九話 ~揺れる理由を知らないままで~
次の日。
瞬は仕事中も、家にいても、
胸の奥が落ち着かなかった。
(ちゃんと向き合わなきゃいけないって、わかってるのに)
昨日の夜の涼太の姿。
弱さを見せてくれた声。
「瞬が支えなんだよ」と震えながらこぼした言葉。
思い出すたびに、
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
でも同時にーー怖い。
恋愛というものがわからない。
誰かを“好き”になる感情を抱いたことがない。
断ったあの日の涼太の表情が、まだ胸に残ったまま。
(向き合って…傷つけたらどうしよう)
不安のほうが先に来てしまう。
帰宅すると、
キッチンから包丁の音が聞こえてきた。
「瞬? おかえり」
振り向いた涼太は、いつも通りの明るい笑顔。
だけど、それが逆に胸に刺さる。
「今日は疲れてそうだから、早めにご飯作っといた」
「……ありがと」
自然に優しくしてくる。
見返りなんて求めずに。
そんな涼太の“変わらない優しさ”が、
瞬の心をじわじわと追い詰めてくる。
食卓につくと、
涼太はさりげなく瞬の好物ばかりを並べていた。
「仕事、大変だった?」
「まぁ、ちょっとね」
「ならよかった。なんかあったら言えよ?」
こんなの——
気にならないほうがおかしい。
瞬は箸を持つ手を止めた。
「……涼太」
「ん?」
「なんでそんなに……俺のこと、気にしてくれるの」
昨日も似たようなことを聞いた。
なのに、また聞きたくなってしまう。
涼太は、少し驚いた顔をした後、
柔らかく微笑んだ。
「理由なんて、たぶん関係ないよ。
俺が……瞬を大事にしたいから、してるだけ」
その一言で、
瞬の胸がまた騒ぎ出す。
(なんで、こんなに気になるんだろ)
わからない。
涼太の気持ちに応えられるかもわからない。
でも。
一度知ってしまった。
涼太が弱ったとき、
真っ先に支えたいと思った自分がいることを。
瞬は静かに息を吐いた。
「……俺、涼太の気持ちから逃げちゃダメなんだよな」
ぽつりと零れた言葉に、
涼太は一瞬だけ目を見開いた。
だがすぐに、
何も知らないふりで笑った。
「瞬が無理しないなら、それでいいよ」
無理しないならいい。
急かさない。
押しつけない。
そんな優しさがまた瞬の胸を揺らす。
(ほんと……涼太ってずるいよ)
どうしてこんなに気になるのか。
どうして頭から離れないのか。
その理由を、まだ答えられないまま——
瞬の心だけが、
静かに、確実に動き始めていた。




