十話 ~好きにさせてみせるから~
夜。
静まり返ったリビングに、
テレビの小さな光だけが揺れていた。
瞬はソファに座り、ぼんやりと画面を眺めていた。
涼太はキッチンで片づけを終えると、
そっと瞬の隣に腰を下ろす。
ふたりの間には、
手を伸ばせば触れられるほどの距離。
だけど——
お互い、なかなかその距離を埋められない。
沈黙。
そして、ゆっくりと涼太が口を開いた。
「……瞬」
「ん?」
呼ばれただけで、
胸が少しだけざわつく。
涼太は真正面から瞬を見つめた。
迷いを捨てたような、強い瞳だった。
「ずっとさ……
瞬に伝えたいことがあったんだ」
瞬は息を詰める。
涼太はそのまま、
真っ直ぐで、逃げ道のない言葉を落とした。
「瞬が恋を知らないなら、
俺が教えてみせる」
瞬の心臓が大きく鳴る。
「好きにさせてみせるから」
その声は強くて、
でもどこか震えていた。
怖いのだ。
今ここで、また拒絶されるかもしれないことを。
それでも想いをぶつけてくれている。
瞬は、うつむいていた手をゆっくり持ち上げた。
涼太の手の上に、そっと重ねる。
涼太の指がぴくりと震えた。
「……瞬?」
瞬は言葉を探しながら、
ゆっくりと、ひとつひとつ確かめるように言った。
「……もう少しだけ、隣にいて」
涼太の目が揺れる。
けれど、その揺れはすぐに温度に変わっていく。
瞬は続けた。
「俺……涼太のこと、知りたい。
恋とか、好きって気持ちとか……
わからないけど」
ほんとうは怖い。
傷つけるのも、傷つくのも。
でも、涼太の弱さにも、強さにも触れてしまったから——
もう見ないふりはできない。
「……逃げたくないんだ」
手のひらの温度が、
そのまま胸に落ちていくようだった。
涼太はゆっくりと瞬の手を包み込む。
「……ありがとう。
瞬がそう言ってくれるの、ずっと待ってた」
声が震えている。
泣きそうな笑顔だった。
ふたりの距離は変わらない。
けれど、触れた手だけが確かに伝えていた。
——ここから始まるんだ。
幼なじみじゃなく、
俳優と一般人でもなく。
ただ“涼太”と“瞬”としての関係が。




