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 ダ、ダ、ダ……足音が止まり、1年C組の外に、無精ひげの成人男性が立っている。


 その男性のことに気付いた生徒は少ない。少数いるものの、騒がしい人達のせいで、クラスに忠告しようとする生徒が全くいない。


 よって、無精ひげの男性はすでに教室の中に入ったにも関わらず、騒がしい学生たちは依然に騒ぐ。


 ただ、ダ、ダ、ダ……その革靴特有の鮮明な足音。ある人が――内木野比人は――寝たふり状態から、こっそりと頭を上げ始めた。


 ずっと先生のことが来ることに期待している彼にとって、この足音はもはや救世主のように、ずっとクラスの騒音より鮮明に聞こえた。


 ただ、内木野比人は頭を上げた途端、その先生のイメージは今まで見てきた先生の人物像とは全く違う。まして救世主とは、遥かにかけ離れている見た目だった。


 しわ寄せのシャツに、一箇所のボタンが外れていて、服下の一角はズボンからはみ出ている。スーツのコートも身の丈に合わなく、逆に身体の細さを強調したくらい全体を覆っている大きさのコートだった。


 袖の部分は手首が見えるくらいに折りたたんで、服の繊維が緩くなっていないかと心配するくらいの痕跡が見える。


 また、ズボンの毛羽立ちも明らかで、唯一マシに見えるのは若干色褪せの革靴だけだ。


 全体的に決して整っているような身嗜みではない。注目していれば誰にもきっとそう思うはずだ。


 ただその退廃的な雰囲気とその格好。また、無精ひげに若干リバースパーマに見えるもじゃ頭。不思議と似合わないと言えない。


 むしろ、炯炯たる(けいけいたる)眼光と、微々たる吊り上げている口角で、総体的に神秘な雰囲気を感じられる。


 少なくとも、内木野比人はすでにこの先生に目を奪われている。


 この人が……先生?


 疑問に思いながら、先生に釘付けした視線は離れられない。


 そして、無精ひげの先生が騒がしいクラスの全員を一通り見回した後、内木野比人との目が合っていた。


 内木野比人は内心がビクとしてこう思う。


 あ、あれ?俺のこと……見てるのか?


 明らかに目と目が合った。


 だから、不安になった。


 なぜ不安になるというと、内木野比人にとって、先生と目が合うと、必ずとは言えないが、かなりの高確率で呼び出されることになる。


 小中校の時、問題を解くやら、音読の読み聞かせとやら、このようなメリットがあっても、学生にとって喜ばしくないことばっかりだった。


 だから、内木野比人は今回も“もしかして?!”と思ったのだが――


 ニコ。


 先生はただ彼にニコっと微笑みをかけた。


 ……?


 一瞬疑問に思ったが、不思議と先生の微笑みが内木野比人に安心させた。


 ただし、これからの出来事はさすがに予想できなかった。


「――このデンマークでは何かが腐っている!」教室に大きく響き渡る、木霊でもしていたかのように、劇でも演じているかのような朗らかな声。


 無精ひげの先生は大げさに手を振っていて、軽々しくクラスの騒がしい声より覆われる声量を出して、全員の注目を集めた。


 見た目からして絶対こういう音量を出せるような人間ではないが、内木野比人はちゃんとこの声を耳にした。


 そして、話の内容にも気付いた。


 うん?このセリフはたしか――内木野比人と同一のタイミングで、斜め後ろの方向から、彼と同じような考え事を口にした女子生徒の声が伝わってくる。


「ハムレット……」


 そう。このセリフはシェークスピア作の《ハムレット》という物語から、第一幕で出てきたキャラクター――マーセラスが口にしたセリフ。


 そして、これも作品中に色んな意味にも捉えるようなセリフだった。


 内木野比人は先生の話が気になるが、斜め後ろに声を発した主にも興味がある。


 だから、彼はこっそり斜め後ろに一瞥したが……性格の問題もあって、女性の顔に二秒見るだけで恥ずかしくなる彼は、すぐ視線を下に飛ばした。


 あまり顔の部分を観察できなかったが、視線を下に映った瞬間、その女子生徒が手に持っているのは本であるに違いない。しかし、ただの本なら気にする必要はない。


 その本の一部のページに、恐らくしおりの代替だろう、前髪用の髪留めで挟んでいる。


 アレは……たしかヘアピンだっけ?ああいう使い方……壊れない?


 ヘアピンも本にも気になってしょうがない内木野比人。外見が見えなくても、すでにその女子生徒の個性的な部分を垣間が見えた。


 見続けるのは良くないと思って、内木野比人はすぐ前の方向に戻した。


 そして、教室が静かになっているのに気付いた。


 少し注意を逸らしたが、なぜ教室の雰囲気はこうなったかまだ忘れていない。


 クラスの生徒たちはすでに先生のことに注目している。無精ひげの先生も気怠そうな微笑みで生徒たちを見回す。


 内木野比人は再び先生に注目するつもりだったが、ある人の声が先に沈黙の雰囲気を壊した。


「おっさん。何言ってるんっすか……っていうか、おっさんは先生なんすか?」嘲笑うような言い方。また、カモみたいなガサガサな声、少し人に不快感を覚えさせる。


 声を出したのは内木野比人の前方にいる男性グループの一人――降里ふり 陽太ようたである。


 降里陽太はさっきまで話し合っていた男子生徒の机の上に座ったまま、制服のシャツも開けている。顔に不敵な笑みを浮かべながら、目に軽視の感情が含んでいる。


 あの姿を見て、内木野比人は心の中で降里陽太のことは関わりたくない人だと勝手に分類した。


 特にこの後に起きた状況で、自分は間違っていないと確信した。



 降里陽太はもう一度先生に嫌味を言うつもりだったが――「おっさn」と、自分の言葉は途中で先生に遮られた。


「ええ、私は先生だが、なにが?」まるで計算したかのように、二人の声が重ねた。それに、音量も先生のほうが上だ。


 声が重ねたことによって、降里陽太にはよく聞こえなかった。


 だから、「あ?」と、彼は反射的に疑問の声を出した。


 しかし、先生の返事は予想外だった。


「もし耳に問題があるなら、病院に行った方がおすすめですね。」


「……はあ?てめえ何言ってんだ!」降里陽太は一拍子遅れて、大声で口答えする。


 なぜ先生にそんな口答えする度胸があるのかわからないが、ここまで短い交流で、内木野比人はやはり自分が降里陽太のことと関わりたくないだと確信した。


「おや?聞こえているんだ。聞こえているなら、耳の問題ではなく、脳の問題だな。」


 さすがの降里陽太でも、これは自分への嫌味だと理解している。


 故に、彼は「ふざけんなよ!これは先生の言う言葉か!」と言って、さらに「訴えてやる!」と追加に言った。


 降里陽太は過去の経験則によって、訴えてやる!という言葉を追加すれば、勝手にビビる先生がわらにいた。自分の教師の未来が低劣な生徒に潰されたくないために、結局強気で居られないという結果が目に見えている。


 だから、降里陽太はきっとこの先生にも通用できるんだと思い込んでいる。


 ……ただし、彼はさすがにこれからの反応に予想できなかった。


 無精ひげの先生はただ何の感情もなく、起伏もなく、「どうぞ」と淡々と返した。


「……は?」


「聞こえなかったか?学生の権利を使いたいなら、どうぞ。」


 拒否ではなく、逆に薦めされていることに、降里陽太は少し目を開いている。


 これは予想外の反応だ。


「……この反応からして、君は今どんな授業を受けているのかわかってないようだな。」


「はあ?その話、今のことと関係あんのかぁ?」


「ええ。あるね。大いにある。」無精ひげの先生は言いながら、無関心のように降里陽太の身から視線を逸れて、内木野比人に見つめた。


 う……また見られたことに内木野比人は内心びくびくしながら、先生の言うことに続けて聞いている。


「ちなみに、先生が最初に言った言葉、それも大変大いにある。」


 な、なぜ僕に向かって……心の中嫌な予感がだんだん高まっていく。


 それでも、内木野比人の嫌な予感はまだ当たってない。


「“このデンマークでは何かが腐っている”、このセリフの出処、知ってる人ー!」無精ひげの先生は“手を挙げて”という意味の動き――手を半挙げ状態――で言っている。


 自分に名指しではない。先生の視線もそらした。


 内木野比人はホッとした。


 ただ、クラスの生徒たち全員、内木野比人も含めて、誰も手を挙げてない。


 誰も手を挙げていないこの状態に、内木野比人は少し好奇心で、またこっそりと、斜め後ろに一瞥した。


 声の方向は聞き間違っていなければ、答えを知っている人が絶対いる。けれど……手を挙げていない。


 自分と同じだ――こう思って、内木野比人は依然手を挙げてないまま、先生の方に戻した。


 そして少しの間、静寂のままだった。


 この状況に、内木野比人はこう考えている:


 クラスの生徒たち皆、決して先生の意味がわからないわけではない。


 たださっきまで、また降里陽太と口喧嘩したばかりの険悪した雰囲気の後、このまま手を挙げるやつなんかいない。


 だって、ここで手を挙げたら、“手を挙げる人”は必ず“先生の味方”という意味になる。


 優等生……模範生……または“先生への媚び”。


 端的に言うと、ここで手を挙げたら、その人は目立ちすぎる。


 そして――


 内木野比人はバレないように降里陽太の方へ見た。


 ――目を付けられるかもしれない。


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