怪獣ブースカとゆかいな仲間たち −1
順番的には「長男の高校入試」だけれど、若干飽きて疲れてきたので私的な癒しタイムで。
忘れられない、叶う事ならワンモアタイムな子ども達の小さな頃のお話を。ええ、もう思う存分。
もう面倒臭いので都市名とかも書いちゃおう。知ってる人が読むとも思えないし。
長男イチーチが生まれてちょうど一年という時、住んでいた新潟市から夫の転勤で福島県の会津若松市へ異動。
夫は公務員で2〜3年毎転勤があるのだが、独身ならともかく家族連れには結構厳しい。正式に辞令が出るまでは「転勤ありそう」という匂わせ。内示が出るのは3月半ばでそこから引越しの手配なのだが、異動先の官舎の部屋はそこの住人が引っ越して空いてからでないと入れない。みんな一緒のタイミングで動くから引越し業者は大渋滞で、予約の電話も「日程が確定してからお問い合わせ下さい」と断られちゃう。分かるけど。しょうがないじゃん、先住の人も異動先の連絡待ちだってんだからさ。四月一日か二日だよ!毎回そんな感じ。
独り身なら可能な自力引越しも「家族」になったらちょっと無理。「公務員だもの、引越し費用は出して貰えるんでしょう。」と散々言われた。そんなわけない。
当時は上限が決まっていて、夫婦+赤ちゃんだけの荷物でもカバーできたのは7割程度。子どもは増え成長し、荷物は増える。引越しはいつも繁忙期。最後の引越しはうん十万を超えカバーされたのは半分くらい。なんか今は全額出るらしいので是非引っ越したいのだが、もう夫が定年だ。あ、あと「シーズンオフのめっちゃ安い引越し」も憧れている。
会津若松市。白虎隊、鶴ヶ城、NHK大河ドラマ「八重の桜」で知られる情緒豊かな街。
晴れた日はイチーチとお散歩に出ては、行く先々でお爺さんお婆さんからおやつをいただいたりしていた。
暫く三人家族を楽しんで、翌年次男ニーニー誕生。
赤ん坊は赤ん坊の可愛さがあるが、イマイチ人間味が薄いので巻きでいく。
長男3歳、次男1歳になる(気分的には)春のはじめ。
お寺さん経営の幼稚園を決めて、一日体験入園で「イチーチ君字が読めるなんてスゴーイ」と褒められた長男が舞い上がっていたある日、仕事中の夫から電話がきた。
「転勤になりそう。とりあえず今はそれだけ。」勤務中だから詳細は帰宅後なのね、と待ってみた。
「いや、まだそれっぽいとしか分からん。」と帰宅した夫。なんで電話した?と思ったが夫は逐次連絡の人。
その後、とにかく転勤は間違い無いという所で幼稚園をキャンセル。申し込んであった制服等一式をどうしよう、と青くなったが
「急な転勤たいへんですね。イチーチ君が来られないのは残念ですけど、申し込まれてた用品はキャンセルで大丈夫ですよ。」天使か。
3月半ば。またしても勤務中の夫から電話が。
「ジャジャーン、転勤先が決定!新潟県の南魚沼市でーす。官舎の住所は後で送る(FAX)。」
住所を確認したら幼稚園探し。幸いにも官舎の徒歩5分に幼稚園があり、ホームページを見たところ良さそうだったので問い合わせ、入園決定。
色々端折って南魚沼市での新生活。
南魚沼の魚沼は「魚沼産コシヒカリ」の魚沼。新潟県中越地方(縦方向は真ん中よりちょい下で海岸線と反対側の県境寄り。つまり山寄り)にある。平成の大合併で、南魚沼郡の六日町と大和町が合併して誕生。いわゆる中心市街地が旧六日町。
どんな所?と聞かれれば、「山が高い!近い!」いや、純粋に高いかと言われればそんなでもないんだろうけども、こちとら「どこまで田んぼ?」な越後平野育ち。目前にスカイツリー級の山は、なんかいつ見ても「スキーに来ました」な気分で上がる。
幼稚園の制服は麦わら帽子(冬季は自由)とセーラージャケット、リュック。体操着。私服の上にジャケットを着れば良いだけだったので楽だった。毎朝9時にベビーカーに乗せたニーニーを連れてお兄ちゃんを幼稚園へ送り、午後2時にまた同じように迎えに行く。帰ったきたらおやつを食べて、パズルをやったり遊んだり。大体そんな感じの毎日。
長男は喋り出したのも早かった。幼稚園に入る前からベラベラ喋っていたが、この頃になると理解力も格段に上がり、ついついこちらも面白くなってしまう。
あれは実家にお泊まりした時だったか、こちらに合わせて遊びに来ていた姉がお風呂上がりのイチーチに保湿剤(子ども達はみんな軽度のアトピー性皮膚炎で、朝晩全身に保湿剤を塗っている)を塗りながら、お臍を指差して
「イチーチ、これなーんだ?」
「おへそだよ。知らないの?」
「違うよ。シジミだよ。」とんでもない事を言い出す姉。
「何いってんのー、そんなわけないじゃん」流石に騙されない長男。
「へえ。じゃあママに聞いてみれば?」と姉。ナニー?!だが応えて見せようではないか。
「イチーチ。ずっと内緒にしてたけど、聞く?」まだちょっと余裕な顔で頷く長男に
「あのね、イチーチが生まれたときね、おへそが無かったの。別に無くても良いかなって思ったんだけど、やっぱり何にも無いと寂しい感じがしてさ。ちょっとでもお臍に似た感じの方が良いかと思ってシジミを埋め込んだの。」
「え、あの、今日のお味噌汁の?シジミ?」
「うん。今日食べたのじゃないシジミ」
「やだよ、ボク、シジミじゃやだよ。みんなとおんなじおへそがいいよー!」泣き出す長男。
母に怒られる姉妹、三十路も半ば。なんか振られたから乗っちゃったけど、コレは如何なものかと私も思った。
長男にはきちんと訂正してお詫びもしておいた。
子どもはみんな恐竜が好き。ニーニーも2歳くらいになると、あまり喋らないけど意思の疎通はできるようになり、やはり恐竜の虜。そして「恐竜が好き」と聞けばオートで恐竜関連のものが集まって来る。私の弟にもニーニーと同い年の長男が生まれたが、彼らは静岡県浜松市在住。ちょっとやそっとじゃ会えないので貢ぎ物は我が子に集中するのだ。
ある日、乗り物図鑑を開いた長男が言った。
「ママって昭和時代に生まれたんでしょう?汽車走ってた?」
「走ってない。電車だった。」ここで恐竜図鑑を眺める次男を目にしてしまったのが敗因。
「汽車はもう絶滅してたけどね。じいちゃんちの近くに山あるじゃん、あの奥に行くと『恐竜注意!』の看板があってね、なんか時々被害があるらしいよ。」
「えー!」二人驚愕。大層喜ばれたが、後日実家で長男が得意げに話して発覚。母に怒られた。
ブースカに行き着けなかった。




