七話 ~理由なんて知らないまま~
ぎこちない空気は、
翌日になっても消えなかった。
会話はできる。
家事も分担する。
ルームシェアとしての生活に支障はない。
――それなのに、どこかぎこちない。
瞬が洗濯物をたたんでいると、
キッチンから涼太の声がした。
「瞬、今日の夜ってさ……帰り遅い?」
「ん? 普通だけど」
「あ、そっか。夕飯……作っておくよ。簡単なのでいい?」
自然体を装っているのがわかる。
昨日の朝の言葉を境に、
涼太の態度は“距離を詰めない優しさ”に変わっていた。
一歩踏み込む代わりに、
そっと包むような、あの優しさ。
それが逆に瞬の心を落ち着かなくさせた。
(なんで、そんな気遣いできるんだよ……)
洗濯物に視線を落とすと、
さっきより胸の奥がずっと重い。
夜。
瞬が仕事から帰ってくると、
テーブルには温かい匂いが漂っていた。
煮物と味噌汁。
涼太が昔、瞬の家に遊びに来た時に作ったメニュー。
懐かしすぎて、一瞬胸が詰まる。
「おかえり。あんま味自信ないけど……食べられる?」
「……全然。ありがと」
涼太は笑う。
その笑顔は、昨日よりも柔らかい。
食べ始めると、
ふと箸が止まった。
「……うまい」
瞬の言葉に、
涼太が目を丸くして照れたように笑う。
「よかった……」
その表情を見た瞬間。
瞬の中で、ずっと押し込めていた疑問がまた頭をもたげる。
(……なんでそんなに俺のこと、大事にするんだよ)
瞬は恋愛感情が分からない。
告白された時も返せなかった。
それなのに、ここまで優しくされる理由が分からない。
ご飯を食べ終わるころ、
声が自然に漏れた。
「涼太ってさ……なんでそんなに、俺なんかに……」
涼太は箸を置き、
一瞬考えるように目を伏せる。
そして、そっと答えた。
「……理由なんて、俺にもちゃんとは分かんないよ。
でも、瞬がいると……落ち着くし、頑張れんだよ。
昔からずっと。
だから“大事にしたい”って思うのは……当たり前だろ?」
当たり前、なんて言わないでくれ。
胸の奥でそんな声がした。
瞬は、うまく返事ができなかった。
ただ、
涼太の言葉が静かに響いて、
心の中に小さく沈んでいった。
――なんでそんなに俺なんかを?
その答えはまだ分からない。
けれど、
涼太が向ける優しさの意味を知ろうとする気持ちだけは、
すこしずつ、動き始めていた。




