5 決められた運命
2時間後、リョクは疲れた表情で出てきた。何か良くないことがあったのだと、シュレンは表情から汲み取った。
「昼食は馬車で摂ってください。移動に2時間、準備にだいたい40分は必要になるはずですから」
シュレンは馬車の扉を開けながらそういい、リョクに朝作った昼食とアラム茶(紅茶のような飲み物)が入った竹の水筒を手渡した。
「また行きと同じようにしてもいいのではありませんか?」
「その行為は危険であるということを教えたのは先生ではありませんでしたか?」
私は本を開きながら言った。今読んでいるのは「薬草学-毒草全集-」だ。あまり有名ではないが絵がわかりやすいし細かい説明がついている。値段も安いので金のない弟子にはもってこいだ。
「また危なそうな本を読んでいるのですか?」
「先生はおっしゃいましたよね?毒草でも治癒の力を持つものがある、と」
何故か先生は自分で言ったことをよく忘れる。どうなっているんだこの人の頭は。シュレンはそう思いつつページをめくった。
「授業は1時間ほどです。準備は私もお手伝いさせていただきます」
中央魔術師育成院では、師を持たない貴族の出の子が魔術を学んでいる。簡単に言えば(知られたら怒られるだろうが)「金持ちのボンボンが我がままに金を払ってもらいながら大して実践で使えない魔術を学ぶ学校」というところだろう。
「ここでの魔術は、一体何のためなのですか?」
シュレンは手を動かしながら訊ねた。ここでは対他国用の軍事的な魔術を習わない。身を守る魔術も最低限しか習わない。習うものといえば家庭で料理するときの火をつくるだとか、そんなちっぽけなものしかない。
「隠されているのですよ。魔術の危険性や、引き起こしてしまう悲劇と被害が」
魔術の危険性、悲劇と被害。実力より高望みすれば命が尽きることも、今まで魔術と魔術のぶつかり合いで起こった多くの被害を、知らないということだ。
「危険性は、教えなくていいのですか?」
「ええ。ここにいる子たちは皆実力よりも低すぎる魔術しか教わらない。それに貴族の出では大した魔力をはじめから持っていないんです。だから『知らぬ呪文を唱える』という魔術師にありがちなこともない」
「そう・・なんですか・・・」
授業が始まり、シュレンは外に出た。今授業を受けていない生徒が静かに外で本を読んでいる。
「あの」
そう声をかけられて振り向くと、シュレンより少し年下の少女がいた。貴族らしくきれいな金髪をおろしている。
「失礼ですけど、貴方は魔術師なんですか?」
「いえ。私はまだ弟子で・・」
「師匠は?どこにいるんですか?」
「今授業をしていて・・」
少女はそう聞くとキラキラと目を輝かせた。
「うわぁ~!貴方はリョク様の御弟子さんなんですか!?うわぁ~すっご~い!!私、魔術師になりたいんです!」
シュレンの心がズキンと痛んだ。この少女は知らないのだ。自分が魔術師になることができないという事実を。未来は既に親によって決められてしまっているということも。
「そう・・ですか。頑張ってください。きっと・・」
シュレンは息を吸った。事実を伝えるべきなのか。それとも、伝えないべきなのか。
「なれますから・・」
知らぬ間に小さな声でそう言ってしまっていた。
「はい!有難うございます!あ、もう授業始まっちゃうんで、行きますね!本当に、有難うございます!!」
シュレンは魔術師になることなく誰かの嫁となる少女の背中をただ見つめることしかできなかった。