一話 ~同居のはじまり~
「…また、これ?」
玄関を開けた瞬は、呆れた声を漏らした。
散乱した台本、脱ぎっぱなしの服、スケジュールがびっしり書かれたカレンダー。
そしてリビングの真ん中には、ソファに沈み込んだまま眠る男ーー涼太。
子どもの頃からずっと一緒だった幼なじみ。
今は誰もが知る人気俳優。
なのに。
「片付けくらいしろっての…」
瞬は小さくため息をついて、散らかった台本を拾う。
涼太の寝顔は相変わらず穏やかで、仕事で疲れ切っていることが一目でわかった。
昨日も深夜まで撮影だったと聞いている。
ーーこのままじゃ、倒れる。
瞬はふっと視線を落とし、飲みかけの栄養ドリンクをテーブルに置いた。
その瞬間、涼太が薄く目を開けた。
「…ん、瞬?」
「起きた?」
「うん…今日来るって言ってたっけ?」
「言った。三日前くらいに」
「あぁ…ごめん・最近ずっとバタバタで」
涼太は苦笑いしながら起き上がる。
その顔色は悪い。
瞬は手を止め、涼太の顔をじっと見た。
そしてーーぽつりと言った。
「…なぁ、涼太」
「ん?」
「一緒に住まない?」
涼太は一瞬、呼吸を忘れたように固まった。
「…は?」
「いや、見てられないんだよ。
この生活。
お前ちゃんと食ってないだろ。
掃除もできてないし、寝落ちばっかだし」
「いや、それは…まぁ…」
思い当たりすぎて反論できない涼太。
瞬は続けた。
「俺も最近一人暮らし始めたばっかで、家広いし。
お前の生活だけでも、ちょっとマシにできるならと思ってさ」
涼太の喉が、ごくりと動く。
その瞳にはわずかに驚きと、別の色が混ざっていた。
瞬は気づかないまま、さらりと言った。
「ほら、幼なじみだし。
今さら気まずいとかもないだろ?」
――その言葉が、涼太の胸を強く締めつけた。
気まずいどころじゃない。
瞬のことをずっと、特別に想っている自分がいる。
でも、その気持ちは言えない。
だから涼太は、崩れそうな笑みを浮かべながら答えた。
「……いいの?」
「いいよ。お前が倒れたら心配だし」
その優しさが、まっすぐ刺さった。
「じゃあ……お言葉に甘えて」
「おう」
こうして、幼いころから離れた時間を経て――
再び、二人の生活が重なる。
瞬のありふれた日常と、
涼太の眩しすぎる特別な世界が。
静かに、ゆっくりと。
新しい物語が動き始めた。




