八話 ~弱さに触れた夜~
その日の夜ーー
玄関の鍵を開けた瞬は、
部屋の空気がいつもと違うことにすぐ気づいた。
暗い。
静かすぎる。
「…涼太?」
呼びかけても返事がない。
靴を脱ぎ、リビングを覗き込むとーー
ソファに俯いたまま座っている涼太がいた。
肩が小さく上下していて、
明らかに“いつもの彼”じゃない。
「涼太!? どうしたの」
一瞬で距離を詰める。
涼太は顔を上げた。
その表情に、瞬は息を呑んだ。
疲れ切った目。
かすかに震える手。
無理に笑おうとして、うまく笑えない顔。
「…おかえり。ごめん、心配させた」
「何かあったの?」
問いかけると、
涼太はしばらく言葉を探してから、ぽつりとこぼした。
「今日の撮影でトラブルがあってさ…
ちょっと……メンタル、やられた」
弱音を吐く涼太なんて、ほとんど見たことがなかった。
強い人だと思っていた。
誰に何を言われても、さらっと笑って流せる人だと思っていた。
だからこそーー
こんな姿を見るのが苦しくてたまらなかった。
「つらかったら、言ってよ……」
瞬が座り直し、そっと隣に腰を掛ける。
涼太はしばらく黙ったまま、
遠くを見るように視線を落としていた。
やがて、小さく震える声で言った。
「…瞬がさ、ここにいてくれんの……めっちゃ救いなんだよ」
瞬は心臓が一気に跳ねた。
「俺…? なんで」
「なんでって…
瞬だからだよ」
弱った声なのに、
一言一言が胸に痛いほど響く。
「仕事で何言われても、疲れて帰ってきても…
瞬が“おかえり”って言ってくれんのだけで…
俺、まだやれるって思える。
…瞬が、俺の支えなんだよ」
その瞬間。
胸の奥で何かが揺れた。
涼太の言葉は、“告白”の優しさとは違う。
もっと、ずっと深いところに触れるような言葉。
「俺なんかが…支えになってるなんて…」
瞬は震える声で呟く。
涼太は、ふっと苦笑した。
「瞬が思ってるより…俺、弱いからさ。
瞬のことになると…余計に、弱くなる」
その言葉の意味が、
瞬の心にゆっくり染み込んでいく。
(こんなふうに弱さを見せられたの…初めてだ)
胸が締めつけられるように痛い。
放っておけない。
支えたい。
守りたい。
そんな感情が、
じわじわと瞬の中で膨らんでいく。
ーーどうして。
どうして、こんなに気になるんだ。
瞬は気づいてしまう。
涼太が弱った姿を見ただけで、
胸がこんなにも動くのはーー
もう、ただの“幼なじみ”じゃいられないからだ。




