2 記憶の原点
あの時のことは、よく覚えている。
寒い、寒い。体のいたるところが痛い。そうだったはずなのに、突然暖かくて柔らかい毛布をかけられたかのように暖かくなった。目を開けた。眼前に、緑色の知的な目に、白い髪の20代前半の男の人がいた。
「目が覚めたのですね。あ、まだ動いてはいけませんよ。凍傷があるし、骨折しているところもあるじゃないですか」
私は私の肌に触れるか触れないかのところにある男の人の手を見た。うっすらとした赤い光を放っている。痛いところが痛くなくなって、寒いところは寒くなくなった。
「もうおきても大丈夫ですよ」
私は手をついて起き上がろうとしたが、筋肉に力が入らなくて起き上がれなかった。すると、男の人はそれに気付いて背中に手をあててくれた。
「有難うございます」
私は礼儀に習って正座をし、額を地面につける正式な礼をした。男の人は少し困ったように言った。
「そんな風に頭を下げないでください。君はまだ子供なんですから少しくらい大人に甘えても構わないんですよ?」
「・・わかりました」
そういって私は顔をあげた。男の人は不思議そうに私を見ている。
「どこからこんなところへ来たのです?」
「・・・」
私は黙るしかなかった。全部を思い出そうとしても、思い出せるのは恐怖と悲しみ。それで私は涙を流してしまった。男の人はそんな私を優しく抱きしめてくれた。
「泣けるだけ泣くといいですよ。涙は悲しみ。それがかれるとき、悲しいことを忘れる事ができる」
「貴方は、・・私に・全てを忘れてしまえと・・おっしゃるのですか」
男の人は私をはなして少し驚くような表情をした。
「そういうわけではありませんよ。辛い事、悲しいことを忘れてしまったほうが良いと」
「そんなこと、どれほど望んでも・・私は・叶わないでしょう。・・何も覚えていないのですから・・・。それでも、恐怖と・悲しみだけは・・・染み付いているのです」
そうですか、と男の人は言った。
「君の名は?」
私は黙って首を横に振った。
「何も、覚えていないのです。家族の有無も。故郷の景色も」
そう、と男の人は言った。
「ならば、私の弟子の一人になりませんか?」
「弟子?何のです?」
「魔術です。私は魔術師なのです。そういえば、自己紹介がまだでしたね。ここはリザルト魔術国のアルトロ山。私は数ある魔術師の一人、リョクと言います」
リョク、さん?と私が言うと、リョクはフフッと笑った。
「君は今日から私の弟子なのですよ?」
「あっ」
私は体を小さくした。弟子なんだから、師匠は先生、と呼ぶことになる。
「先生、私はこれからどうすれば?」
「そうですね、私の家の一室で寝泊りして、君は一番下の弟子となるので主に掃除ですかね」
「掃除、ですか?魔術を学ぶことは不可能では?」
「それは後で説明しますよ。君の名でも決めてしまいましょうか。そうだな・・・」
と言って先生は私を頭から足の先まで観察するように見た。
「うん、決めた。シュレン、なんてどう?ちょっと男っぽいですが、その珍しい瞳孔の色にあっていると思いますよ」
「そう、ですね」
私は一瞬戸惑ったが、名前なんかをどうこう言うつもりはない。
「シュレン、ついてきてください、とは言えませんね。まだ応急処置くらいしかできていませんから。」
と言うと先生は私を抱き上げた。
「この方がいいですよね」
そう言ってどう行ったのかわからないけど、すぐに先生の家についたのは覚えている。もし、先生が私を助けなければ、この国はもっと平和だったのかもしれない。