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夜明けのオオカミ―The Days of Atlazia―  作者: ef-horizon
三章:アトラの白き獣
23/35

17話目





 光がまぶしい、風の通る道でした。

 どこまでも伸びる道路の脇を、砂浜と海岸線が一緒に走っているようにどこまでも伸びていました。

 海鳥が一杯空を横切っていて、海のさざ波からイルカという生き物が顔を出しています。

 その上を小型の飛行艇が風に乗って横切っていく。

 鳥が羽を広げたくなるくらい、強く気持ちい潮風。

 そして遠くまで広がる人工の青空。

 海の反対側には山と、その周りを軍の施設と民家が混在するように並んでいて、私は長い髪を押さえるように周りを見渡しました。

 山は青々としていて、軍の施設の周りにも熱帯の木々がたくさんありました。

 漂ってくる木々の匂い。

 目に映るのは蒼空と山の景色。

 オープンカーには色んな匂いと景色が直接目に入ってきて 私は渇いた目を軽くこすりながら周りを見渡しました。

 いろんなものが、私にとっては初めてでした。

「ねぇねぇエリスッ」

 嬉しそうな声が聞こえて後ろを振り返ると、隣ではマキナちゃんが空に向かって風に両腕を広げていました。

 何かを集めるように目をせわしなく動かして手をわたわたとしています――

「捕まえたっ」

 そう言って両手をぎゅっと閉じて胸元に納めるのを見て、私は目を輝かせました。

 マキナちゃんはゆっくりと手を開きます――

 ――パタパタと動いてる翼。

 両手のなかには、透明な鱗を帯び風を全身に纏う小さなドラゴンがいました。

 それはマキナちゃんの『空』のイメージでした。

 首を伸ばしてキュゥと鳴く姿は可愛くて、私も少し興奮して目一杯に両手を空に伸ばしました。

 意識を空に、風に、世界に広げて息を吸い込む――

「あっ……」

 ――見えたのは、風荒ぶ夜明けの暗い草原に立つ狼の後ろ姿。

 慌てて両手をぐっと閉じて胸元に納めると、私はマキナちゃんに見られながら恐る恐る手の平を開いて中を覗きました。

 そこには『風』が居ました。

 小さな手のひらに収まるくらいの大きさ。

 でもそれは雄々しく大風にたてがみを靡かせる、銀色の狼が私の手の中にいました。

「……エリスぅ」

 頭にドラゴンを乗せ、ニヤニヤとマキナちゃんが薄ら笑いを見せます。

 私は恥ずかしくて顔を真っ赤にすると、肩によじ登る狼さんを傍目に、目一杯首を横に振りました。

「そ、そういうわけじゃ――み、ミカちゃんは?」

「――ん……」

 前の助手席に座っていたミカちゃんが背もたれから顔を出して、私に両手を差し出してくれます。

 相変わらずちょっと無表情の垂れ目の可愛い女の子です。お父さん似で私はちょっとうらやましいと思います。

 それで、その両手には『海』がありました。

 翼を生やした蛇の様なドラゴンは、全身が半透明で蒼い水に満ちていました。

 紅い目はきょろきょろしていて、キュゥキュゥ泣いてて可愛いです。

「可愛い……」

「リバイアサン……」

「?」

「――おじいちゃんの『良い子の本』で見たことがある……」

 と、運転席で運転をしていたデイズが顔を出して、体温が一気に上がって私は少し目線を落とした。

「それ、俺がじじいにあげた奴だな」

「知ってる……お父さんの匂いがしてた……毎日読んだ……」

 ――私も読んだことがありました。

 そう言いたかったけど言えなくて、私は気を紛らわせるように、プニッと両手にちょこんと乗った水色のヘビさんをつついて見た。

 カプカプってヘビさんは私の指を甘噛みします。

 痛いけど、優しくて、私は嬉しくなって指でこの子の頭を何度か撫でてみました。

 嬉しそうに、その子は頭を少し下げます。

 ――頭撫でられるのって、嬉しいんだ……。

 なんだか自分の姿を重ねているようで、私は照れくさくなって顔を上げて火照ったほっぺたを風に当てました。

「デイズっ、今からどこに行くんですかっ?」

「メシ」

 マキナちゃんはパタパタと竜を肩に乗せながら、不思議そうに首をかしげます。

「どこに行くのぉ?」

「もうすぐだ。それが終わったら適当に土産屋にでも寄ろうか」

「――三時間……短い」

 前の座席に戻りながら恨めしげにミカちゃんがそう呟くのが聞こえました。

 ――私も少し、あの人が恨めしいと思いました。

 もっと遊んでいたい。

 あの人の傍にいたいと思って、私はコクコクと小さく首を縦に振りました。

 肩に乗せた小さな狼さんが私のむくれた頬ずりをしてくれて、顔の火照りが少し収まりました。

 ――短いからこそ、ちゃんと時間を大切にしないとっ。

 そう、言われた気がしました。

 風の翼の音色はいつもでも私の耳元を駆けていきます。







「エリスッ、これ可愛いよっ」

「そ、そんなフリフリ似合わないよぉ!」

 アパレル点内で真っ白なドレスを広げるマキナに、エリスは顔を真っ赤にして目一杯首を振った。

 女性専門のアパレル洋品店。

 トリトン衛星街の中心地区の商店街で、デイズは入り口前で難しい表情を浮かべていた。

 周りは女性物衣服、下着ばかり。

 店内を歩くスタッフ、客も女性が中心で、居心地の悪さにデイズは胸元に引っかけていたサングラスをつける。

 そして入り口前のガラス張りの壁にもたれかかり、店内を見渡す――

「あははっ、すごく似合ってるよぉ」

「む、無理やり着せたぁ!」

「――エリス……下着も白で統一する……」

「み、ミカちゃんまでぇ……?」

 甲高い声が店内中を走り、ハンガーとハンガーの間を小さな人影が翔けていく。

 そして三人の通った跡から少し埃が舞い上がる。

 少し迷惑そうにする客を尻目に、デイズは深いため息を零すと、項垂れるままにポケットからPDAを取り出した。

 画面を覗きこめば、そこには〈アストライア〉の船内図が出ていた。

 船内図に三つの点が浮かんでいて、それぞれ格納庫、ハンガー、そして管制室にいるのが見える。

「……」

「デイズぅ……」

 ひらひらと舞うレース。

 か細い声が聞こえてきて、デイズはPDAを胸ポケットに納め、足元に駆け寄るエリスに首を傾げた。

 そして、躊躇いがちに笑みが口元から零れる――

「――ははっ、可愛いよエリス」

「うう……ホントですか……?」

 頭に白いカチューシャを付け、ひらひらのピンクと白のドレスを身に纏いながら、エリスは顔を紅く染め後ずさった。

「でも……こういうの着た事無いですから」

 と、後ろから顔を出すマキナは、ミカと共にエリスの背中を押すと、肩越しにデイズを見上げた。

「どうおじさん、ここエリスにすっごく似合う服があったんだよっ」

「……私の服も……見て」

 そう言って自身の服に被せるように見せる紫を基調としたスカートと上着に、デイズは少し苦い表情をミカに浮かべた。

「……。紫は止めておけ、ミカ」

「どうして……?」

「アリシアの趣味だ」

「――エリスと同じにする……」

「黒を混ぜるとゴシック感が出るぞ。決まったら俺に見せてくれ」

「うんっ……!」

 クルリと翻す結った黒髪。

 表情が明るくなり、ミカは力一杯頷くと、紫の服を胸に抱えたまま踵を返して小走りに再び店内へと潜っていった。

 マキナもそれに合わせて「あ、私も行くっ。ミカ待ってっ」と言って衣服の山へと沈んでいく。

 残されたのは、顔を真っ赤にして項垂れるエリス。

 少し肌蹴た胸元を押さえながら、湯気の出る氷のように立ち尽くす少女に、デイズは困った様な笑みを滲ませた。

「まったく……着替えるか?」

「えと……その……」

 口ごもる小さな唇。

 エリスは上目遣いに首を傾げるデイズの顔を覗きこみ、恥ずかしそうに声をしぼめた。

「えと……似合い、ますか……」

 潤んだ眼を泳がせ零れるか細い声に、デイズはキョトンと目を見開くと、ややあって肩を震わせ笑い声を滲ませた。

「ふふっ……ああ、良く似合う」

「……ホント?」

「白は琥珀と蒼を映えさせる――少なくとも、俺は好きだぞ」

「……えへへっ」

 はにかんだ笑みで、少し嬉しそうに肩を躍らせるエリス。

 デイズは満足げにうなずくと、ポケットからPDAを取り出すままに、手を上げて店内奥の店員を呼んだ。

「おいっ。ちょっと来てくれ」

「え?」

 キョトンとするエリスを傍目に、呼びつけた店員にデイズはPDAを投げつける。

「先に会計を済ませたい。えっとそのドレスとカチューシャと……他は?」

「あ……えと……下の方の下着ですっ」

「だそうだ。適当に落としておいてくれ」

 店員は「少々お待ちを」と言ってPDAを受け取ると、制服から取り出した読み取り機とデバイスを擦り合わせる。

 グッと細い二の腕を掴むごつごつとした手。

 惚けるエリスを引っ張り、デイズは店の入り口を開くと、不思議そうに首を傾げる店員に告げた。

「会計が終わったら、あそこで暴れてる二人にソレ渡してくれ」

「はい、わかりました。」

「じゃ外で待とうかエリス」

「ありがとうございました」頭を下げる店員を尻目にデイズは店を出ると、通りの真ん中に置かれたベンチへと足を運んだ。

 エリスは周囲を歩く人たち顔を赤くしながら、戸惑いがちにデイズの背中を見上げる。

「あ、あの……私……」

「せっかく買ったんだ。光に当てないとダメだろ」

「あぅ……」

「立ってるだけでも辛いしな、座れよ」

 言われるままに引っ張られ、エリスはストンとベンチに座り、肩身も狭そうに身を縮こまらせた。

 そして隣に座るデイズを見上げては、少しはだけた胸を手で押さえながら俯く――

「あの……ありがとう……ございます」

「おっさんはセンスがないんで、服を選んでやることはできんかったがな」

「で、でも、私は嬉しかったです。一緒に服を選んでくれて」

 疲れたのかため息交じりに黄昏る中年男に、エリスはハッと慌てて表情を変えるとデイズの言葉をかぶせるようにフォローした。

「そ、それに……私自分で服を選ぶなんて初めてですし、とても楽しかったです」

「そうか?」

「はい。……おじいちゃんの所に住んでた時は、余り外出はできなくて」

「――だろうな……」

 三人の能力を思い返しながら、デイズはコクコクと頬杖を膝の上につきながら、ガラス越しに店内を回るミカとマキナを見つめる。

「……少し聞いていいか」

 ――ふと頭をよぎる疑問符。

 頬杖を下ろし、丸めていた背中を反らすと、デイズはキョトンとして小首をひねるエリスに尋ねた。

「なんでしょうか……?」

「大したことじゃない。ザール機関にいる前は、二人は何をしていたのかと思ってな」

「あ、その事、まだ話していませんでしたね……」

「言いたくない事かとも考えてな、あまり聞く気も起きんかった」

「あはは……そういうわけじゃないんですが」

 少し苦い笑いを滲ませながら、エリスは小さく噛みを靡かせ首を横に振ると、差し込む日差しを見上げた。

 人工の光は紅く目を閉じるままに、少女は風の音に耳を澄ませる。

 そして記憶の闇へと手を伸ばす――

「あまり……良く覚えていないんです。機関員の方から聞いた話だと、五年前にザール機関に移送されたらしくて」

「三年か……」

「はい。……その前は本星に住んでいたと思います」

「ミルドレシア本星か。察するに家柄としては上級階級なんだな」

「かも、しれません。……私はあまり良く知らないで、マキナちゃんと一緒に機関に売られましたから」

「売られた……マキナと?」

 戸惑う声に目を開くと、エリスは照れくさそうに笑うと惚けたように目を見開くデイズを見上げた。

「双子なんです……一応」

「――厳しい家庭事情だったんだな」

「わかりません。向こうの父の顔も母の姿も、もう私の記憶には残っていないので」

「……辛かったか?」

 そっと撫でるごつごつとした手にびくりと跳ねる背中。

 白く透き通った肌がほんのりと熱を帯び、エリスは頬を染めると、強張った表情で緊張気味にコクリと頷いた。

 跳ねあがる胸を手で押さえ、熱っぽい息を零す――

「えと……寂しくは、ありませんでした。色々実験をしましたが、マキナちゃんも傍にいましたし。

 何より、あなたが……デイズがいましたから」

「……?」

「多分、デイズは気づいていないと思います。……でも、私はずっとあなたの事を、感じていました……」

 驚きに見開く紅い瞳。

 少し俯きがちに躊躇いがちに話す少女を見下ろしながら、デイズは頬杖をつき感嘆にため息を漏らした。

「見事だ……まだ知らない俺をイメージできたのか」

「五年前の大戦の事……見聞きした程度ですが知っていました。その時からあなたがどういう人なのか、なんとなくわかっていました。

 とても強くて、優しくて、何にも物おじしない大きな背中を持っていて」

「――照れるな……」

「それで――私をずっと見つめていてくれて、傍にいてくれて……道を示してくれて」

「……」

「デイズは……私が感じていた人そのものでした」

 少し強張る幼い顔。

 エリスは顔を上げると、緊張気味に惚けるデイズの手を握りしめた。

「……私は、あなたに会うためにザール機関でも、おじいちゃんの所でも頑張ってきましたっ。

 私は……デイズと一緒にいたいです……」

「……イメージと、かなりかけ離れているかも知れんがな」

「ううん。まったく一緒です」

「……リンケージか」

「はいっ」

 はにかんだ笑みを浮かべエリスは力一杯に頷いた。

 ふしくれた甲に添えられる手は、自分のソレの半分にも満たず、それでいて熱を帯びてデイズの肌に伝わる。

 その掌は焼けるくらいに熱く、デイズは躊躇いがちに笑みを滲ませ小さく頭を下げた。

「努力しよう。……いつ死ぬかわからん職業だから、なんとも言えんがな」

「うんっ」

「――親、か……久しく忘れていた言葉だ」

「デイズのお母さん、お父さんはどんな方ですか?」

 エリスはそっとデイズから手を離すと、再びアパレル店へと目を向ける彼の横顔を覗きこんだ。

 スゥと紅い目が細まり、ニィと口元が歪む――

「死んだよ。……なんか同じことを言っている気がするがな」

「あ……」

「――21年前に、連合が星一つ消滅させた事があってな。アトラという星に住んでいた少数民族が俺達だった。

 〈アトラの白きインディア〉っていう種でな、数人の子供を残して滅ぼされた」

「……」

「そして俺は他の子供が本星に贈られる中、一人の男に拾われた」

「……おじいちゃんですか」

「ああ。悪名高き男、星一つを独断で消滅させた事で左遷までされたバカだよ……」

「――それって……」

「別に伊達に死んでほしいなんぞ、ほざいているわけじゃないのさ」

 ため息が零れる。

 デイズは頬杖をつき、頭の中にこびりつく、老人の顔を思い出し、うんざりとした表情で呻く。

「あの男が故郷を滅ぼした――まぁ、もう故郷の記憶も薄れてしまったがな」

「デイズ……」

「親父に故郷を滅ぼされ、娘には嫁を殺され――親子共々立派な疫病神だ。あの家には出来る限り近づきたくないな……」

 そう言いながらデイズはグッと背筋を伸ばし太陽に向かって背伸びをすると、欠伸を噛み殺した。

 涙が目元を伝い、デイズは欠伸を滲ませ目尻を拭うと苦笑いをエリスに浮かべた。

「すまんな、愚痴を垂れた――まぁ、俺はもう基本的に家族はいないって話だ」

「……」

 ハラハラと頬を伝う大粒の涙。

 顔をくしゃくしゃにしながら、エリスは何度も目じりを拭うと、声を殺して泣きじゃくった。

 少し丸めた背筋が痙攣し、デイズは戸惑いつつもエリスの背中を抱き寄せるように摩ると、咽ぶ彼女の顔を覗きこむ。

「どうしたエリス……」

「だって……デイズが……デイズが……」

「――泣いてくれてるのか」

「わかんない……わかんないです……でも……止まらない……」

「……。ありがとうエリス」

 申し訳ない気持ちと嬉しさが同時に胸をよぎり、デイズは少し複雑な表情で胸元にしがみつくエリスをなだめるように髪を撫でた。

 そして差し込む日差しを見上げては、紅く滲んだ眼を閉じる。

 ため息を空に投げかける――

「……終わったことだ。遠い昔の話さ」

「デイズ……デイズ」

「だから、ジジイは俺に対して罪を感じるべきじゃないのにな……まったく」

 独り言を並べ戸惑いがちに銀の髪を掻き上げると、デイズは俯くエリスに戸惑いがちに笑みを浮かべ、立ちあがった。

「さ、あいつらを迎えに――」

 そう言って、デイズがブティック店へと目を向けようとした時だった。

 ――ジトリと睨みつける鋭い視線。

 激しく感じるデジャブ。

 在りし日のアリシアからも感じたねちっこい視線に、デイズは溢れだす冷や汗に顔をしかめながら後ずさった。

 そしてガラス張りの壁に張り付くミカに顔を引きつらせる――

「……ったく、怖い目をしやがる」

「……デイズ?」

 すすり泣きがようやく止まり、エリスは鼻をすすりながら立ち上がると、不思議そうに首を傾げた。

 クルリと翻す結った黒髪。

 トコトコと踵を返すと、ピンク色の新しい服を着込んだミカは俯いたまま、アパレル店の奥へと入っていく。

 小さな背中が丸まりながら奥に消える――

「……同じを背中をしやがる」

 デイズは気まずそう肩をすぼめると、惚けるエリスに手を伸ばし引っ張り上げると、急ぎ足で再び店内に足を踏み入れた。

 そして鬱蒼とした服の間を縫いながら、ミカの背中を探す――

「おじさんどうしたの?」

 目を血眼にして探していたデイズはハッとなって後ろを振り返ると、どっさりと服を大量に籠に詰めるマキナがいた。

 がっくりと落ちる肩。

 キョトンとするマキナに、デイズは顔を引きつらせながら、詰め寄ると足元の籠を持ち上げた。

「……こんなに買いません」

「ぶぅ……一着だけ?」

「二着まで――ミカを見かけなかったか?」

「試着室に入ったよ」

「……」

 ――刹那、ゾクリと背筋に寒気が走る。

「……二人ともついてこい」そう言ってデイズはスゥと目を細めるままに、籠を店員に押し付け試着室の方へと足を速めた。

 そして鍵の絞められた試着室に手を伸ばす――

 ――壁にめり込む腕。

 飛び散る無数の木片。

 戸惑う店員をよそに、鍵ごと試着室の扉を突き破ると、デイズは腕を引きぬきざまにドアを開き中を覗きこんだ。

 そしてスゥと目を細める――

「……逃げやがった」

 ――誰もいない。

 亀裂の走る姿見、ひび割れた壁。

 それでも微かにミカの体臭が鼻をつき、微かに空間が歪められたような跡が各所に浮かんでいる。

 デイズはひきつった笑みを滲ませると惚ける二人を横目に、傍にいた店員から自身のPDAをもぎ取ると踵を返した。

「大体見当がつくがな……」

「ミカ、どうしてどっか行っちゃったの……?」

 若干の焦りを滲ませるマキナを横目にデイズは、PDAの画面をせわしなく動かしながら店のドアを開いた。

「行くぞっ」

「お、おじさん……ミカどうしてっ?」

「……アリシアと同じさ」

「ふぇ……?」

「まったく……そろそろ時間だというのに」

 キョトンとするマキナを横目に、デイズはポケットにPDAを突っ込み二人と共に通りへと出た。

 そして車へと戻ろうとする――

 ――背中を突き刺す悪意。

 周囲を取り囲む人の気配。

 デイズはうんざりしたような表情を浮かべると、立ち止まるままにエリスとマキナを腕に抱え込んだ。

「……通行止めか?随分とでかい面してんな」

 周囲を取り囲む人影は、皆白いスーツを着込み、顔を隠す様にサングラスをつけてデイズを睨みつける。

 そしてその腕に隠れる二人を見つめては、ニィと笑う――

「……リンケージチルドレン」

「――ザール機関か」

「男は殺す……」

 ――人ごみの中から飛び出す人影一つ。

「耳塞げ」

 囁く声に二人はハッと互いを見比べ慌てて耳を塞ぎ、デイズは腰に差し込んでいた実銃を突きつけた。

 ――獅子鼻から立ち上る硝煙。

 反動に銃口が空を向き、頭が破裂して吹き飛ぶ胴体。

 ストリートの端に広がる花壇に埋もれる骸を横目に、デイズは撃鉄を持ち上げながらニィと口の端を歪める。

「高いんだぜ、アモ一箱で俺の給料が飛ぶんだからな」

「デイズ……どうすれば……」

 銃声に逃げ惑うマーケット街の人たち。

 散り散りになって九人ごみをよそに、耳を塞ぎながらエリスは不安げに、立ち尽くす男の顔を見上げる。

 ――スゥと細める双眸。

 カチリ……

 外れる首元の輪っか。

 デイズはスッと首輪をエリスに渡しマキナにPDAを渡すと、二人の背中に軽く手を添えると塞いだ耳元に口を寄せた。

 二人は耳を開いて、囁く声み意識を傾ける――

「……マキナ、船まで飛べるな」

「う、うん……それくらいなら余裕だけど」

「〈アストライア〉を守ってくれ。……エリスはミカを探してくれ」

「……でもどこに」

「水の竜は水の中から生まれた――水面から這い出す魂の煌めきよ」

 言葉の羅列を風に乗せながら、デイズはゆっくりと上体を起こし、じりじりと這い寄る悪意に目を細めた。

 ――鋭く細めた紅い瞳に敵を映す。

 グッと拳を固め、息を吐き出す――

「子どもを捕らえよ。……二度と我らから離れんように四肢を裂け」

「舐めた口を利く」

「男は殺せ……無価値だ」

 ブワッと膨れ上がり、津波のように悪意がこちらを飲み込もうとする。

 ソレと共に、周囲を取り囲んでいた人影が一斉に、銃をかざす褐色肌の中年男の下へと飛び出そうとする。

 紅くぎらついた双眸を視界に捉える――

 ――吐き出す熱っぽい吐息。

 ニィと綻ぶ口元。

 カラン……。

 足元を転がっていくゴミの音。

 既にマーケットに客の姿はなく、聞こえてくるのは風のささめきとどこまでも広がる静けさ。

 惚けるエリスとマキナを横目に、デイズはリボルバーを突きつけたまま、周りで立ち尽くす黒スーツ姿の男たちを見渡した。

「足が重たいだろ……」

 そこには足が地面に貼りついたかのように動かない周囲の敵の姿。

 それでも悪意は留まるところを知らず、どんどんと膨れ上がり、エリスは戸惑いながら動こうとしない人影に目を丸くした。

「……どういう事なのマキナちゃん?」

「……。もしかして」

 ――ニィとデイズは笑う。

「五年前の大戦で力を使い果たしたとでも思ったのか? そんな消費するものじゃないくらい、研究で分かってそうなものだがな」

「――リンケージ能力は、お前の中から消えた、本星からの報告書にはそう書いていた」

「ははっ、タヌキの報告を真に受けたのか?さすがにめでたい連中だ」

「……嘘、だと」

「力の大半を失ったのは、俺じゃない――ミオとアリシアだ」

「……」

「二年前、ジジイが俺を軍から放逐したのは、そのためでもある」

 小さく肩をすくめるデイズに、エリスとマキナは大きな声を張り上げ、デイズの下へと詰め寄った。

『どういう事ぉ!?』

「大したことじゃない。俺はお前達と同じだってことだ」

「リンケージチルドレン……おじさんが?」

 ポカンと惚ける二人を横目に、デイズはベンチから腰を上げると、腰から大型の拳銃を取り出した。

 カチリと自らのコメカミにつきつけられる銃口。

 牙を覗かせ嬉しそうに目を細めながら、デイズはギョッとする二人を横目に囁く。

「……嘘だと思うか?」

「デイズ……」

「――覗いてみろよ」

 低く胸に響く言葉に、ハッとなる青い瞳。

 カチリッ

 撃鉄の下がる音と共に、エリスはギュッと目を閉じると胸に両手をあて、大きく息を吐き出した。

 そして瞼の奥へと意識を投げかける――

 ――夜明けの草原が見える。

 カラン……

 暗闇に閉ざされた夜天、風に揺れる紅い炎のランタン。

 風に揺れる銀の体毛。

 尻から伸びた長い尻尾を靡かせ、大きな背中で影を引きずりながら、草原の上に一人の男が立っている。

 振り返るままにヒクリと動く長い耳。

 スゥと優しく細める紅い瞳。

 ニィと牙を覗かせ、大きな口腔を開くままに、白銀のオオカミを身体に帯びた大男が立ち尽くす。

 ランタンの明かりが足元を照らす。

 丸太のような大きな手を差し伸べ、銀のオオカミは立ち尽くすエリスの手を掴む。

 大きな口が開く。

 ――見えるだろ?

「……白銀のオオカミ」

 ブシャッ

 飛び散る肉片。

 獅子鼻のマズルブレーキから硝煙が飛び散り、それに呼応するようにデイズを囲んでいた男の頭が血煙の中に吹き飛ぶ。

 血飛沫がアーチを描き空を赤く染め、肉塊が地面に倒れる。

 ゆっくりと開く蒼い瞳。

 エリスは大きく息を吸い込むと、恐る恐るマキナの方へと目を向けた。

 ――大きく見開く灰色の瞳。

 同じ表情をしているのが見えて、エリスは差し出されたマキナの手に自分の手を絡めると小さく頷いた。

 絡み合う指先を通じて、イメージが共有されて広がる。

 風に揺れる、銀の狼頭男。

「……見えた」

「うん……」

「――大きなオオカミの男の人……ランタンの蒼き炎を掲げて夜を歩き、地平線を目指す大きな背中」

「太陽を導く者」

「夜明けのオオカミ」

「〈アトラの白き獣〉……」

『デイズ・オークス』

 重なるか細い言葉。

 照れくさくも嬉しそうに口の端を歪めると、デイズは周囲の人影を見渡しながら、互いを見つめるエリスとマキナを促した。

「行ってくれ。俺もすぐに行く」

「――はいっ」

「……おじさん、私頑張るっ」

 そう言って互いの手を離すと、エリスとマキナは踵を返すままに、地面をけり上げ空に向かって飛び上がった。

 日差しに目を細め、エリスはグッと空に向かって手を伸ばす。

 風をつかむように――

「……さて、二人は行った」

 空の彼方に溶けるように消える二人の影。

 安堵にため息を零すと、デイズは携えていた拳銃を腰に収めると、首を摩りながらゆっくりと地面を踏みしめ歩き出した。

「……デイズ・オークスを捕えろ」

 足が地面に吸いついたように動かず、もじもじと体を動かしながら、表情一つ変えず黒服が呟く。

 鋭い牙を覗かせ綻ぶ口元。

 ドスリと地面を鋭い爪で蹴り飛ばせば、目の前の男の腹がボコリと凹み、男は無表情のまま蹲った。

 フワリと風に靡く長い尻尾。

 尖った耳が天を指し、ヒクリと痙攣して、蹲る男の声を正確に捉える。

「――戦艦……〈プレンジ〉……接岸しろ……」

「白兵戦、か」

 牙を向きながら、大きく突き出たマズルに皺が浮かぶくらいに、裂けた口の端に笑みが浮かぶ。

 ジトリ細める紅くぎらついた獣の瞳。

 風に揺れる銀の体毛。

 グッと開いた毛深い手に爪を覗かせながら、男は腕を伸ばし、立ち尽くす男に毛むくじゃらな手の平を向ける。

「妥当な選択だな。……俺達にとってはだが」

 ガシリと食い込む爪に迸る血飛沫。

 ブチリ……

 引きちぎられた首の皮膚の間から覗かせる筋肉。

 軍服が赤く染まり、鷲掴みにされた頭がゆっくりと肉筋を垂らし頸椎を覗かせながら、首から離れていく。

「当然だろう。デリオア艦隊戦である程度の強さを見せ、この一週間での模擬戦で〈アトラシア〉の力を見せた。

 船同士の争いでは大凡勝てず、かといってフォートギアでの戦闘は無意味」

「……読まれ……ていた」

「なら、やることは自然と絞られる。……伊達に後ろからついてくるお前達に演舞を見せたわけじゃない」

「――おのれ……!」

 無表情の中に浮かぶ感情。

 ブチリッ

 首から頭が引きちぎられ、男の頭がことりと足元に転がり、それでも骸は立ちつくしたままピクリとも動かない。

 翻す長い銀色の尻尾。

 周囲に立ち尽くす敵の影を見渡しながら、男はフンッと突き出た鼻先を鳴らすと、伸びた牙を指でなぞった。

「いたたっ……遺伝子抑制が解除されるといつも牙がズキズキする……」

「デイズ・オークスを捕らえよ……」

「俺は他の連中を始末してくる――お前らは地面に頭をぶつけて死んでくれ」

「無駄だ――我らに心はない。その力で精神を侵す事は出来ない」

「アリシアの件を知ってるのか。驚いた」

 ――ドスンッと鈍い音が地面に響く。

「しかし――接続能力を少し誤解している節があって、能力者としては少し哀しい」

「殺せ……殺せ……」

 そうぶつぶつと呟きながら、デイズの周りを囲んでいた男たちは、一斉に土下座をすると勢いよく地面に頭をぶつけ始めた。

 ゴンゴンと鈍い音が静けさの広がるマーケットに広がる。

「リンケージとは繋げることだ。世界と自らを繋げる、世界と世界を繋げる、自らと他者を繋げる、他者と他者を繋げる。

 そしてその中で自らの意識を世界の側へ『現象』させる。欲望も思いも全て。

 リンケージとは自らが主体となり、あらゆるものを支配する事」

「殺せ……殺せ……」

「精神の有無が要件にはならんのだ。すまんな、誤解を与えてしまって」

 そう言って翻す白銀の尻尾。

 尖った耳を風の中にヒクつかせながら、オオカミの身体を帯びた人影が悠然と土下座をを続ける人の輪から抜け出そうとした。

 ――滲んでいく周囲の景色。

 空気の軋む音にヒクリと揺れる長い耳。

 風の流れが渦を巻き、オオカミは鼻をヒクつかせると、後ろを振り返り、不思議そうに首を傾げた。

 何もない所から伸びる長い影。

 ブシャッ

 土下座をして頭を地面にぶつけていた男たちが、フォートギアの巨大な足に潰され、盛大に飛び散る鮮血が銀の体毛を掠める。

 笑みに零れる鋭い牙。

 マーケット全体を覆う程の巨躯を眼前に、デイズはスッと腰から拳銃を取り出した。

『……ザール機関より、お前を捕えろとの命が今下された』

「バカが」

『これより捕縛する』

 機械の巨人がゆっくりとオオカミ男の頭上を覆うように、腕を伸ばしていく――

 ――迸る銃声。

 獅子鼻から硝煙が立ち上り、持ち上げたバレルから飛び出した弾丸は巨人の頭を撃ち抜いた。

 ぽっかりと装甲に開く小さな穴。

 それでも止まることなくフォートギアはオオカミを捉えんと手を伸ばす――

「鎧を着込んで忘れているようだな」

 背中を向け翻す長い白銀の尻尾。

「人は頭を打たれたら死ぬんだ」

 ドスゥウウン……

 水柱の如く立ち上る土煙。

 オオカミの背中に腕を伸ばしながら、巨人は動力が切れたようにピタリと動きを止めると、その場に力なく倒れ込んだ。

 頭部の小さな弾痕からドロドロと紅い液体が流れ出す。

 血のように紅く――

「……ミカが俺を待っている」

 腰に差し込む巨大な拳銃。

 潮風に流れる土煙が背中を撫で、白銀の体毛のオオカミは地面を強く蹴り砂塵の向こうへと消える。

 紅く細めた瞳が土煙の中でぎらつく――


ウワァアアアアアアアアアアアアようやくワンコ出たよぉおおおおおおおおおおおおおおモフモフモフモフモフモフモフモフペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッテンション上がるホォオオオッホホホホホッ

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