お兄ちゃん達の附属中ライフ〜高校受験をざっくり
再び受験。でも上の二人は同じ中学校で似たルートなので個別にしないでまとめちゃおうと思います。正直どっちがどっちだっけ?と記憶が混ぜこぜな所もあるんじゃないかと。
長男の附属中学校入学式で驚いたのは、「ちっちゃい子が多い」。と言うのも、我が家はみんなとても小さい(何かエコなんじゃないかと思っている)のだが、引っ越して来る前にいた湯沢町(上越新幹線『越後湯沢駅』の湯沢。川端康成の『雪国』の舞台。南魚沼市の近くだけど、こっちは『南アルプスのリゾートタウン』と謳っちゃう位、ぐるり本気の山。)の小学校は周りの子はみんな大きくて、わちゃわちゃしてても一目で我が子が発見出来るくらいにその小ささで目立っていたのだ。なのにここでは、「なかなか発見できなーい!」という新鮮な驚き。何かちょっと嬉しいな。
「いるとこにはいるんじゃん」などと喜んでいたが、たまたまその年はそーだっただけ。次男の時は普通に目立ってすぐ見つけた。可愛いしね。
附属中では殆ど宿題らしい宿題が無い。生徒の自主性を重んじてらしい。
やたらと自分達で中長期の目標を設定して、達成の為の条件を立てて、経過を検証して・・みたいな事をやってたっぽい。体育祭とか合唱コンだか音楽祭とかの学校行事も全部生徒運営。
体育祭は見ていて面白かった。進行も生徒で、競技準備などのお手伝い的なものには保護者ボランティアが多少いたかな。協力しないと進まない終わらないで、「生徒一丸となって」ってこーゆーことか、と感心させられた。しかし皆が一生懸命ゆえに競技上でトラブルがあると、長い。本部に持ち込んでもみんな生徒なので誰も折れない。「何でもいーから早くしろよ」的な雰囲気の勢力もいない。何か微笑ましいねえ、と夫と話したのを覚えている。
宿題は無いけど、やたら勉強はする。
まず毎朝「小テ(小テスト)あるから」と勉強。朝は読書タイムでずっといきたかったのに、小テストかよ。なんて思っていたら成績表に小テストの点までしっかり記載されててびっくり。舐めててすまんと反省。
中学校から上の二人に「勉強しろ」と言うことは無くなった。小学生の頃は土日は勉強しないDayで、家族で出掛けなければ[平日禁止土日限定1日3時間]のゲームに興じたり読書したりとのんびり過ごしていたのが、長男が中学生になり、次男が附属中に入ると決めた頃から休日もちょこちょこ勉強するようになった。そんなお兄ちゃん達を見て小学2〜3年生の末っ子が言い放った言葉がコレ。
「土日に勉強するやつはバカだ。」
「バカはお前だ。」すぐ言い返された。
今高校受験を前にした末っ子は土日勉強していると度々「土日に勉強するやつはバカだぞ。」と言われている。
多分一生言われるな。
長男は入学後初めのテストで10番台後半だったと思う。「すごいじゃん。だったらもうチョイ頑張って10番以内がいいなあ。カッコいいじゃん。」多分私が言ったのはこんな。そのまんまの意味で。軽〜い気持ちで言ったのだが、後年この時の事を「頑張って、僕は結構満足してたのに、もっとやれって言った」と文句を言われた。「嫌ならそう言って、やなきゃいいだけじゃん。」と、私。
しかしなんだかんだ言いながら一年の終わりには8番になっていた。
長男の部活は理科部。彼は運痴君なので運動部は厳しいと思っていたが、またモテなさそうな所攻めてきたな、と思った。天文部とか写真部と一緒で、文化部の中でも吹奏楽部や美術部とは違う雰囲気がある。そうオタクの。偏見だが。とはいえ、理科が好きで楽しく活動(附属中の部活動は総じてゆる〜い。休日は基本活動禁止だし)。当然対外試合とかは無いのだが、科学技術振興機構の「第6回科学の甲子園ジュニア全国大会」というものに参加した。県予選で残って、筑波の全国大会へ出場。本戦はテレビ放映もあり、実家の祖父母も大喜びで一回戦敗退を見守った。全国から集まった同じ年代の、興味を同じくする子達とそれはそれは楽しい時間を過ごしたようだ。しかし、この時私が考えていたのは「筑波、カッコ良くない? 筑波大→JAXA、良くない?」
多分私の年代なら「筑波学園都市」と言う響きにときめくはず。夫も「わかる」と言っていた。
長男が勉強しつつも楽しく中学校生活を送っているうちに3年になると、次男が同中に入学。次男は美術部に入部。あれ?美術部は高校だったかな。自信がなくなってきたのでここは保留で。
彼の最初のテストの結果は30番代後半。すごいじゃん、と言おうとして思い留まる。絶対「お兄ちゃんの方がすごい」とか何とか言い返してくるぞ。
「ニーニー頑張ったね。」
他にはちょっと思い付かないが物足りないので頭をぐりぐり撫でてみた。何か他にうまい褒め言葉って無いかな。
次男は長男に引っ張られて伸びた所も多いが、不必要な影響も受けている。と思う。この頃までは見ていてもさして勉強するのが好きそうには見えなかったし、私も夫もそれについては別に気にしていなかった。それが普通よね、くらい。勉強は必要最低限にして、好きな絵を描いたり友達と遊びに行ったり、何か新しいことにチャレンジしてみたり、とにかく色々な経験をするのがいいと思うよ。と言葉にし色々勧めたりしたが、何故か段々勉強一本槍に。
もうちょっと年が離れていたら、もっと伸び伸び自分の好きなようにできたのだろうか。そう考えるともっと年の離れた末っ子を思い出して、それはそれでどうなんだろうとも思う。
中学校に入ると本格的に英語が始まる。Z会の教材に英語は勿論あったが、私は必要無しとしてやらせなかった。図書の購入やZ会の費用は私のアルバイトで賄っているのでちょっとケチった部分もある。二人とも小学校の頃から国語が苦手だったので、当然のように「英語がイヤだ」と言っていた。が、ガリガリ勉強しているうちに分かってきたら面白がるようになり、今は帰省すると二人でネトフリの英語作品を字幕無しでウヒウヒ笑いながら観ている。そんな姿を見ると、勉強させて良かったなあと思う。
3年になった長男は学年順位1〜2位を彷徨う。
個人面談、三者面談を重ねて志望校は県高に決まった。
私が中学生の時は2年生からちらほら模試やら学力テストやら、校内のではない業者のテストがあった。志望校順位とかが出るやつ。そういうものだと思っていたら、今はそういうのはやってないのだそうだ。えぇ?不安。しかしそう告げると、先生が分厚いファイルを見ながら言う。
「イチーチ君の今の時点の成績で不合格だった子が一人いますね。もっと低い点で合格した子も何人もいます。」
へー。校内テストのデータで見るのかー。やっぱり何かちょっと不安だな。みんなそれで大丈夫なのか?と思ってちょっと聞いてみたら、みんな塾行ってるからもっと色々情報があるらしい。なるほど。
仕方がないのかもしれないけど。「塾ありき」みたいになると、経済的に余裕が無かったり親が教育に関心を持たなかったりする家の子には著しく不利だな。そうしてその子の子供はもっと不利に。格差広がるじゃん。そういえば、附属に入って思った。周りがリッチ。お医者さんとか弁護士さんとか、やたらいる。
小さい頃から官舎を転々としてきた長男と次男の憧れは一戸建。
「じーちゃんとばーちゃんのお家みたいな、一個の玄関で一つの家族が住んでいるお家がいいなあ。」と、戸建という言葉を知らないなりに表現していた彼らの夢は中学高で大きく膨らみ、ある日しょんぼり言った。
「僕3階建の家が夢だったのに、友達の家結構普通に3階建だった。」
「そっかー。分かる。不甲斐ない両親ですまん。でもママはちっちゃいお家で楽しいよ。大人になったらガツンと稼いで豪邸建てればいいじゃん。」多分響かなかった。
物理的に引き篭もれないの、結構良いと思うんだけど。まあ、個室が欲しい気持ちも分かる。
こう言っては何だが、特に何も盛り上がる事なく長男が県高の理数科に合格。
次男が中学1年の冬あたりからコロナ禍に突入。長男の修学旅行は台湾だったのに、次男の学年は旅行先が二転三転。結局ちょっと前まで住んでた県内の町など何ヵ所か回ることになった。他の学校行事も軒並み縮小されて、勿論長男の入った高校でも同じような状況で。必要な制限とはいえ、この時期の子供達には残念な事だった。
次男は「僕ガリ勉」と自分で言うだけあって、ガリガリ勉強。奴の周りの消しカスが酷い。
ジワジワと成績を上げ、3年時には10番台だったと思う。彼も県高の理数科に合格した。




