9 獣と人間
部屋を出た瞬間、狼女のリオンがプハッと吹き出した。リアンもクスクスと楽しそうに笑っている。
「いやぁ~初めて見たよ。うん。見た?あのジジイの。あれ、内心ちょっと動揺してたよね。アハハッ!素晴らしいね。うん。素晴らしいよホント。いいねぇリョク。いい弟子を持ったよ。ホント。アハハハハッ!!」
リオンは壁にもたれかかり、苦しいと言う様に壁をドンドンとたたいた。
「ええ。でも驚きましたよ。いくら正義感が強いとはいえ、国のトップに逆らうほどの度胸があるとは思いませんでしたよ」
「でも、人獣を庇う人間がいるなんて、この国中が思ってなかったよ。わかりやすくするとあれだよね。10年くらい前の。ジジイに噛み付いた犬の処刑に乱入して犬を助けた騎士の事件。獣を庇う人間なんてあれっきりいないよ」
「おいおい、リョクはお前らを庇ってるだろ?恩を忘れたか?狐小僧」
ルーザンが面白そうに笑いながら言った。
「忘れてないよ。けど、あの爺さんの前で堂々とあんなことしないだろ?リョクは名も実力も有名だけどさ、弟子の娘。あの娘名も実力も無名でしょ?そんな人間いないって、ホント」
シュレンは先ほどの行動を思い出すと顔を真っ赤に染めた。衝動的だったが、軽率すぎた。どうしてあんなに恥ずかしい事をしたんだろう!?シュレンはリョクの近くまで行くと、頭を下げて言った。
「先ほどは恥ずべき行動をしてしまい、申し訳ありませんでした」
真っ先にリオンが反応した。
「勇気だけじゃなく礼儀もある。しかも美人じゃん?よかったねーリョク?こんなにも優秀な弟子なら誰でも欲しがるよ」
「謝る事じゃないよ。君は立派な事をしたんだからもっと堂々としなよ?僕らは面白がってるけどさ、正直嬉しかったよ。人間と人獣の命を対等に考えてくれる魔術師がいるのがわかったし」
リアンはそういって優しく笑ってくれた。
「有難うございます、リアンさん」
「名前もう覚えてくれたんだ。嬉しいよ」
リアンは嬉しそうに笑った。シュレンはふと自己紹介をしていないことに気付き、また顔を赤くした。どうしてこんなに恥ずかしい事ばっかり!?
「あ、すみません、自己紹介、まだでしたよね?」
「ん?ああ、いいよいいよ。知ってるから。シュレンさんだよね?上流の魔術師はあんまり知らないみたいだけど、僕らみたいな階級は噂が好きでさ。リョクは僕らと親しくしてくれるから特に噂が多いんだよ。『リョクが美人で優秀な弟子をとった』って噂はよく聞くんだよ。皆こんな勇気があると思ってないけど」
「こら~。リアン何?口説こうとしてんの?無理だって~。アンタは100%無理だから。アタシが保障するよ。うん」
リオンは弟の様子を見ていたようで馬鹿じゃないの?ほら、と言って弟を前へ引っ張った。そこにすかさずウォルが隣に来た。
「シュレン、」
何も言わなくてもわかった。
「言わないでいいから。大丈夫」
シュレンは一呼吸して言った。
「心配してくれてたんでしょ?でも、・・大丈夫だから。いつか、絶対向き合わなきゃいけない瞬間が来る。私は、進みたいの。現在を、変えたいって言うか・・・。わかんない、けどさ。進みたいの。前でも、後でも、横でも。・・・きっと、進んでるってことが大事だから」
「でも、馬鹿なことすんのはやめろよ」
「え?」
意味が一瞬わからずに困惑する。ウォルの顔を見ると、真剣さが漂っていた。
「あいつの部下の剣、お前の首に触れてたんだよ。いつでも斬りおとせる様に。だから、あんな死にそうになるようなことはやめろってことだよ」
シュレンはふっと笑った。
「有難う。でも、アンタもアンタで、お嫁さんさっさと探しなよ」
人と獣。誰が何と言おうと、私は考えを変えない。
命の重みは、どんなものでも同じってことを。