10.死してなお、願うもの
勇者アイカによって討伐された、魔王軍四天王の一人――メイメイ。
意識が浮かび上がる。
次に目を開けたとき、そこは見覚えのない場所だった。
赤黒い空。
どこまでも続く、焼け焦げたような大地。
まるで地獄のような光景に、メイメイは眉をひそめる。
メイメイ「……ここは、どこだ?」
低くつぶやいた、そのとき。
エンマ大王「――私は、エンマ大王」
重々しい声が、空間に響いた。
振り向くと、そこには玉座に腰かけた威厳ある存在がいた。
鋭い眼光が、まっすぐにメイメイを射抜いている。
メイメイは、無言でその姿を見つめ返した。
エンマ大王「魔王軍四天王、メイメイ」
エンマ大王はゆっくりと口を開く。
エンマ大王「天国へ行くか、地獄へ落ちるか――これより裁定を下す」
その言葉と同時に、何もない空間から一冊の本が現れた。
分厚く、古びたその本には、“メイメイの人生”がすべて記されているのだという。
エンマ大王はページをめくり始めた。
静寂。
やがて――
エンマ大王「……なに?」
ぴたりと手が止まる。
次の瞬間、エンマ大王の表情がわずかに崩れた。
エンマ大王「メイメイ。お前、本当に魔族なのか?」
訝しむような視線が向けられる。
エンマ大王「生まれてこのかた、一度も生き物を殺していない……だと?」
さらにページをめくる。
エンマ大王「人間を洗脳はしているが……対象は“問題のある者”のみ……?」
エンマ大王はしばし黙り込むと、やがて深くうなずいた。
そして、手にしていたハンマーを持ち上げ――
コン、コン。
静かに机を叩く。
エンマ大王「――判決」
一拍の間。
エンマ大王「メイメイ。おめでとう」
その声には、どこか意外そうな響きが混じっていた。
エンマ大王「お前は、天国行きだ」
メイメイ「――待ってください」
天国行きを告げられた直後、メイメイは静かに口を開いた。
エンマ大王の視線が、わずかに細くなる。
メイメイ「私は……まだ、天国へは行きたくありません」
エンマ大王「ほう?」
メイメイ「生き返りたいのです」
場の空気が、わずかに揺れた。
エンマ大王「……理由を聞こう」
低く響く声に、メイメイは一瞬だけ目を伏せ――やがて、まっすぐに顔を上げた。
メイメイ「魔王様が、なぜ人間を襲うのか……それが気になってしまったのです」
エンマ大王は黙って聞いている。
メイメイ「私は死ぬ直前、魔王様の記憶の一部を見ました」
その言葉に、空気が張り詰めた。
メイメイ「そこには――人間の少女がいました」
わずかな間。
メイメイ「魔王様は、その少女に恋をしていた」
エンマ大王の眉が、ぴくりと動く。
メイメイ「それなのに、なぜ……人間を滅ぼそうとしているのか」
メイメイの声は、揺るがない。
メイメイ「それを知りたい。そして――できるなら、止めたいのです」
沈黙。
重く、深い沈黙が場を支配する。
やがて。
エンマ大王「……なんという魔族だ」
エンマ大王は、小さく息を吐いた。
エンマ大王「まるで人間のようなことを言う」
呆れとも、感心ともつかない声音だった。
しばしの思案の後――
エンマ大王「よかろう」
短く、そう告げる。
メイメイの目がわずかに見開かれた。
メイメイ「ただし、生者としてではない」
エンマ大王は指を軽く鳴らす。
パチン、と乾いた音が響いた瞬間――
メイメイの足元に、黒い穴がぽっかりと口を開けた。
エンマ大王「幽霊として、現世をさまようがいい」
重力が消えたように、体が沈む。
エンマ大王「そこで、お前の望む答えを探せ」
メイメイ「――はい」
落ちていく中で、メイメイは静かにうなずいた。
闇がすべてを飲み込む直前、その瞳には確かな意志が宿っていた。
*
――その頃。
メイメイを討ち倒した後、ナギたちは出発の準備を終えていた。
ギィス「もう、行くのか?」
見送りに立つギィスが、名残惜しそうに口を開く。
アイカ「ああ」
アイカは短くうなずいた。
その隣で、ナギが小さく首を振る。
まだ何か言いたげだったが、言葉にはしなかった。
ギィスはそんな二人を見て、ふっと鼻をこする。
ギィス「何かあったら連絡しろ」
ぶっきらぼうに言いながらも、その声には確かな気遣いが滲んでいた。
ギィス「すぐに駆けつけてやる。借りっぱなしは性に合わねぇからな」
アイカはわずかに笑みを浮かべる。
アイカ「ありがとうございます」
軽く頭を下げ――
アイカ「それじゃあ、行ってきます」
ナギと並び、二人は歩き出した。
ラララー王国の門を抜け、街道へと出る。
しばらく無言のまま進んだあと、アイカが口を開いた。
アイカ「次は、どこに行くんだ?」
ナギは迷いなく答える。
ナギ「私の“未来の記憶”だと……次はピピン王国」
淡々とした声。
ナギ「そこを支配している魔族、ハラヤの討伐になる」
アイカ「ピピン王国、か……」
アイカは空を見上げ、小さく息を吐いた。
アイカ「俺がこの世界に召喚された場所だ。久しぶりだな」
ナギ「ハラヤは――誘拐犯」
ナギの言葉は短く、冷たい。
そのときだった。
メイメイ「――お二人さん。お待ちなさい」
不意に、前方から声がかかる。
道のど真ん中。
そこに、ひとりの魔族が立っていた。
見覚えのある姿。
倒したはずの存在。
アイカ「……メイメイ?」
アイカが思わず目を見開く。
風が、静かに吹き抜けた。
アイカ「……なんで、生きてる?」
アイカは眉をひそめ、警戒を隠さずに言った。
目の前にいるのは、つい先日ほど自分たちが倒したはずの相手だ。
メイメイは、少し困ったように笑う。
メイメイ「いや、死んでるよ。ちゃんと」
そう言うと、近くの木へと歩み寄り――
そのまま、何の抵抗もなく体を通り抜けた。
メイメイ「ほらね」
振り返るメイメイの体は、わずかに透けている。
メイメイ「幽体ってやつ」
アイカは言葉を失った。
ナギもまた、無表情のままじっと観察している。
やがて、メイメイは二人に向き直った。
メイメイ「勇者アイカ、ナギちゃん」
どこか柔らかな声。
メイメイ「君たちの冒険に――連れていってくれないか?」
アイカ「……はぁ?」
素っ頓狂な声が漏れる。
当然の反応だった。
ナギ「私たち、敵ですよね」
ナギが静かに言う。
事実を確認するような、冷たい声音。
それでも、メイメイは引かなかった。
メイメイ「……死ぬ前に、魔王様の記憶の一部を見たんだ」
その一言で、空気が変わる。
メイメイ「そこには、人間の女の子がいた」
メイメイの視線が、わずかに遠くを見る。
メイメイ「魔王様は……その子に恋をしていた」
アイカの表情がわずかに動く。
メイメイ「それなのに、どうして人間を滅ぼそうとしているのか――」
メイメイは一歩、踏み出した。
メイメイ「もしかしたら、止められるかもしれない」
静かな、しかし強い声だった。
メイメイ「だから、確かめたいんだ」
ほんの一瞬、ナギの顔を見る。
(……あの子に、似ている気がしたけど)
心の中でそう呟きながらも、それは口に出さない。
メイメイ「どうか――」
メイメイは深く頭を下げた。
メイメイ「私を、連れていってくれないか」
風が吹く。
三人の間に、短くも重い沈黙が落ちた。
アイカ「――ふざけるな」
短く、鋭い声だった。
アイカの目には、はっきりとした警戒が宿っている。
アイカ「なんで俺たちが、お前を連れていかなきゃいけない」
一歩前に出る。
メイメイとの距離を詰めるその動きは、威圧そのものだった。
アイカ「敵だったんだぞ。ついさっきまで」
メイメイ「……それは、そうだけど」
メイメイは言葉に詰まる。
それでも、目は逸らさない。
アイカ「信用できるわけないだろ」
アイカの言葉は、正論だった。
張り詰めた空気。
――そのとき。
ナギ「……アイカ」
静かな声が割って入る。
ナギだった。
アイカはわずかに眉をひそめる。
アイカ「なんだよ」
ナギ「この人、嘘は言ってない」
迷いのない断言。
アイカは思わずナギを見る。
アイカ「……なんで分かる」
ナギ「なんとなく」
即答だった。
だが、その“なんとなく”に揺らぎはない。
ナギはメイメイへと視線を向ける。
ナギ「それに――」
一拍。
名目「戦力としては、有用」
あまりにも現実的な理由だった。
メイメイが、少しだけ苦笑する。
アイカ「おい……」
アイカは呆れたように息を吐く。
アイカ「幽霊だぞ?どうやって戦うんだよ」
ナギ「偵察、潜入、情報収集」
ナギは淡々と指を折る。
ナギ「むしろ最適」
ぐうの音も出ない。
アイカはしばらく黙り込んだ。
視線を落とし、考える。
そして――
アイカ「……はぁ」
大きくため息をつく。
アイカ「一つだけ条件だ」
顔を上げ、メイメイをまっすぐに見据える。
アイカ「怪しい動きしたら、その場でぶっ飛ばす」
低い声。
だが、それは完全な拒絶ではなかった。
メイメイの表情が、ぱっと明るくなる。
メイメイ「うん、それでいい」
即答だった。
メイメイ「幽体だから、ぶっ飛ばせないけどね。」
アイカ「変なやつだな……」
アイカは小さく呟く。
ナギは何も言わず、ただ静かにうなずいた。
こうして――
元・魔王軍四天王メイメイは、奇妙な形で仲間となった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




