Ⅱー7 だれかが私の名前を呼んだ
Ⅱー7 だれかが私の名前を呼んだ
私は、なぜ私と同じ年代にあるこの「僕」という男がこんな手紙で通信してくるのか考えてみた。私は気持ちのどこかで、「僕」が完全に人違いをしているのではないと思っていた。
私は、初めて「僕」から手紙を受け取った夜、こんな夢を見た。
竹ベラで赤土を削っていた。なぜ、そこでそんなことをしているのかわからなかった。
差し込んだ端からゆっくりとヘラを起こしてゆくと、紙のように土がめくれ上がってくる。それを丁寧に一枚一枚、苔の生えた岩の上に並べる。
緑色の苔に茶色の縞模様が広がっていく。
こめかみから頬を伝った汗が落ちると、赤茶色の薄い紙は病んだ葉のように黒い染みを浮かせた。染みは文字や文になった。「裏切り」「無明」「罪」「生に意味はない」……。
額が熱い。夕焼けが正面から私の体を朱色に染めていた。
私は、小さな黒い染みになっていく。もうすぐ、だれかが私の名前を呼ぶだろう。指先は硬くなり始めている。息苦しい。私はだれかが来るのを待っていた。
そこで、思いっきり体を叩かれたように目が覚めた。
心臓はもの凄い勢いで高鳴っている。私の名を呼んだような響きが耳の奥に残っている感じがする。だれだったのか。
全身に力が入らない。
ぼんやりと明かるい。闇から吐きだされているような弱い明かりだ。傍らで妻のときどき途切れるような寝息がもれていた。
私は、目を閉じまま、反芻した。だれが私の名を呼び、そして私はだれを待っていたのだろうか。