1.不幸少女と勇者様
彼女は、たった一人の大切な人を失った。
胸にぽっかりと穴が空いたような感覚と世界から色が消えたような錯覚になった。
自然に涙がながれてきた、そのあと叫んだ。それでも彼は戻らなかった。
彼女ができたのは、彼のために小さな墓を建てることだけだった。
それから彼女は、ほとんど毎日のようにその墓を訪れた。
雨の日も、風の日も、ただ静かに語りかけるように。
――何年も、何十年も。
気づけば、少女だった彼女の背中は丸くなり、白い髪が増えていた。
それでも墓の前に立つ、あの人を忘れたくない。
寿命の終わりが近づいたある日、彼女は静かに自分の人生を振り返る。
幼い頃に両親を亡くし、スラム街で必死に生きてきたこと。
そして、孤独だった自分に笑顔をくれた彼との出会い。
「……幸せだったな」
かすれた声で、彼女はそう呟いた。
震える手で胸元を押さえ、そっと目を閉じる。
「もう一度……会いたい」
頬を伝った一筋の涙が流れた。
やがて、彼女の呼吸は静かに止まり、長い人生は幕を下ろした。
その表情は、不思議なほど穏やかだった。
まるで、ようやく、大切な人のもとへ行けるかのように。
*
死んだはずの彼女は意識をとりもどした。
視界に広がるのは、見覚えのある薄暗い空間――鉄格子に囲まれた檻。
「……ここ、は……?」
動かそうとした腕が、じゃらりと鈍い音を立てる。
手首には鎖。しかも――自分の手が、やけに若い。
「……過去に戻ってる?」
思わず息をのむ。
「私が、誘拐されて奴隷にされそうだった時に戻ってる?」
記憶が一気に蘇った、その直後――
ガタンッ!
何かが倒れる音が響いた。
彼女は反射的に顔を上げ、音のした方を見る。
そこに立っていたのは――
ずっと会いたかった彼だった。
彼の名前はアイカ。黒髪黒目の男の子だ。
「……アイカ、アイカ?」
アイカ「ナギ!!」
彼が叫びながら駆け寄ってくる。
アイカ「助けに来た!!」
その声を聞いた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
脳内にドーパミンが流れ出す。
震える唇から、か細い声がこぼれる。
「……会いたかった……」
アイカの表情が笑顔になる。アイカは迷わず手を伸ばした。
その瞬間だった。
??「――動くな!」
檻の影から、彼女を捕らえていた男が現れ、ピストルを構える。
「アイカ!!危ない!!」
銃声が鳴り響いた。
アイカの頭に弾丸が当たる。
――カーン。
――コトン。
弾丸が地面に転がる。
アイカは、無傷だった。
ピストルでアイカを撃った男はその光景に、目を大きく開く。
??「……え?」
驚く男をよそに、アイカは歯を食いしばり、鉄の檻を力ずくで押し広げる。
金属が悲鳴を上げ、出入りできるほどの隙間が生まれた。
アイカ「ナギ!!」
彼は彼女の手を掴み、そのまま強く抱きしめる。
震えているのは、彼の方だった。
アイカ「……よかった……本当に……」
彼女も、力いっぱい抱き返した。
その時、金髪碧眼の美女が現れる。
剣閃が走り、ピストルを持っていた男は一瞬で倒れ伏した。
彼女はアイカを見据え、微笑む。
「銃弾を弾くその身体……やっと見つけたわ、勇者様」
背後から、次々と男たちが現れる。
美女は振り返り、男たちに向き変える。彼女は一歩も引かない。
美女は剣を振るい、たくさんの敵を倒していく。
「たすけてぇ……!」
檻の中で捕らわれていた子供たちが泣き叫ぶ。
子供たちはナギと同様に誘拐されてきた子供たちだ。
アイカ「……ナギは助けた!!」
アイカは息を切らしながら言った。
アイカ「サクナ!!逃げよう!!」
だが、サクナと呼ばれた美女は首を横に振る。
サクナ「いいえ」
その瞳は、真っ直ぐだった。
サクナ「みんな、助けるよ。アイカ」
アイカは呆れたようにつぶやいた。
アイカ「でも……助けたって、養う余裕なんてない。後のことを考えて」
アイカの言葉を、サクナは微笑みで遮る。
サクナ「大丈夫」彼女は胸を張って告げた。
サクナ「私はこの国の第一王女。この子たちは、しかるべき場所へ導き、親の元へ帰してあげる」
アイカ「……え?」アイカは目を見開く。
アイカ「お、お、おうじょ……?」
どうやら、まったく知らなかったらしい。
サクナ姫、この国の第一王女だ。前の世界ではアイカと共に魔王を倒した。
*
その後。建物の外に出ると、王国の騎士たちが待っていた。
「探しましたよ、姫様!!」
サクナ「ジミー。久しぶりですね」
サクナは落ち着いた声で応じる。
サクナ「ちょうどいいです。この子たちを保護してください。希望する子は、親の元へ帰れるよう手続きを」
ジミー「え……」
ジミーは露骨に嫌そうな顔をした。
サクナ「お願いね?」
サクナ姫がにっこり微笑むと、
ジミー「……かしこまりました」
即答だった。
サクナは改めてアイカの方を向く。
サクナ「それにしても驚いたよ、アイカ。君が異世界から来た勇者だったなんて」
アイカ「……う」アイカは気まずそうに視線を逸らす。
サクナ「それより――」サクナはナギに目を向けた。
サクナ「僕に彼女の名前、教えてよ。アイカ!」
ナギ「ナギと申します。助けていただき……ありがとうございます」
深く頭を下げると、サクナは優しく彼女の頭を撫でた。
サクナ「これからよろしくね、ナギ。私はサクナ」
そして、少しだけ申し訳なさそうに微笑む。
サクナ「悪いけど……アイカ、ナギ。二人には、お城に来てもらうよ」
サクナ「アイカ!君を父上(王様)に紹介させてもうらいます!!」
サクナは何事もなかったかのように、お城のある方角へ歩き出した。
王女らしい堂々とした背中が遠ざかっていく。
ナギの脳内に過去の出来事が蘇る。
お城に向かってはいけない。
お城に魔王の幹部が現れて、アイカとまた会えなくなる。
ナギはアイカの袖を握った。
ナギ「逃げよう!魔王退治なんてしなくてもいい。」
アイカは驚いたがすぐに返事をした。
アイカ「どうして?このままだと人間が住める場所がなくなるかもよ。」
ナギ「あなたを失いたくない。私はアイカと一緒に暮らせるなら」
ナギ「世界がどうなっても、かまわない!!」
アイカは驚いた。
アイカ「わかった!!俺も魔王退治なんて興味ないし」
アイカ「よし、逃げよう!!」
サクナは機嫌がよく、ニコニコした表情で、
サクナ「それでさ」ふと足を止めずに、何気ない口調で言う。
サクナ「アイカとナギちゃんって、恋人なのかな?」
その言葉に、返事はなかった。
不思議に思ってサクナが振り返ると――
サクナ「……え?」
そこには、予想外の光景があった。
アイカはナギを横抱きにしたまま、足音を殺して。
サクナとは真逆の方向へ歩き出していたのだ。
サクナ「ちょ、ちょっと!? アイカ!?」
サクナは慌てて叫んだ。
サクナに見つかり、お城に行くことになった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




