10話目
「……アホが」
「?何のことです隊長?」
「―――――。ライアスの事」
膨れ面を見せドスドスと廊下を踏み歩くライアスの背中を見つめながら、デイズはエミリアにそう言って鬱陶しそうに眉をひそめた。
ライアスはというと、ブツブツと何かを呟いているだけ。
「くっそ……トイレの住人なら、カメラ設置して色々強請ったりしてキャッキャうふふしたりして」
「犯罪者の思考だな」
「隊長が悪いんですよっ、僕はトイレの住人でも構わないって言うのに」
「男の便所なら空いてるんだけどな……」
「女、女が良いんですぅうう!」
――ニィと笑って牙を覗かせる口元。
「……あいているわよ。女性用のトイレ」
「どこ?」
長い栗色の髪を靡かせながら、エミリアは微笑みを浮かべて、こちらに振り返るライアスへと歩み寄る。
ヌルリと大きく開いた手を伸ばす――
「私の部屋」
――頭に食い込む爪。
「え……?」
「私の、部屋……!」
頭を鷲掴みにされ、ブランと宙につりさげられながら、ライアスは青ざめた表情でエミリアの顔を見上げる。
――ニィと細める鋭い双眸。
カタカタと震え始める小動物を見下ろし、エミリアは本当に嬉しそうに囁く。
「一日でいいわ。私の部屋のトイレで暮らしなさい」
「……あ……あの」
「ワンと言いなさい、クソ便器が」
「あ……ワン……」
「……いいですよね、隊長」
楽しそうに問いかけるエミリアに、デイズは怖々と首をすくめながら無言でコクコクと頷く。
どっと噴き出る汗。
股間から少量の尿を垂れ流しながら目にいっぱい涙を浮かべるライアスの青ざめきった顔に、エミリアは目を細め笑顔を近づける。
ニィと牙をむいて笑う――
「……たっぷりと教えてあげる」
「あ……」
「『恐怖』ってものをね……」
クワッと見開く目に、ブワッと股間から零れる黄色い汁。
ズルズルと引きずられて、エミリアと共にその場を後にするライアスに、デイズは申し訳なさそうに小さく手を振った。
「……とりあえず助けには行けないからな」
「え……隊長、隊長……?」
「壊すなよ、後で復元するのが面倒だからな……」
エミリアは肩越しに手を振って廊下を後にする。
そして程なくして遠くからライアスの断末魔の様な悲鳴が轟き、デイズは指で耳を塞ぎながら鬱陶しそうに顔を背けた。
対してエディオールは柔和な笑みを浮かべ、ライアスの悲鳴と嬌声に耳を傾ける。
「子犬の調教も手慣れたものですねぇエミリア君も」
「……何度も言うが、あんまりライアスをいじめるのは好かんのよな」
「おや、そうでしたか?」
「エミリアとアリシアが楽しそうにしてるだけだよ……」
「ライアス君もですよ」
「――寒気が走る」
十字路に入り、「ではまた」と言って頭を下げるエディオールに手を振りデイズは背中を向けた。
ポケットに手を突っ込み取り出すネクタイ。
未だワイシャツ姿のまま着替えておらず、デイズは汗臭さを鼻に覚えて苦い表情を浮かべながら自室へと歩く。
(……さて、子どもたちはおとなしくしているだろうか)
淡い期待を持ちながら、デイズは自室の扉の前に立つ。
ドアの隣には遺伝子情報を読み取るリーダー。
デイズはスッと指先を読み取り部分に重ねると、開いた扉の向こうに一歩を踏み出そうとした。
『お帰りなさいっ』
ピタリと止まる足。
そこには入り口付近に並ぶマキナ、エリス、ミカの姿があった。
身体の大きさに合わせた軍服は本当に小さく、サイズの関係でフリルスカートの丈が短く見えた。
胸元にはスカーフが下げられていて、その姿は学校の制服にも見える。
「えへへっ、これ私たちの制服だよっ、おじさん」
「ど、どうですかデイズ……」
「――お父さん……」
少し照れくさそうに顔を染めるマキナ。
エリスは恥ずかしそうに俯きながら上目づかいにデイズを見つめ、ミカは相変わらず少し惚けたような表情で、立ち尽くす父親の下に歩み寄る。
デイズはキョトンとして三人を見比べると、怪訝そうに首を傾げながら胸元のボタンを外し始めた。
「……そんな制服、うちの基地にあったか?」
「軍の、学校の制服だって……言ってた……」
「通っているのか?」
「うんっ……去年から」
「――なるほど」
「お父さん……」
「良く似合ってるよミカ」
撫でてほしそうに頭を下げるミカがそう言って小走りに近付いてきて、デイズは困ったように笑みを滲ませ黒髪を梳くように撫でた。
そうしてワイシャツのボタンを取り、胸元を肌蹴させながらデイズは部屋の中に一歩踏み出る。
閉じる入り口の扉。
部屋を見渡せば、確かに四人が暮らせる程度の大きさの空間がリビング、寝室共々確保されていた。
「そういや、ここの船の設計はどこぞのキチガイ女だったな……」
リビングの部屋の壁に備え付けられたモニターに、自身の苦い表情が映って入て、デイズはさらに憂鬱な気持ちであたりを見渡した。
備え付けられたバーカウンター。
その奥には冷蔵庫と並んで大きな戸棚があり、ピッチャーとグラスが所狭しと並んでいるのが見える。
部屋の隅にソファーとコーヒーテーブルがあり、三人の服がソファーの上に散らかっている。
明りは少し暗く、夜のバーラウンジをほうふつとさせる場所に男は顔を引きつらせる。
「……親父共々良い趣味してるわ」
「……」
と、背中に刺さる熱い視線。
ネクタイをソファーに投げワイシャツを脱ぎ捨てながら、デイズは眉をひそめ後ろを振り返ると、食い入るように覗きこむ三人に首を傾げた。
「……珍しいか?」
顔は三人とも少し紅く、まずエリスは気まずそうに首をすぼめてフルフルと金色の長い髪を左右に振る。
「う、ううん……なんでも」
「――おっきな……胸板」
「おじさんって……筋肉結構あるんだね」
俯きながら3人はそう呟き、それでも視線は外すことなくワイシャツを丸める大きな胸板を見つめる。
視線は舐めわされるが如く生温かく、デイズは首をすくめると、ワイシャツをソファーへとへと放り投げた。
「お前ら、シャワーは浴びたか?」
「いえ……私たちも後でデイズと作戦会議に出たいなって思って。それでこの服を着ようって思って」
「エミリアやライアスと違って、お前達がおそらくこの船で一番疲れている。少しでも身体を休めておけ。
艦とフォートギアの二枠しかないのに、三人いるのはそのためだからな」
「うう……でも……」
渋るエリスの背中を押すと、デイズはシャワールームの方向へと三人を指差した。
「ほら、重力は効いているから溺れる心配もないぞ」
「お父さんも一緒に……」
「仕事が残ってる。これでもお父さんは高給取りなんでな」
「うんッ……今度一緒に入るから……」
「――約束な」
気まずそうに首をすくめるデイズをよそに、ミカは無表情のままコクコクと頷くと二人と共シャワールームに赴いた。
シャワールームへと甲高い声が遠のいていき、デイズは深いため息を漏らした。
「……疲れる」
虚ろな視線を泳がせながら、ふと目につくのは、コーヒーテーブルの上に置かれた自身のPDA。
デイズはソファーに身体を沈めると、PDAの画面を指でなぞり操作した。
そして画面に映るのは、懐かしい老人の顔。
『おお、デイズか。そっちはどうじゃ?』
「……てめぇのせいでどっと疲れてるよ」
『そうか子どもたちが嬉しそうで何よりじゃよ』
髭をさすりながら嬉しそうに喋る老人の顔がPDAに映る。
デイズはうんざりとした面持ちでPDAを向かいのソファーに投げ飛ばすと、不快感も露わに呻いた。
「……あんたがやりたかった事はそう言う事かよ」
『やめるか?』
部屋の壁に埋め込まれたモニター画面に光が灯り、更に大きくなった老人の顔が映し出される。
デイズはフンッと鼻を鳴らすと、よろよろと立ち上がるままに壁に手を這わせた。
「……三人が悲しむ」
『知っとる』
「半端にやめる趣味はない。とりあえずあいつらが飽きるまで付き合うさ」
『――永遠に来んと思うがの……』
「子どもの趣味なんてコロコロ変わるさ、きっとな……」
壁に取り付けられたボタンに這わせる指。
ガシャリッ
天井が開き、備え付けの戸棚がせり出してくると、デイズは中に納められた軍服に手を伸ばした。
『第一印象が全てを決める場合もある。お前が其処らへん一番良く知っておるんじゃないのかの?』
「娘をしつけたのはあんただろうが……」
『あの子をあそこまで変えたのはお前じゃ』
「――――」
『あそこまでお前にのめり込ませたのは、他でもないお前のせいじゃよデイズ・オークス』
「人のせいにしやがって、むかつく……」
袖のボタンを留めながら、吐き捨てるため息。
黒を基調とした軍服を身につけながら、デイズはニヤニヤと口元を歪めるゴルド老を画面越しに睨みつけた。
老人は軍帽を頭に乗せると、ニヤつく顔を隠す様に項垂れる。
『まぁあれよ。観念しろってことじゃ。ワシは何人ひ孫ができるか心待ちにしとるぞ』
「その前にお前の娘に殺されそうだ……」
『一緒にしつけてやりなさい。好きじゃろそういうの。アリシアはもうお前以外見とらんようじゃし』
「黙って死んでくれ……」
下品な笑い声を滲ませるゴルドを睨みつけると、デイズはうんざりとした顔でもう一度戸棚に手を伸ばした。
中には軍帽と、傍にそっと置かれた巨大な獅子鼻のリボルバー拳銃。
天井に収納される戸棚。
帽子を適当な場所に放り投げ、銃を腰に差し込むと、デイズはカウンターの上に腰を落としながら老人の話に耳を傾けた。
『さてデイズ。調子はどうかの?』
「何から聞く?」
『端的に頼む。……〈アトラシア〉はどうじゃ?』
「……化け物」
『じゃろ』
「リンケージによる物質創成能力は、アリシアと組んでいた時より向上しているな。あれがアトラシアの力なのか、エリスの力なのかはまだ知らんが」
『両方じゃ。……今回はどんな武器ができた?』
「でかいガントレット。今整備班があの装備を解析して機構を調べてるところだ」
『どうせ次のがすぐ出てきて追いつかんよ。やめときなさい』
「俺は止めたさ。てめぇが集めた整備班がどうしてもって、変態心むき出して鼻息吹っかけてきたんだよ」
『にょほほほっ』
「相変わらず腹立つ……」
ムスッとするデイズに、老人はとても嬉しそうに笑いながら、おどけたように小さく肩をすくめた。
『乗った感想は?』
「ブラックホール機関も安定していて出力も予想以上だ。星一つ滅ぼせる戦力相手でも、殲滅は可能だろうな。無論三人が耐えられるのならの話だが」
『相性は?』
部屋の奥、シャワールームから聞こえる嬌声。
マキナの笑い声、そして少し戸惑うエリスのか細い声。
そしてステンとミカが足元を滑らせる音。
混じり合う甲高い声が聞こえて、デイズは顔をしかめると、ニヤニヤと口元を歪めて肘かけに頬杖を突く老人から目をそむけた。
「……まだエリスとしか乗ってないさ。ミカはおそらく乗らんでもわかるが」
『なぜじゃ?』
「――アリシアと同じさ。時々危うい目つきで俺を見る」
『……』
ふいに顔を強張らせる老人を横目に、デイズはカウンターから腰を上げると、重たい足取りで奥の冷蔵庫に顔を突っ込んだ。
「マキナがまだなんで報告はできんが、関係は概ね良好だろうさ。後は三人が戦いになれるだけだ。
それが面倒なんだがな……」
『……そうか』
少し沈んだ声のゴルドに、デイズは冷蔵庫から取り出したガラス瓶を片手に、驚き目を丸くすると怖々とした調子で尋ねた。
「どうしたよじいさん……」
『すまんと思ってる……それだけじゃ』
「だったらアリシアをできるだけ俺から遠ざけるようにしてくれ。あれじゃアイツが苦しむだけだ」
『あの子が望んだことじゃ』
「……ならいいさ」
『優しいの……』
「気持ち悪い物言いだ。帰ったらそのケツ蹴飛ばしてやる」
戸棚からガラスコップを取り出しながら、デイズは短く言葉を切ると、ガラス瓶に満ちていた真水をコップに注ぎこんだ。
トクトクと水の満ちる音が耳を潤す。
コツリとカウンターを撫でるガラス瓶の音がやけに響き、デイズはカウンターに背中を預けながら水を喉に注いだ。
『……デリオアの部隊の人間を数人捕まえたんじゃよ』
「アレからまだ降下した連中がいたのか」
『今はこっちで拷問中じゃが、面白い話が聞けた』
機嫌が戻ったのか、ニヤニヤと口元を綻ばせながら老人は喜々として語る。
『いいぞぉ。脳味噌に電極差すだけで簡単にしゃべってくれるからの。最近は便利じゃ生爪剥がさんですむんじゃからな』
「はいはい……」
『今でも数人のブレインは自白剤に付け込んでアへ顔晒しておるよ。写真も撮ったぞ?』
「だれが得するの……?」
『善人面しおってからに』
「その口閉じないとあんたの頭からねじ切るぞ……」
バキリと手に持っていたグラスに走る罅。
老人は苦笑いを浮かべ、おどけたように肩をすくめると、息を整え再びむっつりとした顔を背けるデイズに話を続けた。
『まぁ結論からいえば、お前達がトリトン第一衛星基地に行く事がすっぽ抜け取る』
「……クル―は全員手前味噌で集めたんだろう?」
『ケツの皺まで全員抜かりなく調査済みじゃ。あの子たちの皺の数も知りたいかの?』
「黙って話を続けろくそじじい……」
頭痛が激しくなり目尻を押さえながら項垂れるデイズに、老人は可笑しそうに肩を震わせる。
『くくっ……筒抜けてるのはワシの方じゃの』
「デリオアじいさんが動いたんだから、どう考えても唆してるの手前の血筋だろうが」
『今は少し客人を呼んでおるよ。懐かしいワシの甥っ子じゃ』
「……」
『まぁ、もしかしたらそっちにどちらさんかが顔を出すやもしれんの』
「ザールが出たら?」
ニィと歯をむき出し零れる笑み。
しかし鋭く細めた眼は血走り、老人はニヤける顔を隠す様に軍帽を目深にかぶり項垂れると、画面越しのデイズに低い獣の如き唸り声を滲ませた。
『……デイズ。敵をどうするか、ワシはしっかり教えたはずじゃ』
「……これでもあんたの下で、対人暗殺部隊を指揮してたんでな」
『肉片一つ残すな、敵は全て皆殺しにしろ』
「相変わらず迎合できん考え方だ」
『――そろそろ、甥っ子が来る時間じゃ。気をつけて航海するんじゃぞ』
温和な顔に戻ったゴルドの顔が程なくして消え、再びモニターに暗転が広がる。
それでも耳障りな老人の戯言が頭にこびりつき、デイズは小さなため息と共にコップをカウンターの上に置いた。
ガラリッ
ドアの開く音が遠くから響く。
ソレと共にぺたぺたと濡れた足音が聞こえていて、デイズはガラス瓶をカウンターに置き立ち上がった。
「にゅぅ……のぼせましたぁ……」
そこには肌を朱色に染めるエリスの姿。
まっ平らな体はタオルに巻かれていて、耳まで顔を真っ赤に染めながら、エリスはふらふらとデイズの下へと歩み寄る。
ストンと伸ばした両腕に吸い込まれる華奢な体。
軽く目を回すエリスを抱き寄せながら、デイズは彼女の幼い顔を覗きこみ困ったような笑みを滲ませた。
「まったく……湯に体を浸していたのか?」
「うん……マキナちゃんがお湯で遊ぼうって言って……」
「後で叱っておかないとな」
「ごめんなさいぃ……」
「いいさ」
そう言いながら、デイズはそっとマキナの身体を胸元に抱え上げるとソファーにそっと寝かした。
そして再び聞こえるシャワールームの扉の音。
バタバタと騒々しい足音が聞こえてきてソレと共に、濡れた髪を靡かせマキナが勢いよく飛び出した。
「シャワー気持ちいいっ」
「――のぼせたの……」
顔を真っ赤にしてゆらゆらと小さな身体を揺らすはミカ。
デイズはカウンターの奥、流し台に掛けられたタオルを二つ水にぬらしながら、肌を主に染め同じく目を回す娘に手招きをした。
「来なさい」
「――うんっ」
俯いていた表情が仄かに明るくなり、ミカはフラフラと歩み寄るままにひんやりとしたタオルに額を濡らしてもらう。
汗の滴る頬が軍服を濡らし、デイズは困った表情を浮かべ、ミカを胸元に抱きすくめ持ちあげた。
「……あんまり勝手がわからんな。アリシアの時もこうなのか?」
「……お母さんは何もしない。お父さんは一緒にいてくれる」
「こんな中年でよければいくらでもいてやるよ」
無表情の中に浮かぶ、はにかんだ微笑み。
ギュゥと細い腕が首に絡み、デイズは抱きつくミカの濡れた髪をそっと撫でると、小さな躯体をソファーに横たえた。
そしてエリスとミカの額に冷やしたタオルを置きながら、最後にキョトンとするマキナを見下ろし、デイズは苦笑いを滲ませる。
「……マキナ。長風呂は体に毒だと知らんのか?」
「えへへっ……お風呂広かったから」
照れくさそうに笑うマキナ。
デイズは呆れた様相で膝を折ると、熱に赤らんだマキナの両頬を軽く引っ張ってジトリと睨みつけた。
「広くても早く戻ってくること、わかったなマキナ」
「にゅぅ……」
「でないと一緒に風呂に入ってやらんぞ?」
「――いじわるぅ……」
「いい子だ……」
そっと頬から手を離すと、デイズは口を尖らせて恨めしげに上目遣いをみせるマキナの髪を撫でる。
ジトリと見つめる灰色の澄んだ瞳。
マキナは何か言いたげにくちをもごもごと動かし、デイズの顔ににじり寄る。
デイズはなだめるようにマキナの髪を撫でる――
「わかってくれたら――」
遮られる言葉。
目をつむって突進を仕掛けるマキナに、口が小さな唇に塞がれ、デイズはギョッと目を丸くした。
マキナは目をつむったまま顔を真っ赤にして唇を押しつける――
「……ぷはっ」
後ずさるままに零れる大きな吐息。
マキナは複雑な表情で固まるデイズの顔を上目遣いに覗き込むと、照れくさそうに微笑みながら頬を上気させた。
「えへへ……仕返しにキスしたっ」
「……。お前がそういう事するとな」
――トトトトッ
小走りで駆けてくる足音が二つ。
ふわふわと揺れる長い黒髪と金色の髪。
デイズは軽く自分の口元を拭うと、更に複雑な表情で、まだ頬に赤みの残る顔でにじり寄るミカとエリスから後ずさった。
「……するの?」
ミカは無表情のまま力一杯頷き、エリスは恥ずかしそうに項垂れて、小さく一回だけ頷いてソロリと歩み寄る。
そしてズイッと近づく小さな唇。
ため息は止まらず、デイズは片膝を床につけると、躊躇いがちに自分の頬を指差した。
「あんまりこういうのは得意じゃなくてな……頬にして――」
「――やだもん……」
そう言ってギュッと首巻きつく細い腕。
顔をグイッと近付けるままに、小さな唇がデイズの口元を這い、チロリと小さな舌が口の中を舐める。
戸惑うデイズに少し興奮した息遣いが掛かる――
「……お父さん可愛い……」
ツゥと離した舌先から男の口元まで橋をかけて垂れる涎。
妖しく微笑む口元。
濡れた唇を軽く指でなぞると、小さな舌を出して、ミカは小さな声で囁くと顔を赤くするデイズに背中を向けた。
そしてトトトっと小走りに寝室へと走っていく――
「――くそっ……変なところだけ母親に似やがって……」
「わ、私もっ」
少し緊張した声。
はっとなって振り返った先には、首元に小さな手を伸ばす、緊張気味のエリスの唇があった。
コツリッ
キスをしようと飛び出した矢先、飛距離が足らず胸元にエリスは顔をぶつける。
ジンワリと滲む涙。
鼻を押さえながら、エリスは強張った顔を真っ赤にして恐る恐るデイズの顔を覗きこもうとする。
「あ……あぅ……あぅ」
「エリス……」
「私……その……デイズと……」
「――こうするんだ」
グッと腰に這わせる分厚い手。
涙をいっぱいに溜めた目を見開くと、エリスは引き寄せられるままに半開きの唇をデイズに顔を近づけた。
口元に這わせるうっすらとした唇。
優しく髪をなでながら、惚けた紅い唇に這わせるように舌で舐め、時折覗かせる小さな舌を分厚い舌で吸い出す様にして絡める。
惚ける口の端から涎が滴る。
興奮に息ができず、エリスは惚けたように重たい瞼を閉じる。
ギュゥと爪が軍服に食い込む――
ツゥと突き出た小さな舌から垂れる涎。
なだめるようにそっと金髪を撫でると、デイズはそっとエリスの唇から舌を離し、彼女の口元を指でなぞった。
そして、困ったような表情で、真っ赤な顔で惚けるエリスの額をそっと撫でる。
「……よく覚えておけよ」
「――うん……キス……好き」
「……いい子だ」
そっと汗の滲む額をそっとなぞるままに、デイズはぎこちなく立ち上がると、顔を真っ赤にして硬直するマキナの背中を押した。
「ほら、着替えてきなさい」
「――おじさん……えっちぃ」
「これでも童貞だがな……」
顔を真っ赤にして首をすぼめるマキナに、デイズは苦笑いを見せ、おどけた調子でそう告げた。
「少し早いが仕事に行く。お前達はちゃんと寝とけよ」
「……帰ったら、私にも教えてくれる?」
「――時間があったらな」
「う、うんっ……」
「いい子だ……」
濡れた髪を撫でるとデイズは襟元を軽く整えながら、惚ける二人を背に部屋を出て行った。
ぽかんとするマキナ。
エリスはボォと顔を上気させたまま、ピクリとも動かず、いそいそと部屋を出ていくデイズの背中を見つめる。
「おじさん……」
「……きもちよかった……」
天井を見つめながら目を丸くしたまま呟くエリスの横顔を、マキナはきょろきょろと興味深そうに覗きこんでいた。
「……どんな感じ?」
「……息できなくて……胸がどんどんとなってデイズの息遣いが聞こえてきて」
「うん……うん……」
「――寝ますっ」
真っ赤になった顔を伏せて寝室へと走っていくエリスに、マキナは慌てて追いかけた。
「ま、まってよぉ。エリス教えてぇ」
「やだぁっ。変な感じだもんっ。胸痛くなるんだもんっ」
「教えてよぉっ」
寝室に寝息が聞こえるまで、二時間。
それまで二人と時折三人の会話が絶えず響いていた。