六話 ~一ミリの可能性~
夜が明けても、
空気の冷たさだけが部屋に残っていた。
朝の光がキッチンをやわらかく照らし、
瞬がぼんやりとマグカップを両手で包んでいると――
涼太が寝室から出てきた。
少しだけ目の下に影。
でも、昨日のような“よそよそしさ”は不思議とない。
「……おはよ」
その声は、いつもより少し静かで、
でもどこか覚悟を決めたようにまっすぐだった。
瞬は小さく「おはよ」と返す。
沈黙。
カップの中の湯気が揺れる。
やがて、涼太がぽつりと口を開いた。
「瞬がさ、昨日言ってたこと……ちゃんとわかってるよ」
淡々とした口調なのに、
その奥にある強い感情が隠しきれていない。
瞬が顔を上げると、
涼太はまっすぐこちらを見ていた。
「恋愛がわかんないってのも、
今すぐ答えなんて出せないのも……わかってる」
そこで一度、深く息を吸う。
そして――
「それでもさ、
可能性が一ミリでもあるなら……諦めたくない」
その言葉は、
優しいけど、ものすごく強かった。
瞬は息を飲む。
胸が、
理由のわからない音を立てて跳ねた。
返事をしなきゃいけないのに、
喉がうまく動かない。
涼太は視線を落とし、苦笑する。
「迷惑だったらちゃんと言って。
でも……俺は瞬のこと、簡単に手放したくないんだ」
“好き”という言葉は、
もう言わなかった。
きっと、
昨日のあれで相当傷ついたはずなのに。
それでもまだ、
こんなふうに言ってくれる。
(……なんでだよ。なんでそこまで……)
瞬は結局何も返せないまま、
ただ涼太の背中を見るしかなかった。
朝日を浴びたその背中は、
どこか切なくて、
どこかまっすぐだった。




