心に深くひび割れていく星の表面に、巨人は満足げに目を細める――

「――何想像したんだ?」

 バチリと迸る腕から紫電。

 右腕に装着されたのは、巨大なガントレットから迫り出した、長槍のように長い二枚の刃。

 刃の先には黒い球体が挟まり、排熱するかのようにガントレット全体から光が尾を引いて吹き上がる。

 腕を下ろすままに二枚の刃がガントレットの内側へと収納され、オオカミは長い尻尾を翻し、周囲の的に目を配った。。

「……大きくて……固いの……」

「わ、私じゃないですっ……」

「……。母親にそっくりだ」

 虚空を蹴りあげる鋭い足の爪。

 光に包まれた外套を翻しエミッターから放たれるレーザーを払うと、〈アトラシア〉は近づく敵影に腕を伸ばした。

 ――空間を切り裂く爪痕。

 何もない場所を撫でるように腕を払えば、遥か遠くの戦艦ごとフォートギアの装甲がえぐられ、無数の金属片が宇宙に飛び散った。

 そしてエミッターを担いだ機人の腕が千切れ、〈アトラシア〉は左腕にレーザーエミッターを奪う。

 そして、返す刀で銃口をリングに隠れた二台目の衛星へと向ける。

 照準を定め、オオカミは鋭く目を細める――

「強き名を……」

 ――リングが削ぎ落される程の光の柱が走る。

 巨人の左腕から吹き上がるレーザーラインは、何重に貼ったシールドを食い破り、衛星を丸ごと飲み込んだ。

 光の中でドロドロに溶けていく装甲。

 突き出た砲台はグニャリと曲がって光の柱の中に流れていき、やがて爆発が内側から起きて衛星を食い破る。

 スゥと光の柱が細くなり、やがて掻き消え、巨人は銃身がドロドロに融け落ちたレーザーエミッターを捨て踵を返した。

 背後、周囲の戦艦を飲み込むほどの大爆発に靡く外套。

 大気圏に迫るほどに肥大化する小さな太陽を横目、〈アトラシア〉は虚空を蹴りあげ潜るように、身体をよじり飛び出す。

 そして周囲を見渡すままに、双眸を細める――

 ――後退していく敵影。

 敵の気配がなくなり、獣はヒクヒクと鼻を動かし、尖った耳を揺らし、辺りをせわしなく見渡す。

「……そこか」

 ――敵の気配が一つに集中していく。

 遠くで膨れ上がる光の塊。

 惑星間砲の膨大な熱量がこちらに向かってくるのを肌で感じ、〈アトラシア〉はグッとかざしたガントレットの先を光の彼方に向けた。

 唸り声を上げながら、獣は鼻筋に皺をよせ、双眸を細める――

「……アトラシア」

 ――捩じれる空気。

 激しく波打つ空間。

 暗闇を引き裂く一筋の明りを、一瞬で飲み込むままに、手の平から歪曲した空間が皺寄せるままに竜巻の如き渦を描いた。

 それは闇を貫く鋭い槍の如く光を飲み込んでいく――

「――捉えた……!」

 表面に浮かび上がる聖刻。

 深々とめり込んでいく表面の装甲。

 巨大な球体を手の平で鷲掴みするような跡が衛星全体に浮かび上がり、メキリと迫り出した惑星間砲が先端から押し潰されれていく。

 綺麗な円形をしていた星の形が、握りつぶされるように楕円形に代わる。

 かざした手のひらを閉じようとしながら、細める紅い双眸に、手の形に凹んでいく巨大な衛星を捉える。

 ニィと口の端を歪め牙をむき出す――

 ―――グルルルルゥ……!

 大気圏へと、何かを投げ飛ばすようなモーションを見せる〈アトラシア〉。

 それと同期して、楕円形に潰れた巨大な衛星が大気圏を突き破り勢いよく、ダラエの星へと突っ込んでいった。

 一瞬で摩擦熱に紅く染まる巨大な金属の塊。

 大地に吸い込まれるままに衛星が落ちると、爆風がダラエの分厚い嵐の層を一瞬で吹き飛ばした。

 立ち上る爆風はダラエの表面の約半分を覆い尽くし、爆風により砂塵の壁が晴れ黄色い大地が露わになる。

 砂塵の壁の向こう、大陸一つを覆う程の巨大な基地が見える――

 トンッと蹴りあげる宇宙空間。

 光の粒子が尾を引き、〈アトラシア〉は水の中を潜るように、身をよじりダラエへと落下し始めた。

 大気圏を抜けながら、紅く色めく周囲の空気。

 分厚い空気の層を外套で払い落しながら、〈アトラシア〉は眼下に広がる巨大な基地を見下ろす。

 噴き上げる風に細める紅い眼光。

 グッと右腕のガントレットに拳を作り、白き獣はゆっくりと振り上げる。

 白い巨体が大陸ほどの広さもある巨大都市へと吸い込まれていく――

「……終わりだ」

 ――ダラエの反対側を貫く槍。

 光の粒子を帯びガントレットから放たれる巨大な光の奔流が、大地を刳り貫き、核を穿つ程の衝撃で星を真正面から反対側までを撃ち抜いた。

 星の反対側までを貫いてそびえたつ巨大な閃光の柱。

 大地が崩れ始め、戦艦がすっぽりと入るほどの巨大な亀裂が八股の蛇の如く無数に星の表面を走り、内側まで食い破っていく。

 そしてゆっくりと内側から破裂するように瓦解していくダラエ。

 楕円形の星の形が徐々に崩れていき、重力から切り離された星の欠片がゆっくりと宇宙に流される。

 突き出した拳の中に小さな黒球が滲みだす――

「行くぞ、ゼノアトラ……!」

 ――音なく、黄色い星を一瞬で飲み込む黒い球体。

 漆黒の中、渦を描いて吸い込まれていく大地、風―――星。

 飲み込まれた全ての物質が圧縮され、突き出した巨人の手の中へと吸い込まれていき、無へと返っていく。

 そして膨張する漆黒の闇の中、ただ巨人の右腕だけが光の粒を噴き上げ、闇を照らす様に輝く。

 闇に迷うものを導くように――

 収縮する黒い球体。

 宇宙空間の中、崩壊した星の断片、舞い散った塵すらも黒い球体に呑みこまれ、巨人の手の中に吸い込まれる。

 ドクン……ドクン……

 歪なほどに黒い球体が蠢く。

 グッと〈アトラシア〉は小さな闇を手の中に握りつぶす――

「大丈夫か、二人とも」

 星が跡かたなく一つ消滅したのを確認し、オオカミは小さく頷くとサイドレバーから手を離し後ろを振り返って立ち上がった。

 ジンワリとシートに広がる染み。

 汗を掻き、苦しげに上下しながら、意識も朦朧としていて目は虚ろに、ミカは立ち上がるままにぼんやりとオオカミを見上げる。

 蒼い球体から這い出す指先。

 フラリと前のめりに上体を起こすと、ミカは腕を伸ばすオオカミへと小さな両手を伸ばし、惚けた表情で首筋に顔をうずめる。

「ぱぱぁ……」

「疲れたか?」

「ううん……すき……しゅきぃ……ぜんぶだいしゅきぃ……」

 毛深い銀の体毛に顔を埋めながら呂律の回らない声が尖った耳に響く。

 グニグニと頬っぺたを肩にすりよせながらミカはギュッと華奢な体を、軽く仰け反る狼頭の巨躯に埋める。

 そっと背中を撫でる毛深い手に、ヒクリと跳ねる腰。

 熱に浮かされるようにミカは頬をすりよせ吐息を漏らす――

「……ぱぱぁ……しゅきぃ……」

「ミカが俺の娘で、本当に嬉しいよ……」

「うんっ……ぎゅってして……」

「離すなよ……」

 爪を食い込ませ肩を抱き寄せる大きな腕。

 そっと汗ばんだ黒髪を撫でるままにコクリと頷くと、オオカミは優しく囁きしなだれる華奢な身体を胸元に埋める。

 トクントクンと心音が胸の中に聞こえる。

 熱っぽい感触にオオカミは柔らかい身体をなだめるように撫でながら、埋もれた娘の顔を覗きこむ。

 ――スゥ……

 尖った耳に聞こえてくる微かな寝息。

 頬っぺたすりよせ胸元に眠る娘に困ったような笑みを滲ませ、デイズは再びシートに座ると少し表情を強張らせた。

 そしてきつくサイドレバーを握りしめる――

「……エリス」

「はぁ……はぅ――来ます……おっきいの……とても」

「いけるか?」

「――はいっ……!」

「ありがとう……」

 シートに滑り込み、エリスは息も絶え絶えにそう力強く返事して、デイズは申し訳なさそうに首をすぼめた。

 そして眼前に広がる暗闇の海を見つめ、白銀のオオカミはナイフのように鋭く紅き瞳を細め、舌を覗かせる。

 ヒクリ……

 尖った耳がヒクつき、鼻筋に皺を浮かべて牙を剥きだし、口元を舐める。

 来る――

 ――デイズ・オークス……!

 地の底から響くような、憎悪のこもった唸り声。

 刹那、ダラエが存在していた空間座標から滲みだす様に、視界を埋めんばかりに大きな影がヌゥと首をもたげた。

 トンッと虚空を蹴り後ずさる〈アトラシア〉の頭上をよぎる巨大な箱舟。

 大凡惑星ダラエを優に超える大きさと質量をもった、漆黒の艦が頭上に迫り出し、威圧感に押し出されるように下がる獣の真紅の瞳に映る。

 トンッと鋭い爪がデッキに吸いつく――

「……それが本拠地か」

 フワリと白い鎧を撫でる透明な羽衣。

 何もない空間から滲みだすように姿を現す旗艦〈アストライア〉が、後退する〈アトラシア〉を受け止めた。

 刹那、頭上から降りしきる光の雨。

 視界を埋め尽くすほどの閃光の牙に、〈アストライア〉はひらりと纏う羽衣を深き黒天にきらびやかに靡かせる。

 そして羽衣の前に放射状に拡散していくレーザー。

 〈アトラシア〉を守るように、たおやかに舞う光の粒のカーテンを前に、レーザーは絶え間なく巨大な黒船から降り注ぐ。

 まるで無理やりにこじ開けようとせんばかりに――

 ――この〈トリアカ〉で相手をしよう……我らザール機関は貴様らを敵とみなした!

「デイズ……」

 憎悪に滲む声に、ザワリと粟立つ白い肌。

 シートに滑り込みながら、エリスは不安げに、モニターの向こうに映る大きな黒船を見上げた。

 震える手を覆うように蒼い液体が迫り出す――

 ――ニィと綻ぶ口元。

 ぎらつく紅い眼光。

 サイドレバーを握りしめる毛深い手に汗を浮かべ、全身の毛を荒々しく逆立てながらオオカミは背筋を震わせる。

 喜んでいる、笑っている。

 戦う事に全く躊躇なく、そして暗闇に目を閉ざす事なく――

「――デイズ、どうして」

「……ちっぽけなもんだろう」

 モニターの向こうにオオカミはスッと手を伸ばし、手の平を開いた。

 エリスは惚けた表情を滲ませながら、蒼い球体から手を離し、恐る恐る掌をモニターへと投げかける。

 降り注ぐ光が手に入る。

 すっぽりと黒い戦艦が手の平に吸い込まれる。

 その向こうに広がる宇宙すらも、夜明けのオオカミの手の中に吸い込まれているのが、潤んだ蒼い瞳に見える。

 全てが白き獣のかざした手の中に収まる――

「リンケージ……」

「どこまでも広がるさ。暗闇の中に意識を投げかけ、宇宙をその手に収める力だ」

「デイズ……」

「導こう。草原に立つお前がいずれ他の誰かを導けるように」

「うんっ……」

「火を繋ぎ、そして暗闇に火を投げよう。夜明けを導き、太陽をその手に掴む――アトラがくれた強き名の下に。

 さぁ、行こうか、アトラシアッ!}

 眠るミカを胸元に抑えると、グッとサイドレバーを握りしめる――

 ――クワッと見開く紅い瞳。

 身体に纏う透明な外套を剥ぐままに、巨人の身体から溢れださんばかりに光の粒子が吹き上がった。

 右腕から外れるガントレット。

 背中から迫り出したスラスターブレイドから吹き上がる光は尾を引き、白い装甲の隙間からも溢れて、全身を覆う。

 フワリ……

 光の羽衣が頬を撫で、ヒクリと尖った耳が動く。

 〈アトラシア〉は差しだされるままに愛おしげに頬を羽衣に擦りつけると、羽衣を差しだした腕に巻きつけた。

 そしてデッキを蹴りあげるままに、降り注ぐ光の雨へと突っ込んでいく――

 ――グルルルゥ……!

 光の雨を逆行する一筋の閃光。

 そして宇宙の形を歪める程の激しい衝撃。

 半透明の装甲を下から突き上げる拳に、星程の大きさもある巨大な船がグイッと上方に持ち上げられ、砲撃が止んだ。

 ――敵意が一斉にこちらに向く。

〈アトラシア〉は四方から迫る光の雨を前に、装甲にめり込ませた腕を引きぬき、鋭い爪で引き裂いた。

 そして装甲を蹴った反動で後ろに飛びながら、両腕を虚空にかざす――

「マキナ!」

〈うんっ。アレ使っちゃえっ〉

「重力砲二門展開……!」

 手の平の黒球が膨れ上がり、暗闇から迫り出す巨大な二枚板の大砲が巨人の両腕に装着され、砲身が上を向いた。

 左右に二枚板が開き、波打つ空間が渦を描き、後を追うように衝撃波が装甲を撫でる。

 底部から吹き上がるエネルギーにメキメキッと捲れあがっていく表面装甲。

 星程の大きさのある船が飲み込まれる程の空間歪曲に、ググッと船体が中央からへし折れ、少しずつ丸くしなっていく。

 ――殺してやる……!貴様は連合にとって、宇宙にとって不要!

 収縮していく射線。

 装甲が融解し剥がれ落ち、剥き出しになった内側から滲む殺意に、白き獣はニィと嬉しそうに口の端を歪める。

「人間らしくていいじゃないか。俺は好きだぜ……!」

 左手に装備した一門を放り投げると、〈アトラシア〉は虚空を蹴り上げ、閃光の膜を降り注ぐ船へと飛び込んだ。

 目尻を掠めるレーザーに僅かに融ける白き鎧。

 スラスターブレイドから光の粒が吹き上がり、速度を上げるままに体をよじり光の膜をかいくぐる。

 グッと砲台の装備した右腕を装甲の剥がれた底部へと突き刺す――

 ――天井を貫く柱。

 砲身が融けてつぶれるほどに迸る衝撃。

 八の字に曲がった砲塔から迸る膨大な重力砲の波動は上部を撃ち貫き、後から続く衝撃波が傷口を抉って広がり、空の彼方へと姿なき柱を作った。

 ボンッ

 コックピットの中で鈍く音を立て、爆発を始める砲塔。

 融解した接続部分から腕を引きぬくと、〈アトラシア〉は後ずさるままに、両腕を虚空にかざす。

「エリス行くぞ……!」

「はいっ」

 黒球が手の中で膨れ上がり暗闇から顔を出す、両腕を覆わんばかりのガントレット。

虚空を激しく叩く長い尻尾。

 光の尾を引き、〈アトラシア〉は飛び散る船の装甲板を蹴り上げると、剥き出しになった黒船へ飛び出した。

 突き出した拳に捩じれる空間。

 縦に長い戦艦は大きくくの字に曲がって上方に盛り上がり、〈アトラシア〉は更に拳を数回叩きこむ。

 鋭い爪と蹴りが二回入り、身体をよじるままに尻尾を叩きつけては、更にくの字に船が曲がる。

 惑星程の大きさの船が、フォートギアの前に崩れ落ちる――

 ――この……このぉおおお!

「いい声だ……!」

 ――船にめり込む鋭い拳。

 刹那、衝撃波に空間が大きく波打ち、〈トリアカ〉は上方へと大きく吹き飛ばされ、〈アトラシア〉は後方へと後ずさった。

 吹き飛ばされた星程の舟へと突き出すガントレット。

 背部のスラスターから吹き上がる光の翼。

 半透明の羽衣を纏いながら、ガントレットの装甲の隙間から蒼穹の光が粒となって吹き上がり、狼の獣の目尻をなぞっていく。

 紅く相貌を細め、開いた手のひらの向こうに、巨大な肉塊を捉える――

「エリス……!」

「夜明けを導く……魂に炎を灯し、夜の草原を力強く歩く……」

 ――これで終わりだぁあああああ!

 吹き上がる光を握りしめるように、白き獣は固めた拳に力を込める。

 ニィと口の端に牙を覗かせる――

「……皆一緒に……ずっとっ」

 くの字に曲がる戦艦の底から迫り出す、巨大な砲台。

 底部から迫り出した小型星間長距離砲の銃身がゆっくりと〈アトラシア〉の真横を捉えて、砲身に光が集まっていく。

 ――死ね……死んでしまえ!

 そして放たれる惑星砲。

 視界を覆い尽くす程の巨大な光の柱が〈夜明けのオオカミ〉を飲み込もうとする。

 オオカミは紅き瞳を細める――

「……いこうっ、デイズっ」

 光が尾を描き、飛び出す白き獣。

 闇を貫き大きなエネルギーの塊を真正面から受け止めると、飛び出した〈アトラシア〉の拳から衝撃波が無重力空間を皺寄せながら吹き上がった。

 花びらを咲かすように拡散する光の波動。

 波打つ衝撃は渦を描いて、惑星砲を一瞬で飲み込み、メキリと底部から迫り出した砲塔がへしゃげて押しつぶされた。

 そして巨大な拳の痕が星程の大きさの舟の底に浮かび上がる。

 更に船がくの字に曲がる――

 ――光の尾を引き、拳を突き出す白き獣。

 巨大なガントレットが分厚い装甲へとめり込み、飛び散る無数の金属片がゆっくりと〈アトラシア〉の紅い双眸を掠める。

 拳に強く『魂』を込め、開く手のひら。

 カシャリッ

 手の平の装甲が展開し、光の粒に包まれ黒い球体が手の平の中で歪に蠢く――

「眠れよ……!」

 刹那、ボコリと黒い球体が膨れ上がり、惑星ほどの大きさもある巨大な戦艦の約半分を刹那の内に飲み込んだ。

 ――な……なぜ……。

「……俺達の方が強いってだけだよ」

 オオカミの囁きに呼応するように、一瞬で収縮する黒い球体。

 船体の前半分が全て消失し、飛び散った金属片を漂わせながら、球面状に刳り貫かれた断面図が宇宙空間に晒される。

 ツゥ……

 滑らかに切り抜かれた断面図を爪でなぞりながら、ゆっくりと〈アトラシア〉が船内を覗きこむ。

 紅い双眸に、管制室の奥に浮かぶ小さな点を映す――

 ――どうして……どうして。

「あれが……大将……でしょうか」

「勝てば官軍。……言い訳はどうとでもなる。じじいの目的は一つ、を起こしたお前達を接収し、ザール機関を通して王家とバイパスを持つことだ。

 互いが互いにターゲットだったという事だ」

 そこには壁を刳り貫かれた管制室の中心に置かれた試験管。

 円形に聳え立つ六つの試験管の中には、形も大きさも違う12個の脳味噌が培養液の中に詰め込まれていた。

 ボコボコと気泡が不規則に立ち上り、震える脳味噌が白きオオカミの化身を見つめる。

 ――グルルルルゥ……!

 力一杯に虚空を叩く長い尻尾。

 唸り声を宇宙に響かせ、空間を波打たせ紅く双眸を細める白き獣の従者に、ビクリと12の黄色い肉片が痙攣する。

 ―――この力……この力がリンケージ……!

「ジジイはあんたらを求めている。あんたという隠れ蓑、そしてその先のミルドレシア王家との連絡ライン。

 そして、銀河連合全てを」

 ――まさか……王家を乗っ取る……!

「ばれないとは思わないさ。ばれる前にじじいが王家の相続争いに絡めたらそれでい。いざとなれば、俺達が王家も本星も含めて全部相手するさ。

 その為の俺達だ」

 ――バカな……リンケージ能力にはそこまでの報告はないぞ!

「手の平に入る程度の大きさだよ。宇宙なんてな」

 モニター越しにかざした大きな手の平に、広大な宇宙の深い暗闇を捉え、オオカミは不敵な笑みを滲ませた。

「……なぁ、エリス。そう思うだろ」

 その言葉に項垂れていたエリスは顔を上げると、星の瞬く海を見つめる。

 見開いた碧い瞳に、どこまでも広がる空を捉え、ゆっくりと手の平を頭上にかざす。

 宇宙が手の中にすっぽりと収まる――

「――はいっ」

「いい子だ……」

「えへへっ……うんっ」

 囁く優しい言葉に頬を赤らめると、エリスは気恥ずかしそうにはにかみながら再び蒼い球体に手を入れた。

 そして瞼を閉じると、熱っぽい吐息を洩らし、暗闇に意識を投げる。

 草原に立ちながら、大きな背中の白銀狼の大男の手をぎゅっと掴み、エリスは草原の風に目を細める、

 暗い地平線の向こうから明りが灯る。

 夜明けが近い――

「……行こうっデイズ」

「終わらせよう。……ザール機関、今から投降してもらっても構わんが……」

 ――デクス・ミルドレシア様……こいつらは……銀河全てを……。

「生憎、本星の連中は耳が遠くてな……断末魔を聞かせてやれそうにない」

 巨大な試験管に浮かぶ脳味噌を前に、白き〈アトラシア〉は後ろに下がり、手甲に覆われた拳をかざした。

 突き出した右腕の装甲から吹き上がる光の粒。

 ガントレットの表面に纏った羽衣が光を放って、〈アトラシア〉がぐっと力を込めた拳に絡んで白き尾を引く。

「〈アストライア〉女神の魂の輝きをと共に……」

 ――グルルルゥ……。

 唸り声を上げながら、口の端から洩れる白い息。

 力を込め固めた拳を口元に近づけると、〈アトラシア〉は魂を込めるようにそっと白い息を吐きかけた。

 そして拳を突き出した先に、巨大な戦艦を捉える――

「拳に炎を……心に夜明けを……誰よりも愛おしき、、あなたの為に……」

 背部スラスターブレイドから吹き上がる光の粒子。

 光に押し出されるように飛び出しては、閃光が尾を引き、〈アトラの白き神〉は羽衣を纏った腕を大きく振り上げる。

 拳を突き出した先に、試験管に納められた脳味噌を睨む――

「心を尽くして……」

 ――艦内にめり込む大きな拳。

 パリンと破裂する箱舟。

 刹那、手の先が触れた部分から、戦艦が〈アトラシア〉が纏う光の粒へと変換され、舞い散り始めた。

 さらさらと崩れ落ちていく巨大な箱舟。

 中にいた全ての人間も光の粒へと姿を変えて、宇宙の闇を明るく照らす。

 ――これは……。

 小さくなっていく憎悪。

 下ろした拳に口づけをすると、〈アトラシア〉は長い尻尾を翻し、光の砂へと返る戦艦を見下ろし後ずさった。

 そして両手を広げては、スゥと紅い双眸を細める――

「導こう。アトラが待っている」

 ――心が……光に……。

 胸元に開いた両手の中に、舞い散る光が渦を描いて集まっていく。

 そして全てが光になって、〈アトラの白き神〉の御許へと収められ、ゆっくりとその両手が閉じられる。

 淡い光が白きオオカミの中へと鎮められる――

「……ふぅ」

「――敵の気配がなくなりました……」

「トップが死ねば下は散り散りになる。後で掃討を行えばいい。物資と施設はジジイが接収してくれるさ」

 胸下で身体を丸めるまだ二歳の娘の頭を撫でながら、白きオオカミはは安堵に肩をすぼめた。

 そして後ろを振り返り、惚けるエリスの顔を見上げる。

「どうだ? 少しは慣れたか?」

「――まだ胸がドキドキします……」

 エリスはそう呟きながら、そっと自分の胸元に手を添えると、まだ少し荒い吐息を濡れた唇から零す。

 オオカミは満足げに頷くと、ミカの頭を優しくあやしながら、再びレバーを握りしめた。

「いずれ慣れる」

「――慣れたく……ありません」

「ん?」

「緊張じゃ……ないですから……」

 息を吸い込み、胸が膨らむのを感じる。

 クリアになる視界の中に、オオカミの大きな背中が映り、エリスは頬を染め嬉しそうに目を細めた。

「あなたの事を、よく感じられるから……まだもう少しこのままでいたいです」

「――同じ事を言う……」

「え……?」

「帰ろう……皆が待っている」

 虚空を蹴り上げる鋭い爪。

 フワリと身を翻すままに、白き鎧の〈アトラシア〉は光の尾を引いて宇宙の闇から飛び出した。

「……デイズ。一つ聞いていいですか?」

「なんだ?」

「三人の内、誰が相性良かったですか?」

「それはな――」

 白い尾が闇に輝く、羽衣たおやかな白き箱舟へと消えていく――






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