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白々しき世界  作者: 美亜ナリヤ
第1章 混ざらぬ白
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白昼の日常

「――鈴蘭?」

 春の陽気な太陽が南の空で燦々と輝き、地上をほの温かく照らすお昼時。

 僕は無駄にだだっ広い、大学キャンパス内の広場のど真ん中で一人突っ立っていた。

 周囲では学生連中がベンチに腰掛け、それぞれ大学生協で購入したパンやら弁当やらを頬張り、賑やかに歓談している。仲のいい友達グループもいれば、カップルと思しき男女の姿も窺える。

 そんな活況に包まれた空間の中心で、ぽつねんと立ち呆けている僕はさぞや間抜けに見えるだろう。

「鈴蘭?」

 再び、僕はその名を呼んだ。

 そして首を巡らし周囲を探す。うんともすんとも言わない。

 恐らく近くにはいないのだろう。

 ったく、どこに行ったんだアイツは。心の中で一人ごちる。

 ついさっきまでは一緒にいたのだ。まだそこまで離れていないだろう。

 はぁ、と溜息を漏らしつつ、渋々探し始めた。

 

 それにしても、アイツのマイペースっぷりには本当にうんざりする。

 こちらのことなどお構いなしに、すぐにふらりと何処かへ行ってしまうのだ。好奇心が旺盛なのは構わないが、それでも多少は他人に合わせると言うことを覚えて欲しい。

 すれ違う学生と肩をぶつけないように気を付けながら広場内を適当に歩き回る。

 すぐに見つかればいいが……。

 ただでさえちっこい体をしているのだ。加えてちょこまかとすばしっこく動き回る。更にその上、ひどく気まぐれで行き先など、てんで予想が付かない。

 鬼ごっことかくれんぼを一緒にやってるようなものだ。

 いい歳して自分は何やっているのだろう、と思わず苦笑してしまう。

 

 一度足を止め、周囲をぐるりと見渡してみる。

 大学構内には数々の樹木が植えられているせいか、日光を浴びた新緑の眩しさが目に付いた。この大学構内は、学校側の方針で多くの木々を植えられている。植えるのは専らボランティアの学生。この前も、大学のホームページで植樹のボランティアを募る広告を見た気がする。

 僕自身、自然をこよなく愛しているとか、自然と触れ合うことに喜びを見出すとか、そういう趣味を持ち合わせていないからそれに参加したことはない。しかし、自然も眺めるだけなら悪くないな、とふと思った。

 広場の端の方にある散歩道には、道に沿ってソメイヨシノやシダレザクラが並んでいる。今となっては満開とは程遠い葉桜の状態ではあるが、緑に混じって覗ける桃色はどことなく愛らしい。

 広場中央にそそり立つ巨大なクスノキもなかなかに立派だ。めいっぱい横に広げた枝から茂る葉が陽射しを隠し、木陰は実に涼しげで心地よさそうだ。

 探すのを止めて昼寝でもしようかな、と軽く誘惑される。

 探したところでどうせすぐには見つからない。待っていれば勝手に向こうから戻ってくるだろう。だったら、気の済むまでアイツの好きにさせて、僕はのんびりさせてもらうのも悪くない。

 

 そう思った矢先。

 リン、と鈴の音が雑踏の音の中でかすかに聴こえた。


 ゆっくりと背後を振り返る。

 

 リン。

 鈴の音がまた鳴る。先ほどより近い。


「……鈴蘭」

 僕が名を呼ぶと再び、リン、と彼女は返事に代えて澄んだな音色を響かせた。


 僕は音のした方を凝視した。行き交う人々の間から、その白い影がちらりと見えた。

 こちらの方に歩いてくる。

 人の足の間を縫うように器用に歩く、その小さな体躯が次第に露わになってきた。

 陽射しを浴びて光沢を放つ、その柔らかな白毛がふんわり弾む。気品のある整った顔は涼しげで、大きく円らな瞳は喜色を帯びていた。


 そうして鈴蘭――、一匹の白猫が群衆の中から飛び出してきた。

 僕のすぐ足もとまでたどり着くと、リン、と最後に鳴らして立ち止った。


 白猫は僕の顔を見上げる。まるで人間の少女のように悪戯な笑みを湛えて。


「勝手に消えるなよ」

 嘆息交じりにたしなめる。しかし鈴蘭は、どこ吹く風と僕の言葉には全く耳を貸すつもりはないようで、上機嫌そうな表情を崩さない。

 何故彼女はこれほど嬉しそうにしているのか。

 それは彼女が今、口に咥えている物に大いに関係ありそうだ。

 それはネックレスだった。鏡のように日光をまばゆく反射する銀製のチェーン、そしてその先にはかなり複雑な意匠が施された十字架が提げられている。丁度中央に飾られている赤色の石はルビーだろうか。ぱっと見ではそれは分からないが、それでもけっこう値の張りそうなアクセサリーだ。

「……なにそれ?」

 僕がそれを指差し、彼女に訊ねた。

 すると、彼女はコクンと軽く頷いた。いや、頷かれても……。

「まさかお前、誰かから盗んだんじゃ――」

 僕がいい終わるより先に、鈴蘭は僕のつま先をその前脚で叩く。靴越しなので全然痛くはないが、今の僕の発言に不服があるようだ。

「違うの?」

 そう問いかけたが、彼女の鋭い眼光に思わず射竦められる。『なんでこの私が、そのような卑劣なことをしなくてはいけないの?』とでも言いたげな、高飛車な表情だ。

「まぁ、盗んできた訳ではないんだな。それは分かった。だったら、それはどこで見つけた?」

 僕の言葉に鈴蘭は明後日の方向に突然顔を向けた。とりあえず僕も彼女と同じ方を見る。

 彼女が先ほど歩いてきた方向だ。

 やがて彼女は顔を正面に戻し、口に咥えたネックレスをそっと地面に置いた。それから、十歩後退した。かと思えば、逆再生するかのように今後ろに進んだ道を今度は前に向かって歩き出した。

 一体何をしているのだろうと思いながら観察していると、アクセサリーまであとほんの二、三歩程度の所まで近づいた時、彼女は唐突に瞳を星のようにキラキラ輝かせて、目にも止まらぬ速さでネックレスを口で咥え上げた。

 その後の表情はとろん蕩けるような恍惚に染まっていた。

 しばらくして、ぴたりと蕩けるような表情を止めた。くりっと丸い瞳で僕と向き合う。そして、『ねっ』と首を小さく傾げて見せた。

「……つまり、向こうで拾ったんだな、それ」

 それを伝えるために演技でその状況を再現してくれるとは、随分と芸の細かいことをやってくれるものだ。

「よし、大学の事務室に届けよう」

 僕のこの言葉に、またしても鋭い猫パンチがつま先に繰り出された。『なんでやねん!』とツッコミの副音声が脳内で流れた。

「……大学構内での拾得物は事務室に届けるものなの。かなり高そうだし、落とした人が今頃探してるだろ?」

 僕の説得など無視して、鈴蘭はタタッとすばしっこく走り出した。再び群衆の中に姿をくらます。

 ……やれやれ、またかくれ鬼ごっこの再開ですか。


 心の中で悪態をつきつつ、僕は鈴蘭の後を追った。

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