表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

イモリ

作者: 月ちゃん
掲載日:2026/01/05


 「イモリ」  作:月ちゃん



 呪いはある種の思念であり、空間を超え、あるいは物体に宿っることによって人に作用する。多くの現代人はこれを非科学的だと切り捨てる。確かに呪いの実在を科学で証明することはできない。だが、この宇宙の全てのことわりを論理的に説明することが不可能だということは、90年前にゲーデルによって証明されてしまった。そして現代、我々は、我々が認識しうるこの世界に科学では太刀打ちのできない未解決問題、すなわちハード・プロブレムが存在することを知っている。さらに、人類が認識できる領域の外には、認識の及ばない不可侵領域が存在する可能性すらあるのだ。人類が科学で説明できる領域など、砂漠の中の一粒の砂に過ぎない。



 アパートのトイレで若い男性の遺体が発見された。検死の結果、死因は栄養失調による多臓器不全とされた。だが、普通に暮らしていた健康な人間が栄養失調に陥ること自体があまりに不自然だった。この一件には他にも、いくつかの不可解な特異性があった。一つは、1年半前にも同じアパートの同じ部屋で男性が死んでいることだった。男性はトイレで首を吊っていた。その身体は極端に痩せ細り、体重は34Kgしかなかった。後にこの二人が高校の同級生であったことが判明している。もう一つは、寝室の天井と壁に残された謎の赤い線だ。それは赤いマジックで手書きされた幅5㎝ほどの線で、ほぼ2㎝の間隔で31本、天井の中央付近から壁の真ん中あたりまで連続的に続いていた。これが何のためにつけられたものなのか、推理できる者は誰もいなかった……。



 俺は大学を卒業し、渋谷にある小さなソフトウエア会社に入社が決まった。アパートを探していると高校時代の友達からその不動産会社を紹介された。勧められたそのアパートの部屋は、勤め先に電車で一駅の場所にあり、築20年の割には綺麗だった。1DKの部屋は一人暮らしには十分の広さだし、何より、光熱費込みで7万は破格と言ってよかった。下見の時、唯一気になったのは、トイレを開けたときにほんの瞬間だけ感じとった異臭だった。それは、汚物の臭いとは明らかに違う、今まで経験したことのない臭いだった。


 アパートで独り暮らしを始め、ようやく仕事にも慣れた頃からだった。その頃から俺はその部屋に違和感を感じ始めていた。最初に気づいたのは、天井の染みだった。その部屋の天井の中央付近、室内灯のすぐ横にアンパンほどの大きさの薄墨でつけたような染みがあったのだ。それまで気が付かなかったのが不思議に思えた。形は蜥蜴とかげかイモリに似ていなくもなかったが、それにしては手足が短かかった。大家に確認すると、そんな染みは以前は無かったはずだという返事だった。だが、天井裏に元々あった何か油性のものが、長い間に少しづつ滲み込んで出てくることはたまにあるのだという。少し気味悪くはあったが、実害はなかったから、次第に俺はその存在を意識しないようになっていた。次に気づいたのは、クローゼットの奥に吊るされていた一着のパーカーだ。男ものなのか女物なのかはわからなかったが、色は灰色でサイズはMくらいだった。ある程度着古された物らしく袖が少しほつれ、首のタグに「MM」と手書きされていた。イニシャルだろうか?前の住人が忘れていったのだろうと思い、これも大家に確認すると、引っ越していった男性に連絡が取れないのでわからないと言われた。俺は処分しようか迷ったが、大家がそのうち引き取りに来ると言うので、外に出して壁のフックに吊るしておくことにした。自分の服と一緒にクローゼットに入れておくことが何となく嫌だったからだ。そして、3つ目はつい最近の出来事だが、ある意味、これが一番精神的にダメージがあった。洗面所の排水が詰まったので、たまたまあった針金の先を曲げて排水溝から引っ張り出してみると、人の髪の毛が片手に乗らないほども出てきたのだ。しかもそれは長く、明らかに女性の髪のように見えた。先住者は若い男性だと聞いていた。どうしても気になって、これも大家に訊いてみると、彼は長髪ではなかったという。俺はそのとき初めて背筋に冷たいものを感じた。


 俺はときどき悪夢を見る様になっていた。それはこんな夢だ。俺は寝苦しさに目を覚まし、部屋の中に何かが潜んでいる感覚に怯える。身体は指一本動かすことができない。視界に入るのは薄暗い天井だけだ。俺はぼんやりと見えるその黒い染みを見つめる。そして、それが微かに蠢いていることに気づき驚愕する。それは短い脚を動かして天井を這うようにゆっくりと移動し、壁を降り、俺のすぐ横の空間に煤の塊の様な真っ黒な塊となって実体化する。そいつは、俺の顔に頭を屈め、ゆっくりと手を伸ばしてくる。そいつが俺の身体を求めているのがわかる。そいつの手が俺の口をこじ開け、頭を入れようとしてくる。俺はあらん限りの声を絞り出して叫ぶ。自ら発したその声が俺を夢から目覚めさせる。そして、荒い息をしながら、おびただしい脂汗を噴き出している自分に気付くのだ。



 丁度その頃、高校時代の級友から同級会の誘いがあった。俺はなんとなく気乗りがしなかったが、是非出てほしいと懇願されると断れなかった。


 ホテルの立食会場には20人ほどの参加者が集まった。40人の学級だったからほぼ半数だ。女子の方がやや多い印象だ。


 直ぐに当時の悪友が集まった。前原、岸田、斎藤、みんな元野球部の仲間だ。当時やった数々の悪さや噂話で、俺達は散々盛り上がった。


 前原が俺の腕を叩くと言った。「お前、ちょっと痩せたんじゃねえの?何か悩みでもあんの?仕事の悩みなら先輩の俺が聞いてやってもいいぜ」


 全員地元で就職していたが、俺は1年浪人していたから、社会人としては1年先輩というわけだ。


 「偉そうに言うなよ。たかが1年じゃねえか」


 そう言うと、俺は輪を離れた。ビールがだいぶ効いてきて、トイレに行きたくなったのだ。


 会場に戻ると、一人の女子がどこか頼りない足取りで近づいてきた。背の小さな痩せた子だった。


 「ねえ、岡崎君でしょ?私のこと覚えてる?」


 彼女が微笑むと、黄色い前歯が歪んだ唇の隙間から覗いた。不思議なことに、俺はその子のことをあまり覚えていなかった。


 「御門。御門繭子よ。忘れちゃったの?あたしは岡崎君のこと覚えてるよ……」


 そう言って俺の顔に手を伸ばした。俺は嫌悪感を覚えたが、何故か身体が動かなかった。彼女の手が唇に触れたその瞬間、氷のような冷たさが伝わってきた。あまりに馴れ馴れしいその態度に、俺は戸惑い苛立った。そして何より、彼女の身体から発散する名状しがたい臭いに耐えられず、早々にそこから離れると悪友の輪に戻った。


 俺は前原に訊いてみた。「今俺に話しかけてきた、あれ。あんなのクラスに居たっけ?」


 「お前、ホントに覚えてねえの?」前原が怪訝そうにニヤケながら言った。「お前と向笠で、あいつのことよくイジメてたじゃん」


 「それがさ……あんまり覚えてないんだよな……」


 「そういやあ、お前、再生実験だとか何とか言って、あいつが世話をしていたイモリの脚を全部切っちゃたことあったよな。もしかして、それも覚えてないの?お前、その脚を御門の机の上に置いたんだぜ。結局、イモリ本体の方は死んじゃってさ……。ホント最低だよな」前原はそう言って笑った。


 俺はそれを聞きながら、ようやく思い出していた。御門繭子みかどまゆこ。小さくて痩せっぽっちで、身体をうまく動かせず、鼻に付く変な臭いを身体から発散していた。後になって、それが先天性の遺伝病のせいであることを俺は知った。クラス全員が彼女を疎ましく思っていた。彼女はクラスの中で、触れてはいけないある種の「穢れ」のような存在だった。そして、そんな繭子に、俺と向笠政明は、毎日のように嫌がらせをしていた。容姿を揶揄したり、軽くぶつかって転ばせたり、給食に虫を混ぜたり……。それは、俺達にとってストレス解消の遊びであり、日常のルーチンのようなものだった。そして、それを見て見ぬふりをしている周囲の者たちも、陰では陰湿な笑い声をあげていたのだ。担任の教員でさえ、本当は繭子にできるだけ関わりたくないと思っているのを俺は知っていた。だが、そんな彼女にも一つだけ任された役割があった。それは教室で飼っているイモリの世話をすることだった。それは国語の教科書にイモリが登場したことがきっかけで教室で飼い始めたものだった。イモリ自体も繭子が家で飼っていたものを持ってきたと記憶している。彼女が毎日甲斐甲斐しくイモリの世話をしていた姿が、俺の脳裏に残っていた。だが、俺はその時の彼女の満たされた母親のような顔を、何故か苦々しく思っていた。繭子が幸せを感じるていることが、俺には許せなかったのだ……。


 俺は会場を見回し言った。「そう言えば……向笠、今日は来てないのか?」


 皆が俺の顔を一斉に見た。その眼は普通ではなかった。


 岸田が言った。「……お前、知らなかったのか? 向笠、1年前に自殺しちゃったよ」


 俺は言葉を失った。そして、自分がそれを知らなかったという事実に少なからずショックを受けた。


 「どうして自殺なんか……」


 「その辺は俺らもよく知らないんだけど、トイレで首を吊ったらしい……」


 そう言って岸田が続けた話は、俺には信じ難かった。向笠は高校では生徒会長もやり、いつも快活で到底自殺するようなタイプの人間ではないことは俺が一番よく知っていたのだ。第一発見者はアパートの大家だった。遺体は腐乱が進んでおり、死後3週間は経っていたという。当時の向笠を知る者は少ない。近隣の住人によると、昼間はほとんど部屋にこもりきりで、夜になるとどこかに出かける生活をしていたらしい。


 俺は部屋に残されたパーカーのタグに「MM」と書かれていたのを思い出していた。


 「向笠が住んでいたアパートってどこか知らないか?」まさかと思いつつ、俺はそう口に出していた。


 「東京に住んでるって聞いたことがあったけど……住所までは……」と岸田が曖昧に答えた。


 俺は会場を見回し御門繭子の姿を探した。なぜが、彼女が何か知っているような気がした。だが、既に繭子の姿はどこを探してもなかった。女子の一団に尋ねると、少し前に帰ったという。繭子の連絡先を幹事役の杉原という女の子が教えてくれた。


 彼女は一歩俺に近づくと、声を抑えて言った。「……おせっかいかもしれないけど、あんまり関わらない方がいいよ。彼女、何だか得体の知れない宗教に入って……」


 そこまで言った杉原は、後ろから別の女子に腕を掴まれて話を止めた。


 「宗教?」俺は思わずそう訊き返していた。


 杉原の腕を掴んだ子が前に出て言った。


 「そんなにマジにならないでよ。ただの噂話よ」そう笑い飛ばすように言ってから、思わせぶりな視線を俺に投げてきた。「それにしても、岡崎君が御門さんに興味があるなんて、知らなかったなあ」


 俺はその言葉を無視するようにして、小走りに会場を出た。



 俺は教えてもらった御門繭子の携帯番号に電話を入れた。当時のことを謝りたいという気持ちがあったのと、どうしても彼女に向笠の死について聞いてみたいという気持ちを消せなかったからだった。3度目にようやく電話がつながったとき、出たのは彼女本人ではなかった。俺はその男の声に、どこかで聞いたことのあるような既視感を覚えた。男は御門繭子の父親だと名乗った。病気が進んだ繭子は、高校を卒業すると、人目を避けるようにして独り暮らしを始めたという。彼女が亡くなったのはそれから9ヶ月ほど経ってからだった。父親は「苦難に満ちた短い人生の中で、娘に友達がいたことは一度もなかった。せめて娘の苦しみを理解してくれる友達が1人でもいてくれたなら、娘の人生も違ったものになっていたかもしれない。高校生の時、飼わせてもらったイモリが、娘にとって唯一の友達であり教室の中の居場所だった」と時々声を詰まらせながら語った。彼がそのイモリを殺した犯人の名前を知らないことが救いだった。俺は同級会の席で繭子と名乗る女の子に会ったことを伝えた。その時の俺の声は、まるで自分のものとは思えないほど震えていたと思う。父親は少し間をおいてから、「自分には何も言えないが、娘がもう此の世にいないことだけは確かだ」とだけ言った。


 それから、俺は大家に電話して先住者の名前を訊いた。


 大家は記憶を手繰るようにして言った。「何だったかな……書類を見ればすぐわかるんですが……。そうそう、確か向笠、向笠政明さんて言ってました」


 嫌な汗が腋の下に流れた。向笠は死んだはずだ。前原たちは確かにそう言ったはずだ。俺は混乱した頭で必死に考えた。考えられることは2つに1つ。大家が嘘をついているか、前原たちが俺を騙しているかだ。どちらもあり得そうにないことだったが、真実はどちらか1つのはずだった。


 「その向笠って人、本当は自殺したんじゃないですか?」俺は勇気を振り絞ってそう訊いた。


 「あなた、何言ってるんですか?そんなはずないじゃないですか。転居届だってちゃんと出していったんだから。何だか気味が悪いな……頼むから変な噂だけは立てないでくださいよ」


 大家のその言葉に、嘘をついているような響きは感じ取れなかった。


 そのとき、俺は急にそれを思い出した。それは、大家が約束してまだ守られていないことだった。


 「パーカー、いつ取りに来てくれるんですか?」


 「……ああ、前の人が置いていったやつね。ゴミに出すなりなんなり、そっちで好きに処分してくれませんか」


 俺は思わず大きな声を出していた。「引き取りに来ると言ったじゃないか!」


 「そんな事言ったかな……。兎に角、こっちもそんなに暇じゃないんでね」


 そう捨て台詞を吐くと、大家は電話を切った。


 俺は壁のパーカーを掴むと、庭に出て金属のバケツの中で火を着けた。俺はそれが完全に灰になるまでそこを離れなかった。



 俺は前原に電話し、御門繭子の父親と名乗る男から聞かされたことと大家との会話を伝えた。


 前原は言った。「向笠が自殺したことは確かだ。俺達は葬式にも出たんだから間違いない。大家は事故物件になるのを恐れて隠しているのかもしれない。だが、御門繭子が死んだことは俺も知らなかった……」と。


 俺は前原に、彼もまた繭子の姿をあの会場で見ていることを確認した。


 俺は実家に戻って当時の卒業アルバムを探し出した。そこには確かに同級会のあの会場で見た「繭子」と同じ顔があった。あいつはいったい何者なんだ?幽霊だとでもいうのか?俺は繭子の指が触れた唇にそっと触った。そこには、未だに彼女の指の氷のような冷たさが残っていた。死んでいるはずの人間が生きていて、生きているはずの人間が死んでいる……。俺の中に、恐怖とそれ以上の怒りが沸き上がった。どこかにこの茶番を書いた人間がいるはずだった。だが、誰が何のためにそのシナリオを描いたのか、俺には見当もつかなかった。



 俺は、翌日、バケツの中いっぱいに髪の毛が湧いているのを見た。そして、壁にはまた元のようにパーカーがかかっていたのだ。俺は首のタグを確かめた。そこには前と同じ筆跡で「MM」と書かれていた。俺は何度もパーカーを燃やした。だが、何度燃やしても気が付くとまた同じ場所にそれは掛かっていた。そして、俺は、部屋中に、女の髪が湧いているのを見た。下水口、壁の小さな割れ目、蛇口、天井、ベッドとマットの隙間。いくら取り除いても無くならないそれは、湧いてきているとしか言いようがなかった。



 その時から、俺は少しずつ狂い始めていたのかもしれない。俺は、自分の記憶が現実なのか、それとも自分が創り出した妄想なのかわからなくなっていた。それがどんなに恐ろしいことなのか、人に説明するのは難しい。俺は、見えるはずのないものが見え、聞こえるはずのないものが聞こえるようになっていた。鏡の中に自分の背後に立つ女の影を見、街角のそこかしこでにじっと自分を見詰める視線を感じた。アパートのトイレからは何か重いものが揺れて縄が軋むような音が聞こえ、耳元で誰かが意味不明の呪文を囁いた。俺は狂気という底無しの闇に引きずり込まれようとしていた……。


 それでもその時までは、まだ俺は何とか精神が壊れる一歩手前にいたと思う。だが、俺はそのことに気づいてしまったのだ。天井の染みが毎日わずかに移動していることに。それが自分の妄想ではないことを確かめるために、俺は染みの先頭に赤いマジックで線を引いた。次の日、染みはマジックの線をわずかに超えていた。赤い線は日を追うごとに本数を増していった。理屈がつかなくても、それが事実なのだと、俺は認めざるを得なかった。そして、染みが天井から壁を伝い、そこを降り切ったとき、俺の命も尽きるのだろうと漠然と確信した。


 俺は眠ることができなくなり、水も食べ物も受け付けなくなっていた。意識が曖昧になり、


 ふと机の隅を見ると、一枚の名刺が無造作に置いてあるのに気付いた。この部屋を俺に紹介した不動産屋の名刺だった。そこには、こう名前が書かれていた。


  御門昭彦


 俺は、アパートの契約書を引っ張り出し、大家の名前を確認した。


  御門昭次


 そのとき、俺はすべてを理解した。身体が無力感と絶望に打ちひしがれ崩れ落ちた。それは俺にかけられた呪いだったのだ。俺に唯一できることは、この部屋を出ていくことだけだった。だが、俺にはそれで助かるという実感はなかった。眼の前の壁にかけられたパーカーが、風もないのに揺れているのが見えた。




 岡崎がそのアパートで死んだのは、同級会から2ヶ月ほどが経ってからだった。死因は栄養失調による多臓器不全だった。繭子のお気に入りだったあの灰色のパーカーを着て、トイレの便器に顔を突っ込むようにして死んでいたという。御門家は代々「呪殺」の秘法を受け継ぐ特殊な家系だった。その特殊な能力は女子にのみ受け継がれた。繭子が強い恨みを抱いたままこの世を去った後、その能力を「継承」すると同時に、繭子の怨念を晴らす使命を受け継いだのは妹の月子だった。月子は俺達全員にある呪いをかけたと言った。その呪いをかけられた者は食べることができなくなり、やがて痩せ細って死んでしまうという。最初の内、それを本気で信じる者は誰一人いなかった。だが、向笠政明の自殺を知った俺達は、心底恐怖し、月子の呪いの力を信じた。そして、呪いを解いてもらう代償に月子の計画に協力する契約を交わしたのだ。あの部屋に岡崎が住むように誘導したのは俺だ。俺は不動産会社を経営する繭子の父、御門昭彦を紹介した。昭彦が勧めたそのアパートの大家は、繭子の叔父の御門昭次だった。そこは、繭子が高校を出て9か月間暮らし、孤独と苦痛の中で死んでいった場所だった。同級会を計画したのも俺達のやったことだ。呪いを完成させるためには、呪われる者の身体に呪いをかける者自身が触れる必要があった。そのために、月子は繭子に成りすまして同級会に参加し、岡崎に接触したのだ。だが、これでやっと全てが終わった。俺達にかけられた呪いも解かれるはずだ。


 あの部屋の天井と壁に残されていた31本の赤い線は、分厚い塗料に塗りこめられ、今はもう見ることはできない。


<完>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ