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第8章:共有の崩壊と、二人の地平線 第36話:泥濘(でいねい)の円舞曲(ワルツ)

佐藤の前に立ちはだかるのは、ガクをはじめとする村の屈強な若者たち。

彼らは「共有」という秩序を信奉し、その価値観を守るためなら暴力すら神聖な儀式と化す。


裸足で泥を踏みしめる姿は、まるでこの土地そのものが彼らの肉体を育てたかのような、自然と同化した迫力を帯びていた。


「佐藤くん、君はまだ分かっていない」


ガクの声は雷鳴に負けぬほど太く、湿った空気を震わせる。


「独占とは孤独だ。分かち合うことでしか得られない悦びが、この村にはあるんだよ」


ガクが泥を蹴り、しなやかな身のこなしで宙を舞った。


その動きには、都会のジムで鍛えた筋肉とは違う、農作業とカポエイラで培われた、野生動物のような無駄のない力強さがある。

跳躍の軌跡は雨粒を弾き、まるで雷光の一部が人の形を取ったかのようだった。


佐藤は、リンから教わった変則的なステップでそれを受け流す。

だが泥は容赦なく足を取る。


踏み込むたびにぬかるみが吸い寄せ、体力がじわじわと削られていく。

呼吸は荒れ、視界の端で村の男たちが輪を広げていくのが見えた。


彼らの目は、もはや人間を眺めるものではなかった。

獲物を前にした捕食者の光。


この決闘は神聖なエンターテインメントであり、佐藤が敗北した後に待つ「ワカハの共有」という至福の時間への前座に過ぎない。

その期待が、湿った空気の中でねっとりとした熱を帯びて漂う。


「……はぁ、はぁ……っ!」


佐藤は泥まみれになりながらも、再び構えた。

腕は震え、指先は冷え、しかし胸の奥には燃えるような熱があった。


「独占が孤独だとしても、僕は選ぶ。


誰かと薄めた愛を分け合うより、たった一人を壊れるほど愛する方を!」


その言葉は雷鳴よりも鋭く、広場の空気を切り裂いた。

男たちのざわめきが一瞬止まり、アタバキのリズムすら乱れる。


佐藤の背後、広場の中央に座らされたワカハが、雨に濡れて透けた白衣びゃくえを震わせていた。

肩にかかる黒髪は雨で重くなり、頬に貼りつき、彼女の表情をより生々しく際立たせる。


その瞳は佐藤だけを見つめている。


そこに宿るのは、神の所有物としての諦念ではない。

一人の男を案じる、かつてないほど生々しい「女」の熱だった。


雨粒が彼女の睫毛に溜まり、震え、落ちるたび、佐藤の胸の奥で何かが強く脈打つ。


雷鳴が再び空を裂き、泥の匂いが濃くなる。

佐藤は足を踏みしめ、泥の抵抗を力に変えるようにして前へ進む。


「荒ぶる風 泥にまみれて 狂えども

 君が瞳の のみをしるべに」


その短歌は、嵐の中でひときわ静かに、しかし確かに響いた。

ワカハの瞳が揺れ、彼女の胸元が震え、村の男たちの熱狂が一瞬だけ薄れた。


嵐の中心で、佐藤とワカハの視線が交わる。

その瞬間、村の秩序も、共有の掟も、雷鳴すらも――二人の間にある熱を消すことはできなかった。

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