第4話:朝起こしてくれる美少女、普通に不法侵入。
「……きて。起きてください」
耳元で鈴の様な声がする。美少女に起こしてもらおうかとゲーム内音声を加工したような声。そんなオタク末期症状みたいな目覚ましを買った覚えはないのだが。
「はやく起きてくれないと、み・ぞ・お・ち、やっちゃいます♡」
「ああああああああああ!!!!」
鳩尾という単語に体が死を感じて覚醒する。
「生天目さん、起きましたね」
「あ、八咫野……どっちの?」
「氷織ですよ。ちょっと灯里を真似してみました」
「……そ、そうか」
夏が近づき薄くした布団をぐちゃっとして、俺は昨日綺麗にした自室で起床を……。あれ。
「なんでここにいる?」
「なんでって、起こしに来たんですよ。生天目さんには遅刻してもらっては困るので。1時間目体育ですし」
「そうじゃなく、……どうやって?」
「合鍵屋さんに頼むと、一時間でできるそうです」
主語のない文章が殊更背中に悪寒を感じさせる。つまりは昨日、俺が掃除していた数時間で鍵を見つけて合鍵屋さんに注文、がてら夕食の買い出し、調理。
……ってなんだこの段取りの鬼は。灯里には暴力的な恐怖を抱いていたが、真に怖いのは氷織の方かもしれない。
「てか、起こしに来たってなんだよ。今まだ……あれ、6時?」
「ちょうどいい時間ですね」
「はっやいな! 俺いつも8時に家出るのに……」
「だからいつも遅刻ギリギリなんですか? だめですよ、遅刻は」
説教っぽく言って、そのまま立ち上がって部屋を出ようとする。
「早く支度しないと、冷めちゃいますよ」
**
昨日と同じくテーブルについた。朝食らしくいい具合の焼き加減のトースト、ふるふるなスクランブルエッグ。隣にウィンナー、コンソメスープ。洋の充実した食品たち。昨日全部買ってきたのか。
「……わお。至福の朝」
「ええ。ですから、ハイ」
と、掌が差し出される。
「……?」
「昨日と今日のお料理、私が立て替えましたので、催促です」
「……」
なんだろうか。この氷織という人物、おどおどしてそうな感じに相反して俺にだけあたりがめちゃ強いのだが。灯里の色が強すぎないか?
とりあえず財布の、父親からの仕送り分料金を支払う。それが済むとニコリと笑う氷織。
「それともう一つ、確認したいことがあります」
「なんだ」
「催眠アプリについてです。生天目さんは私たちに協力してくれますが、同時に危険さを確認したいので」
そういえば俺も詳しくは見てなかったと気付き、スマホでアプリを立ち上げる。
画面中央部にでかでかとハートのマーク。それと、あとは左下に薄くハテナマークがあるのみ。ヘルプだろうとあたりをつけて押してみる。
————催眠アプリ使い方————
1,催眠をかけたい相手にのみこの画面を見せましょう。
・一度に催眠出来るのは一人まで。もう一人に催眠をかけたら、最初の人は催眠が解けます。
2,相手の意識がトロンとする催眠待機状態になったら、命令をしましょう。
・感情を植え付けることはできません。
3,催眠アプリを、アンインストールしないでください。
・催眠は、催眠アプリの所持者しかできません。催眠アプリを消してしまうと、催眠ができなくなってしまいます。大事に使いましょう。
・また、催眠アプリ所有者が関与した、また所有者が本当にしたいことでないと催眠は発動しません。
————————————————
「意外に制限がありますね」
「感情操作がないとか、作者は催眠アプリの醍醐味を殺してるだろ」
「……生天目さん? 何をおっしゃっているんですか?」
「まあそれはそれとしてだ。今のままだと、毎回アプリを見せるのはなんだか面倒くさいんだよな」
「でしたら、何かキーアクションを新しいスイッチにするのはどうでしょう」
「おー。……じゃあ、氷織が『灯里に代われ』って宣言をスイッチにすればいいのか……。あれ、そうしたら俺の存在意義なくなる?」
「そうですね。さようなら!」
「せいせいしてそうだなオイ」
まあ、いいかと、さっき言った通りの催眠をかけてみる。
「んじゃ、やって見ろ」
「はい。『灯里に代われ』!」
氷織の不器用な意気込んだ声が部屋に反響する。俺はそれをよそに、トーストをいただく。焼き目も完璧だ。うん……。
突如肩をめっちゃ揺さぶられる。
「生天目さん! なんか代わらないです!」
「ふぁっふぇ! いわふっへう!(待って! いま食ってる!)」
精一杯咀嚼しながら催眠アプリのヘルプを確認する。そのなかで、最後の一文が変な雰囲気を醸し出している。『また、催眠アプリ所有者が関与した、また所有者が本当にしたいことでないと催眠は発動しません。』と。
それを氷織に指差してみれば、彼女も渋い顔になる。
「となると、主語か目的語に生天目さんがいないといけないんですね」
「声を出すのもバレそうだし、近づく時間が多くてもダメだなー」
「私に触れるというのは」
「もう少し、入れ替わるためにしか使わないように限定するか。だからそうだな……デコピンとかどうだ」
昨日はさんざん鳩尾を灯里に踏まれた身。これくらいの仕返しがしたい。半ばふざけた提案だったのだが……。
「いいですね、それ。何より一瞬ですし、誰もいなければすれ違いざまでできます」
「……マジで?」
「それでは生天目さん。どうぞ」
アプリでそうセッティングするや否や、氷織は近づいておでこを差し出す。なんだか小動物みたいだと思えてしまう。それになんか、すっげえいい匂いもしてくる。
八咫野にデコピンすんのかぁ……。ちょっと気が引けるな。灯里になら遠慮なしで行けるのに。
「……あの、早くしてください。焦らされると、困ります」
「ッ」
困る、とは怖くて身構えてしまうという意味だろうに、氷織のような庇護欲もそそるやつが言うと、何やらダメージになる。雑念を振り切るために、彼女のおでこの前で指の力をためる。
ぺしっ。
「あたっ」
その仰け反りの後、人が代わったように目付き野性味を帯びる。
「あんたマジで。いい趣味してるわねー」
灯里が俺を殴らんと振りかぶる。
「……」
ぺしっ。
「あうっ! 酷いです!」
今度はおでこを抑える美少女。痛々しく目元に涙を残す彼女はとても加虐心をそそり……一瞬ドキッとしてしまう。いやいや良くないな。氷織のままでいられると、俺がどうにかなりそうだ。
ぺしっ。
「遊ぶなっ!」
ぺしっ。ぺしっ。ぺしっ。ぺしっ。
「ひどいっ!」「殺す!」「痛いです!」「殺す!」
「……おもしろー」
スイッチが簡単すぎて遊びがいが出てきたな。デコピン、我ながら妙案だったようだ。それに目の前の少女に炎のオーラがあるように見え……。
「…………おいお前。あたしの時だけデコピン強くなかったか?」
胸ぐらを掴まれる。あ、灯里に切り替わったままか。
「……ソンナコトハナイサ」
「殺されたい?」
……かくなる上は。
「おっと。デコピンはなしよ」
おでこに伸ばそうとした腕を思いっきり引っぱたかれた。そして震える拳が翳される。
「言っておくけど。あんたはあたしたちの協力者であって、そんで道具なんだから。思い上がんないでよ」
すごい目つきで凄まれる。
うーーーーん。関わるやつ間違えたかも。
頭蓋骨への衝撃を浴びながら思った。




