川の底
なあ、少し――私の話を聞いてくれないか。
毎年、夏になると思い出すんだ。昔、川で溺れた記憶を。
あれは私が小学生の頃だった。田舎の学校で、人数も少なかったから、小中一貫だった。だから歳が三つや四つ離れた子とも一緒に遊んでいてね。下は六歳、上はたぶん十四歳くらいだったかな。私はその中で、ちょうど真ん中あたりだった。
でも、子どもって、一歳違うだけでまるで別の生き物みたいに成長するだろう?
当時の年長組は、体こそ大人に近づいていたけれど、気持ちはまだ子どものままだった。つまり、あまり他人のことを気にかけるようなタイプじゃなかったんだ。
私はそんな彼らと年少組のあいだをよく取り持っていた。良くも悪くも、大人びていたからね。
年長組はよく、年少組を置いて遊びに出かけた。山へ、川へ。年少組を連れていけば、自由に遊べないからね。駄々をこねる年少組をまとめるのが私の仕事だった。本当は、私も年長組についていきたかったんだけどさ。
ただ、そんな年長組も夏休みに入ると急に面倒見がよくなった。秘密基地を作ったり、みんなを連れて駄菓子屋に行ったり、宿題を見てくれたり。当時は気にしていなかったけど、今考えると親から小遣いでももらってたんだろうな。
それでも、年長組に混じっていられるのは嬉しかった。
その日は、梅雨明けしたばかりの蒸し暑い午後だった。じめじめした空気が肌にまとわりついて、じっとしていても汗がにじむような暑さだった。
「川へ行こう」――そう言い出したのは、たしか年長組の誰かだった。
数日前に強い雨が降っていたから、川の水が増えているのは誰もが知っていた。「危ないよ」そう言ったのは私だったが、「怖いのか?」という一言に、私は黙ってしまった。
「ついてこいよ」と言われた私は、年少組の手を引くようにしてついていった。
あの頃は、何でも“みんなで”って思っていたし、どこかで彼らに認められたくて必死だったのかもしれない。
川の水は思ったよりも増えていなかった。流れも普段通りに見えた。私は安心した。
だが、それがいけなかった。
年長組は早々に深い場所へ泳ぎに行ってしまった。勝手だな、とは思ったけど、そんなものだったとも思った。
私も暑かったし、年少組と一緒に浅瀬で遊ぶことにした。
……このあとのことは、今でもはっきりと覚えている。
誰かがふざけて水をかけ合い始めて、年少の子のひとりが足を滑らせて転んだ。
驚いた拍子に、そのまま流されかけて――その子の小さな背中が、水の中に沈んでいった。
私はゾッとした。一瞬で体温が消えたのが分かった。考えるより先に体が動いていた。
そのままの勢いで水に飛び込んだ。呼吸のことも、服を着たままだったことも忘れて、ただ、手を伸ばした。
しかし水の流れは思った以上に強く、水深も深かった。濁った水が目や口に入り、足がつかない。体は簡単に流され、年少の子の姿も見えなくなった。
それでも私は、必死に手を伸ばし続けた。
その時だった。誰かが、私の足を掴んだ。
それは、恐ろしく冷たい手だった。まるで、私を川底へ引き込もうとするように。
私は必死にもがき、何度も水を飲み込んだ。もうダメかと思った。
意識が遠のきかけたとき――
「おい、大丈夫か!?」「しっかりしろ!」
誰かの声が聞こえた。気づけば、年長組の二人に支えられて、なんとか川辺に引き上げられていた。
私は言葉が出なかった。ただ、震える体を抱えながら、黙って川の流れを見つめていた。
私の足には、誰かに掴まれた痕がはっきりと残っていた。
けれど、それを気にかける人は誰もいなかった。
それから何年も経って、私は大人になり、あの田舎町を離れた。
でも、夏になるたびに思い出すんだ。
あの時、水中で私の足を掴んだ男の顔を。
そして年々、鏡に映る自分の顔が、その男によく似てくるんだ。
……なあ、おかしいと思わないか。
あの時、溺れたはずの年少の子を、誰も見ていなかったなんて。
あとで確認したけど、そもそも――年長組の誰も、川へ行こうなんて言っていなかった。
あの日、増水していた川には、誰も近づかなかった。そんなこと、あの町の子なら皆知ってる。
親たちにも口酸っぱく言われてたからね。
……なあ、お前は誰なんだ?
そう言ったとき、鏡の中の“自分によく似た男”が、ニタァ……と、笑った。