9話目
トリトン第一衛星基地への航行途上。
「と、言うわけで、少し遅いけどクル―メンバーの顔合わせをしたいと思うわ」
〈アストライア〉船底部分、格納庫にあたるエリア
格納庫の隅に片膝を立ててうずくまる〈アトラシア〉が項垂れていて、その巨人の頭の上からアリシアは広いエリアに集められた人を指で数え始めた。
ずらりと並べられた人間やアンドロイドは、ざっくりと配属場所に分かれ、整備員が約七割を占めていた。
残りはフォートギアのパイロットと管制室のクルー。そして健康管理事務職員、医療事務関連の職員が数名立っている。
指で数えれば47名。
手元の名簿表を覗きこんで数があっている事を確認すると、アリシアは声を張り上げた。
「よぉしっ。皆いるようね。まずは整備クルーの皆、〈アストライア〉に乗ってくれてありがとうねっ」
張り上げる甲高い声に、皆こちらを見上げて少し強張った面持ちで、〈アトラシア〉の上に立つアリシアに視線を注ぐ。
照れくさそうに苦笑いを見せるアリシア。
クシャクシャと黒髪を掻くと、こそばゆそうに首をすくめ、アリシアは再び声を張り上げた。
「この船は特殊システムの試験運用を目的とした強襲戦闘艦よ。大体の仕様は各員それぞれの部署で把握してるとは思うけど、生まれたての子で外に出るのも初めてなの。結構デリケートな面があると思う。
各員はその事を念頭入れつつ、船の安全な航海の為に力を貸してください」
『ハイッ』
音程も大きさもバラバラな声が格納庫に響く。
アリシアは嬉しそうに頷くと、脇に抱えていたPDAを取り出し、ディスプレイを横目に叫んだ。
「もう配置先は伝えてあると思うけど、名前と配置場所を言うわ。これを以ってゴルド・ミルドレシア、トリフィア第一基地所属提督からの正式な辞令とさせてもらうわ。
あ、後自身の個室の配置はそれぞれの担当部署の部長に伝えてもらう事にするわね」
そう言って一人ひとりの前を読み上げていくアリシアを見つめながら、大きな欠伸を上げる男が一人。
「ああ……かったるいっすなぁ」
「口を少し閉じなさいよライアス。口に縫い針でも突っ込まれたいの?」
「しかしながら……」
そう言いかけて涙の滲む目じりを拭うと、ライアスは鬱陶しそうに隣に立つエミリアから目を逸らし、手持無沙汰に頭を掻いた。
「アリシアさんも変に律義な所は変わらないんですねぇ……」
「それであそこまでやらかすんだから凄いものだわ……」
「ソレ言うと、隊長また泣きますよ。それでなくても今でも多少なりと引きずってるんですから」
「知ってるわよ……」
呆れたような、うんざりしたような表情でため息をつくと、エミリアは少し離れた場所に立つ褐色肌の大男の背中を見上げた。
傍には三人の美少女。
右手にはエリス、左手にはミカと両手に花。
肩に顔を押し付けるようにして背中にマキナを背負いながら、デイズは顔色一つ変えずアリシアを見上げている。
「なんで知ってるんですか?」
「隊長の荷物の引っ越しついでに部屋の写真立て覗いちゃった」
「デリカシーの無い……」
「またおんなじことが起きそうね……」
「接続能力か……」
「私はそんな力ないし、多分アリシアもあの三人もどこまでどんな能力かはわからないでしょうね」
「……」
「隊長以外は――」
スパンッ
格納庫に響く乾いたいい音。
痛みに涙を浮かべライアスが振り返ると、そこには呆れた表情のエディオールが立っていて、エミリアは気まずそうに首をすぼめる。
「エディオールさん……」
「なんで殴るの僕だけなんですか……」
「全部隊長に聞こえていますよ」
そう言ったエディオールが指差す先、デイズは三人の少女に囲まれながら近づいてくるアリシアに苦い表情を見せていた。
「……メンバー足りてんのか。47で回せる船の大きさじゃないだろ」
「修理も含めてすべて3人で船の運航の九割を制御できるわ。できないのはクル―の食事だけね」
言葉を交わす二人を見つめながら、エミリアは怪訝そうに首を傾げると、後ろに立つエディオールを不満げに睨みつける。
「あのぉ……全然聞こえてなさそうなんですけど」
「〈アトラの白きインディア〉――隊長の種族、ご存知ですよね?」
「……」
「耳と目と鼻と痛覚は、本当にいいんですよ。後勘もね」
「……知覚ほぼ全部じゃないですか」
「ほら、怒られる前に前に出ましょう。辞令を受けないとね」
首をすぼめるエミリアと頭を押さえるライアスの背中を押すと、エディオールはアリシアの下へと歩み寄る。
そして4人と3人の子どもが集まったのを確認し、アリシアは手元のPDAに指を這わせる。
「戦闘要員は集まったかな。……まぁエミリアはブリッジクルーだけど」
「どうせ予備の〈エルザ〉もあるし、なんかあったら私も出るんでしょ?」
「お互いね」
おどけたそぶりを見せるアリシアに、エミリアは驚いたように目を見開いて鼻高々な彼女を指差した。
「あらら……アリシアってフォートギア動かせたっけ?」
「おっす。伊達にデイズのお尻をストーキングしてないわ」
「背筋が凍りそうだ……」
げんなりとする大男にニッコリと微笑みを浮かべると、改めてアリシアは管制室のクルーを含めて計14人に目を向けた。
「さて、ブリッジクルーに関しては、これからリンケージチルドレンの補助を含めた管制事務全般を行ってもらう。
確かに管制全般は3人のうち一人が行うのだけれど、あなたたちの役割がなくなったわけじゃないわ。その力で艦を助けてもらいたい」
『ハイッ』
6名の女性陣が一斉に声を張り上げるのを見て、デイズは腕を組みながら感心したように目を丸くした。
「ブリッジは全員女性か……よく集めたもんだ」
「股間が熱くなる……」
「謎の故障でお前のフォートギアが爆発するのも時間の問題だな」
「シャレにならないからやめて!」
ニヤニヤとこちらを見つめるエミリアに顔面蒼白になりながら、ライアスは喉もカラカラに叫んだ。
と、アリシアは残った7人のメンバーに歩み寄る。
「次、機人乗りのメンバー。……エリス、ミカ、マキナ」
呼ばれて3人はデイズの手をつかんだまま、恐る恐るアリシアの前に躍り出た。
ニッコリッ
屈託なく笑顔を見せるアリシアにエリスは怪訝そうに首を傾げながらも、差し出される手に自分の手を重ねた。
「えと……」
「――戦いは怖いわ。あなたはいち早くそれを経験しただろうけど」
「……」
「そしてその戦いは、おそらくこれからも続き、そしてそれはもっと苛烈に自らの心を黒く押しつぶしていく。
心が耐えられなくなるくらいに……」
そう言いながら、アリシアはデイズの傍にいたマキナとミカも同様に手招きする。
「あなたたちはチーム。デイズを中心にしたチーム……それをしっかりと覚えなさい」
「……」
「デイズを頼りなさい。苦しくなったら自分で抱え込まないで、彼に全て相談して、言葉を貰いなさい。
彼はあなたたちを救うわ、必ず……」
照れくさそうに微笑みながらそう言うと、キョトンとしている3人の頭を軽く撫で、アリシアは後ずさった。
「さっ、私の臭い演説はこれまで。これからきりきり働いてもらうわよっ」
照れくさそうに笑みを浮かべ、顔を耳まで赤くするアリシアの言葉に、驚いて顔を引きつらせるエミリア。
対してライアスは今にも飛び出る笑いをこらえようと腹を押さえる。
「アリシアも……妙なセリフ回しを……」
「いやぁ……アリシアさんもなんというか」
「ライアス・ホーネスは今から1週間トイレで生活する事」
「まだ何にも言ってないでしょぉおおおお!」
ぶわっと涙を流すライアスを横目に睨みつけながら、アリシアはフンッと鼻を鳴らして白衣を翻した。
「はい。じゃあ敬称略でエミリア。エディオール。デイズ。ゴミクズ。あなたたちフォートギア部隊の隊員として命名します。エミリアは兼任で頑張って」
「ちょ……アリシアさん。さっきの話ガチですか、僕トイレの住人になるんですか?」
「今度口開いたらすり潰すわよごみ虫が……」
「すんましぇん……」
ぎろりとヘビに睨まれた草食動物の如く、ライアスはペタンとその場にへたり込んでがたがたと震える。
そして膝を抱えて白く灰化するライアスにデイズは肩をすぼめると、たしなめるようにアリシアに呟いた。
「アリシア……あんまりライアスをいじめるなよ」
「た……隊長……」
「これからもっとエミリアにいじめられるんだ。最初から飛ばしたら身体が持たないだろ」
「もっと僕に優しくしてぇええええええ!」
「部屋割は?」
頭を抱えてうずくまるライアスを横目に、首を傾げるデイズにアリシアは自分のPDAを差しだす。
画像はディスプレイに映り、そこには立体状に浮かび上がる〈アストライア〉
半透明になった艦の居住区には個室と共同部屋がいくつか設置されていて、個室には自身の名前が見える。
そこにはデイズの名前があり――
「――おい」
「見づらい?データ送るわね」
「おい」
顔の引きつるデイズを尻目にアリシアがPDAを操作すると、その場にいた全員に艦内の情報が送られる。
更に引きつる口元。
デイズは送られてきた情報を食い入るように見つめ、ため息を漏らした。
「……じじいの案か?」
「私発案、じじいが了承」
――エリス、マキナ、ミカ。
そこにはデイズのほかに3人の少女の名前が共同ではっきりと記載されていた。
「お、隊長の部屋一番広いっ。いいなぁ」
「……少し黙れライアス」
青筋を頭に浮かべながら、惚けた声を漏らすライアスに八つ当たりを呟くと、デイズは苦い表情でPDAを覗き込む。
そして目を擦り、頬を軽く叩き、何度も画面を覗き込む事1分。
程なくして、デイズは深いため息と共に腕を下ろすと、不思議そうに足元で首を傾げる3人にPDAを手渡した。
「……どういう事?」
「親睦を深めるためよ。あなたたち4人の相性がこの艦で最も重要なのは、クルー全員に通知しているわ」
「しかし……この子たちにもプライベートがある」
「優しい物言いをするのね。そういう所が好き」
屈託なく笑うアリシア。
デイズは更に苦しそうに顔を歪めると、苛立ち紛れに頭を掻いては深いため息を零し、再びアリシアを睨みつけた。
「確かに……俺のプライベートを覗かれることに抵抗もある。否定はせん」
「彼女たちは知りたいと考えているわ」
感じるのは熱っぽい視線。
そう言ってアリシアに、デイズは気まずそうに細めていた目を開き、上目づかいに見つめる3人に首をすぼめた。
「お前ら、自分の生活にこんなおっさんがいて、嫌じゃないのか?」
エリスは少し強張った頬を赤らめながら、力強く金色の髪を左右に振る。
「私……デイズと一緒にいたいです……他の人じゃいやです……」
「――私……お父さんと一緒にお風呂入りたい……」
そう言って顔色を窺うように父親の顔を見上げながら、ミカはデイズの腰にしがみついて離れない。
エリスも同じくデイズの腕に掴まり、デイズは重たそうに肩を落としながら、難しそうに顔をしかめた。
そして最後に、躊躇いがちに佇むマキナを見下ろす――
「……マキナはどうする?」
「ん……えっと……」
頬は照れくさそうに紅く、マキナは胸に手をあてたまま、どこか気まずそうに視線を泳がせている。
そして、濡れた唇を軽く噛み、マキナは戸惑いがちに少し俯く――
「……おじさん……」
「ん」
「私も……えと、おじさんと一緒にいちゃダメかな?」
そう言って、照れくさそうにはにかんだ笑みを浮かべながら、マキナは途切れ途切れに言葉を並べ、中年男を見上げた。
零れる小さなため息。
デイズは無言で立ち尽くすマキナをそっと手招きすると、すぐさまトトトトッと小走りで近寄る彼女の額を撫でた。
不安に少し揺れる灰色の瞳。
少し荒い息遣い。
サラリと金色の髪が掻き上げられ、熱っぽい白い肌の感触が分厚い手に伝わる。
手のひらに感じるのは不安と焦燥と――
「――後悔するぞ」
「……?」
「おっさんはこう見えてデリカシーやマナーがまるでなっていないからな」
「……えへへっ。私もまなーがないから大丈夫だもんっ」
困ったように複雑な笑みを滲ませる男に、少女は照れくさそうに笑みを浮かべ、ほっとした様子で頷いた。
ギュッと腕に食い込む小さな手。
しがみつくマキナに、肩が両方とも重くなり、身体を前のめりにしながらデイズは少し疲れた様子でアリシアを見上げた。
「アリシア。全員の部屋の配置変換はナシだ」
「じゃあ、ライアスだけ――」
「部隊長として言っている……」
「冗談よ」
可笑しそうに笑いながら目はあまり笑っておらず、デイズは怖々と首をすくめると3人を引き剥がした。
「部屋に戻れ。俺も後から行くから」
『はいっ』
3人とも手を上げて元気よく声を上げると、踵を返して一目散に走り出した。
整備員組の方も話が終わったのか、飛び出す三人に合わせるようにぞろぞろと格納庫から離れ始めていく。
肩は重たく固まっていて、デイズは駆けていく三人の後ろ姿を見つめながら軽く肩を回すと、恨めしげにアリシアを横目に睨んだ。
「……少なくとも、ミカはお前の娘だろ」
「ただのコピーよ」
「――胸やけがするよ、お前の考えには」
「私にとってアレはモノ。あなたへのプレゼントと受け取ってもらっても構わないわ」
「悪趣味極まりない……」
深いため息を漏らすままに、デイズは踵を返し背中を向けてエディオール、エミリア、ライアスに手を振った。
「二時間後にハンガーで招集をかける。少し作戦やらなんやら練り直さんとな」
「私もですか隊長?」
「ブリッジの仕事は暇だろ。少し付き合えよエミリア」
「はぁいっ」
「――子どもたちが待ってる。また後でなアリシア」
格納庫を出ていくデイズにエミリアは手を振り、アリシアもまた複雑な表情を浮かべ、躊躇いがちに彼の背に手を振った。
片やライアスは床に膝を抱え蹲りながら、ボロボロと感謝の涙を流していた。
「う、うう……隊長。僕便所で暮らさなくて済むんですね……」
「そのトイレが男子か女子かと決まってなかったはずなんだけどね」
「!?」
驚愕に強張る顔。
今にも目玉が飛び出そうなほどクワッと目を剥いて凍りつくライアスを横目に、エミリアは同じく俯きがちなアリシアを横目に歩きだす。
「じゃ、私部屋に戻るねアリス」
「――エミリア……」
そう呟き、どこか申し訳なさそうに首をすぼめるアリシアに、エミリアは足を止めると困った表情を浮かべて頭を振った。
「……私が言えた事じゃないけどさ、その恩着せがましい物言いを少し引っ込めたら、隊長も納得するんじゃないの?」
「……私は、あの人にひどいことをした」
「知らんですしおすし」
「……」
「筋が通らないって話よ。昔ひどいことをしたからって今更、恩着せがましい事をしてほしいとは限らないでしょ。
隊長は今何を望んでるんでしょうね?」
「……」
「リンケージチルドレンなら、少しはわかるんじゃない? 私は連中の考えなんてわかんないけど」
そう言って出ていくエミリアに、アリシアは複雑そうな表情を浮かべて項垂れた。
「……繋がる、か」
「エディオールさん離してぇえええええ! 僕は女性トイレの住人になるんですぅううううう!」
「宇宙空間に放り出される前に行きますよライアス君」
バタバタと四肢を広げて暴れるライアスを引っ張りながら、同じくエディオールは格納庫から出ていく。
残ったのは一人だけ。
アリシアはトボトボと重たい足取りで格納庫の隅に蹲る狼の巨人の下へと歩み寄ると、滑らかな装甲に手を這わせた。
フワリと表面から舞い上がる光の粒子。
頬を撫でる熱っぽさに首をすくめるとアリシアは、自らが作った機械のオオカミを見上げて溜息をこぼす。
「私……どうすればいいのかな」
巨人は項垂れたまま身じろぎ一つなく、そしてただ冷たく紅い目をアリシアに向けるのみ。
「アトラシア……私……デイズに何をしてあげたらいいかな」
――グルルルゥ……。
低いうなり声が格納庫に響く。