表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

山カレー

作者: 明家叶依

 標高1000メートルもない山の麓の近くに一軒の定食屋があり、メニューのお勧めはカレーで、山さんという店主が作る富士山をモデルにした山盛りのカレー。文字通り「山カレー」といい、一番の売りで、店名は「山本定食屋」という。

 

 そこの店主は元々カレーが大のお気に入りということもあって、定年退職をしたら絶対にカレー店を営むぞと、サラリーマン時代に決意したのだが、結局そこまで待てず、脱サラしてまずは某カレーチェーン店では働き、その後個人経営の店へと移り、経営の厳しさを目の当たりにした上で、三五歳にしてやっと自分の店を持ったという訳だ。


 カレー一筋でいきたいところだったけれど、最後に自分の師匠である純さんが


 「一つこれという武器を持っておくのはいい。だが、それだけだとそれに飽きられた時に困る。実際、俺はカレー店としては優秀だが、カレーを目的とした客しか来ないわけだ。それに、別のメニューがあれば余計にカレーの美味しさが際立つ。何が言いたいかというと、提供できるレベルの別メニューを考える事だ」


 とそこの店をやめるときに教えてくれて、実践したわけだ。


 それがまた、一番の難易度だったとも言える。


 純さんのところで働きながら、夜間の料理学校に通い、調理師免許の取得こそしたが、カレー以外は点でダメだった。だから、休日に料理教室に新しいメニューのヒントになればと通っていたくらい。


 それから三年ほど月日をかけ、やっとのことでオープンした……のだが、客足は一向に増えずという現状だった。


「今日もワシだけかい?」

「いえ、さっきまで陸上部の高校生が三人ほど山カレーを食べていきましたよ」

「そうかい。ありゃ、絶品なのに、どうしてこうも客がこんかね」


 自分がその理由を知りたいくらいだった。


 本当に、毎日毎日、寝る間を惜しんで仕込みをしても、廃棄になってしまう量がまだ多い。日に日に小さい鍋にするも、やはり、廃棄が出てしまう。最初の頃から一回りは小さくなった。それでも、このお爺さんだけは、数日に一回は来てくれる常連さんだった。


 僕が、「周りの人に宣伝してくださいよー」と冗談めかして言うと、「嫌じゃよ、こんなに静かに食べられる穴場他にないわい」とおっしゃるものだから、苦笑していた。


 まあ、そうね、確かにそう言われると嬉しい気持ちも少なからずあるけれど、このままだとこの店のシャッターが降りるのも時間の問題と思われる……。さっきの高校生達も、顔馴染みになっていて、帰り際に美味しいと言って帰って行く。僕の店には一度来た人が何度も訪れてくれた。


 きっと、このお爺さんが言うように、周りに言うのが惜しいということなのかも知れない、とプラスに受け取る。


 そして、扉が開く。


 「今やってます?」と三人の女性客が入る。


 続けざまに四人組の男性客、団体客がぞろぞろと来た。立地的に簡単に来られる位置だけれど、こんなに勢いのあるのは初めてだった。


 そこで全員共通して持っていた、グルメの記事も載っている旅行雑誌が目に映る。以前、客として偶然来た人にインタビューをされたことを思い出した。記事一つでこんなに変わるものかと驚いた。

 

 それからのこの店の売り上げは右肩上がりで、地元で愛される定食屋へと、変わっていった。今でも、あの閑散とした店内にお客さんが怒濤に押し寄せてきた時のお爺さんの驚いた顔は忘れない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ