表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明けのオオカミ―The Days of Atlazia―  作者: ef-horizon
三章:アトラの白き獣
25/35

19話目


「……殺せ。殺せ」

 レーザー発射音が響く中、感情のこもらない声が聞こえてくる。

 ピンッと宙を舞う空薬莢。

 船の廊下の影で身を縮こまらせる整備班の人間四名は、銃撃から身を隠しながら、実銃の突撃小銃を両腕に抱えて銃口だけを射線に突き出す。

 ダダダッと小気味よくバレルが上下にぶれ、飛び出す薬莢。

 レーザーが目尻を掠め、整備員はスッと顔を隠すと、腰につるしたEMPグレネードを壁にぶつけるように投げた。

 膨れ上がる爆発。

 壁の装甲が剥がれ、白い爆風が廊下を流れる中、角に身をひそめていた四名の整備員は互いに目を合わせて頷いた。

 そして、無言のまま散り散りになる形で廊下の奥へと下がっていく。

「……敵兵後退していきます」

 同じく廊下の曲がり角で隠れていた黒服の敵はムクリを身体を起こし、レーザーエミッター片手に身体を低くし、進軍しようとした。

 そして六名の小隊が整備員を追いかけようとする――

「ああ、そっちはダメよ」

 ――メキリッと響く金属のへし折れる音。

 ポトリと最後尾の敵兵の頭が取れ、残りの五人は表情一つ変えず後ろを振り返り、レーザーガンを突き出そうとした。

 ズムリと胸から突き出る何か。

 ぽっかりと最前にいた二人の胸倉が背中から刳り貫かれ、貫かれた断面から金属片が音もなく飛び散った。

 バチリッ

 周囲の身体から迸る放電現象。

 胸元に突き刺した左右の腕をそれぞれ引き抜くと、うっすらと人影が身を翻すままに視界の中へと消える。

 前のめりに倒れる骸を横目に、残った三体の兵士が銃把を握って、揺らぐ景色へと銃口を向ける。

 矢継ぎ早に放たれたレーザーが頬を掠める――

「ナノマちゃん操作……」

 ――起き上がる三つの骸。

 三つの身体を引き裂く光の刃。

 首が取れた男は後ろから一人の身体を真っ二つにナイフで引き裂くと、胸を刳り貫かれた二人がレーザーへと四人を貫いた。

 どさりと崩れ落ちる四つの肉塊。

 そのまま残った二人は銃口を口腔に加えるとトリガーをためらいなく引き絞る――

「ライアス」

 バチリと迸る放電現象。

 ステルスフィールドが解け、ピッチリとした黒のスーツを身に付け、エミリアが透明な外套から姿を現した。

 スッと振り下ろす、機械が取り付けられた両腕。

 両手に鋭いナイフがそれぞれ一本。肩と耳でPDAを挟みながらエミリアは足元の六つの骸を踏みつぶす。

『残り二十三名。来場客数の増え方が減りましたね』

「なら後三分程でブリッジを外して艦対戦に移行させる気だわ」

『僕入ります』

「カバーするわ」

『了解――エディオールさん、代わって』

 タタタッと駆けていく足音が遠のいていき、エミリアは足早に廊下を歩きながらも息をひそめる。

「今撤退させながらクル―と敵をハンガーに集めてる。皆を指示して、挟撃がないようにこっちで逐一始末するから」

『良い指示ですね』

「昨日の隊長のコピペよ……全部敵の戦法知った上での作戦だからね」

 そう言ってエミリアは腰にPDAをねじ込もうとする――

「敵はステルスタイプ……エメトリオ反射を使え、ステルスをはがせ……」

 ――更に近くで聞こえてくる重たい足音。

 こちらを視認する影が五つ。

 十字路の向こうからの声にエミリアはスゥと息を吸い込むと、トンッと足を踏み入れ身体を低くした。

 ジワリと空気に滲む黒いスーツ。

 栗色の髪を靡かせ溶け込むように消えていくエミリアに、敵は腰に携えていた円盤型の機械を床に投げ後ずさった。

 機械は床に転がると、すぐさま緑色の光を周囲にまきちらす――

「いつまでも目の前にいるわけないでしょ」

 ――ヒュンッと虚空を撫でる刃。

 ポトリ……

 零れおちる二つの首と四つの腕。

 後ずさる敵の渦中に降り立つと、エミリアは首を倒れていく肉塊を背に長い足の先で床を撫でるように払った。

 足を払われ、スルリと残った二つの身体が前のめりに倒れていく――

 ――スゥと肉に食い込み吸い込まれる二本のナイフ。

 胸から血飛沫がアーチを描き、黒いスーツが赤く染まる中、エミリアは倒れる二人の額にトンと手を添えた。

「死んでしまえ……」

 渦を描く衝撃に頭蓋が破裂し、鼻から上が見事にはじけ飛んで真っ赤な血が廊下を真紅に汚した。

 そして刹那のうちに、骸の胸元へと伸びる両腕。

 突き刺さったナイフを引きぬくままに、鋭く刃で虚空を撫でるとエミリアは床を蹴って走り出した。

(皆呼吸が落ち着いてる……大丈夫誰も死んでない)

 ボトボト……。

 最後にバラバラに切り崩れた四体の敵兵の細切れの肉片を横目にナイフを腰のホルダーに納め、エミリアはグッと血を拭う。

(焦る呼吸音が微かに聞こえる――はぐれた連中だ……)

 敵の気配を追いかけ、息を殺し暗殺者のように――








 ハンガー内。

 数機のフォートギアが壁に埋め込まれた細長い空間。上部にはいくつも通路が端になって立体状に交差している。

 その通路の手すり、エディオールは寝そべったままスコープ越しに舌を見下ろしていた。

 下には整備員たち。

 フォートギアや整備用機械をカバーにして実銃を、入り口からやってくる黒服の男たちに撃っているのが見える。

 ニッコリとエディオールは満足げにうなずく――

「お、エディオール少佐ではないですか」

 足音が重たい銃撃音にかき消される。

 スッとスコープから身体を離すと、エディオールは隣に腰を下ろす白衣姿の男に目を見開き嬉しそうに顔を綻ばせた。

「おや、医療班のラオさんですね。お久しぶりです」

「ええ。景気はどうですか?」

 マスク越しに少し口ごもった声が聞こえてきて、エディオールは再びスコープを目元に押し付けた。

 ガチャンと後ろに下がり、チャンバーが次弾をゆっくりと装填する。

 象の鼻より大きなマズルブレーキから立ち上る硝煙に、エディオールは小さく首を振った。

「いえいえ。最近はエミリアさんは同じく事務仕事が中心でして、中々訓練もままならない日々でしたよ」

 ドゴォンッと重たい葉っぱ音が響く。

 それと時を同じく、眼下の黒服の男の頭が花火のように景気よくパシャッと飛び散り、胴体はクルクルと花びらのように宙を舞う。

 ピンッと排出口から親指ほどの空薬莢が飛び出し手元に転がる――

「いやいや、相も変わらず良い腕してらっしゃる」

 ガタンとバレルから迫り出す二脚

 小さく首を振りながら白衣の男はエディオールの隣に座り、竿状の武器を並べるように構え、スコープキャップを開いた。

 そしてエディオールと同じようにスコープを覗く――

「ありがとうございます。私としてもぜひとも自分の腕を、部下と同僚に伝えていきたい所なのですがね」

 バシャッと飛び散る血肉が紅く床を濡らし、二つの肉塊がクルクルとプロペラのように吹き飛んで床にたたきつけられ、紅く花が咲く。

「ライアス君はどうですか?」

「まぁ……その内身についてくれるとは思っています。足と手くせだけは一人前なので」

「はははっ、厳しい限りですな」

「ああ。そうだ、これ、私からの餞別です」

 とエディオールは顔を上げると、手元に並べていた予備弾倉を手に取ると、そっと隣に寝そべる男に差し出した。

「こりゃなんとも……ありがとうございます」と言って頭を下げて弾薬を受け取ると男は再びスコープを覗いた。

 そして杭を打たれるが如く骸が次々と壁と床に張り付き、頭数の減っていく敵の姿に、白衣姿の男はニィと口の端をマスク越しに歪める。

「しかし、私も久しぶりですな。芋虫でマンハントなんぞ、十年ぶりですぞ」

「私はあまりやりませんねぇ……やはり隊長の部下なので、暗殺がメインですから」

「何をおっしゃるか。手先をこねくり回すだけが暗殺ではありませんぞ。やはり遠距離から頭を潰す。これもまた暗殺といえましょう」

「ええ。隊長もソレは大いに認めてくれていますよ。嬉しい限りです」

 飛び出る空薬莢。

 その度に頭のはぎ落ちた骸が盛大にバウンドして床に突っ伏す様子を見つめながら、ニィといやらしい目で白衣の男はスコープから顔を離した。

「そう言えば、おたくの隊長、ここらへんはどうです?」

「お、かなり込み入った事をお聞きになられますね」

「むふふっ。これでも医者ですからね」

「――まぁ、これは愚痴ですが、昨日もかなり辛いとおっしゃっていましたね」

「〈アトラの白きインディア〉……牙獣の血を持つ一族は異様な性欲を持っていると聞きます。毎日悶々としてらっしゃる事でしょうねぇ……。

 医務室のベッドはいつでもオープンなのですがね」

「怪我する人いませんからねここ……」

 そう言ってエディオールは苦笑いを浮かべ再びスコープの中を覗きこもうとする。

 ――吹き飛ぶ無数の人の群れ。

 肉片すら残さず、敵の姿が一瞬にして吹き飛び、文字通り消し炭になって跡かたもなく消えた。

 残るは床にうっすらと映る黒い影のみ。

 そして、フォートギアの後ろに隠れていた整備員と、ぽつんと床にへたりこむ華奢な後ろ姿。

 グスリと何度も目じりを拭いながら、ピンク色の服がうっすらと濡れる――

「ミカちゃん……」

 スコープで声を追うと、そこには苦しげに胸を押さえ息を切らし立ち尽くす白いドレス姿の少女の姿。

 トンと歩み寄る足音に、黒髪の少女はびくりと小さな肩を震わせ慌てて立ち上がる。

 顔をくしゃくしゃにして何度も首を振る――

「来ちゃダメ……やっぱり……私……」

「デイズの所に帰ろう。四人一緒だってデイズが言ってた……」

「帰りたい……お父さんの所にいたい、ずっと傍にいたい」

「ミカちゃん……」

「でも、帰っちゃだめなの……絶対……ダメ……」

 黒髪の少女の姿が霧の如く、掻き消える。

 それに連れられ、追いかけるように飛び出す少女の姿は、一瞬後にはスコープの向こうに跡かたもなく消えていく。

 スッとポケットから取り出すPDA。

 対物仕様のライフルを肩に担ぎ立ちあがると、エディオールは通信越しにライアスに話しかける。

「ライアス君。敵の数が減りました。敵は艦砲を撃ってくると予想できます」

『今向こうのシステムにアクセスしています――できました、短距離トランスポーターをそっちに連結します』

「エミリアさんを転送してください。私は雑魚の掃除をします」

『了解。データを全部そっちに引っこ抜きます、一分ください』

「十秒で片付けなさい。そっちの艦長には手を出さないように」

『理由を』

「うちの艦長がたいそう首を欲しがっていますから……」

『……。了解』

 そう告げたライアスの言葉を遮るように、通信を切ると、エディオールは巨大なライフルを肩に踵を返した。

「残業ですか?」

「今月のお給料が跳ねあがりそうですよ。……ではお先に失礼しますね」

 スッと胸ポケットにしまっていた大ぶりのナイフを手に持つと、エディオールは苦笑いを滲ませ手を振った。

「――さて、隊長はそろそろですかね」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ