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1. 僕達らしいはじまり



 心音は「話し掛けてくんなよ」と言ったが、そんなもの無視して黎空は心音にずーっと話し掛けていた。


「趣味とかなにー?好きなもの教えて!」

「···········」

「ねぇねぇ、香月くんのこと、しおくんって呼んでいい?いいねありがと!」

「·······え。し、しおくん?」

「うん!だめかね?」


 黎空は首を傾げる。心音は目を泳がせたあと、「·····別に悪くねーけど」と言い顔を背けた。耳が赤いのは目の錯覚であるということにしておく。黎空はにやにやを抑えるため、表情筋を固めるのに精一杯である。

 そんなこんなで、毎日3mmずつ距離を縮めていった。



「ねぇしおくん。」

「何だよ黎空」

「なんで僕と友達になってくれたの?」

「······お前こそ、なんで俺みたいなのに話しかけてきてくれたんだよ」

「んー、色々理由はあるよ。隣の席だったっていうのもあるし、イケメンだからとか、僕が友達欲しかったっていうのもあるね。」

「最初俺めっちゃ嫌な奴だったと思うけど。」

「え、そう?ツンデレで可愛いなぁとしか思ってなかったわ。」

「·······何言ってんだお前。」


 そう言って心音は顔を逸らす。黎空はにやにやを抑える。


「この人はちょろいから多分イケるって言ってたからね。」

「誰がだよ。てかちょろくねーし」

「僕の上腕五頭筋。」

「黎空って阿修羅像だったのか?」

「香月も黎空も何の話してんだよ。」


 とクラスメイトからツッコまれるほどには仲良くなっていた。




     ☆     ☆    ☆




『僕のこと 独りにしないで

 君のこと 独りにしないから


 傍に居てよ 理解(わか)ってよ

 愛してくれよ なんて馬鹿なことは言わないから

 僕が僕じゃなければ、君が君じゃなければ

 こんなにも苦しむことなかったのにな


 恨んでも悔やみきれない 潰しても殺しきれない

 躓いても、終わらせられないんだ

 僕は。僕を、希望(ひかり)を。


 声が枯れても叫ぶんだ』


 放課後になって黎空は家に帰ると、さっさと宿題等を終わらせ、機材を用意すると早速歌ってみたの収録をしていた。


 曲名は『独りの希望(ひかり)』。月音が作曲したボカロ曲だ。今のフレーズはサビ前からサビの部分にかけてのところで、黎空が一番好きなパートである。木琴の音に似た軽やかなサウンドと、ベースの低くてしっかりとした音色が歌詞を色付ける。

 歌の録音を終え、自分で何回か確認したあと、歌ってみたのMIXを依頼しているMIX師へ音源を送る。


 実は、煌星れあにとって初めてのオリジナル曲を、月音さんに書き下ろしてほしい!と懇々とお願いしたところ、是非という返事が貰えたのだ。明日はそのオリジナル曲についての打ち合わせがある。


 その後家族と夕飯を摂り、両親と弟とゲームをして入浴したのち布団に潜り込んだ。

 布団の暖かさで眠気に支配されそうになりながら、明日が楽しみだとうきうきな気分で目を瞑る。ふと暗闇に埋もれた痛みを思い出した。その痛みはノイズのように脳をに夜の帳を下ろした。


 ······いや、やめよう。軽く頭を振って過去の影を追い出し、ぎゅっとまた目を瞑り眠りの世界へと落ちていく。
















 僕が僕じゃなければ、こんなに苦しむことはなかったのに。



 何度そう思ったことか。誰かに理解(わか)って欲しいのに、自分でも理解(わか)らない。

 誰かに傍に居てほしいのに、そのせいで傷ついてしまったら。傷つけてしまったら。そう思うと、恐くて怖くてたまらなくなる。

 そうやって『独り』という鎖が、自分が自分である『誇り』を縛りつけていく。『世間』という凶器が、『少数者』という異物を爪弾きにする。『正義』の嘲笑が、嘘の仮面を被らせる。


 たまたま。たまたまだ。己で望んで異物として生まれたいなんて思わない。たまたま少数派の感情を持って生まれただけで、生きるのに苦しまなければならなかった。

 あくまで例えだが、カレーライスが好きな人は多いだろう。嗜好性が高いカレーライスを嫌いだと言うと驚かれる。「カレーが嫌いだなんて珍しいね。」と。それだけで珍しいものになってしまう。


 少数なものは珍しいもの。違うもの。おかしいもの。どうしても多数なものが正当化され、少数なものが不当とされてしまうことが多い。




 うわ、きも。君ってそうだったね。じゃあ俺らとは違うんだ。さいてー。まあそういう人もいるし。多様性だし。あなたはあなただからね。大丈夫、私は理解してあげられるからね。こっちこないで。中途半端だな。なんなんだよ。気持ち悪いんだよ。ほんとにそういう人いるんだね。えーマジでキモいんですけどー。え、冗談?面白くないこと言うね。てことはあたしのことそーゆー目で見てたの?やだー。消えろよ。


 なんで生きてんの?




 人を信じて弱みを晒した僕に言われてきた言葉たちが、まるでノイズのように不穏にさざめく。




 決まって僕はこう言った。




「······っはは、冗談に決まってんじゃん!」




 上手く笑えていたかは、自分では分からなかった。







 『正しく』生きるために、嘘をつく。



 『間違い』でできた自分を、自分で嘲笑う。



「そんなの気にしなければ良いんだ。楽な方へ行こうじゃないか。」


「自分で勝手に傷ついて、自分で勝手に痛みを覚えて、自分で勝手に希望を掴んで。もう終わりにすれば良いじゃないか。」


「もう何もかも。諦めて、終わってしまえば。」



 痛みだって、苦しみに麻痺して感じなくなれる。


 だって、そうだろう?


 この痛みが消えることはない。傷を癒やすための薬が無いのならば、いっそのこと毒を浴び続ければ『ただの自分』として息はできなくなる。


 それでいいんだ。


 涙と言葉を飲み込んで。


 笑顔とレッテルを貼り付けて。


 笑える嘘をさらけ出し、笑えぬ本音をひた隠す。


 心を殺して道化を演じる。


 これでいいんだ。




 ()っくの()うに忘れた希望だ。




 誰か本当の僕を見つけて、なんて。
















「········はっ!!?」


 黎空は汗だくで飛び起きた。

 少し荒い息を整えると、ぽつりと呟く。


「············こんな夢、あの時以来見てなかったのになぁ。」


 ベッドの上で膝を抱え涙を堪える。そうしないと、弱音をすべて吐き出してしまいそうだった。


 今日は月音さんと通話で打ち合わせがあるのにこんな夢を見てしまうなんて、と落胆する。

 結局、約束の時間ギリギリまで起き上がることができなかった。




『·········あー、もしもし?聞こえてますか?』


 ヘッドフォンから聴こえるその声に黎空は緊張交じりに応える。囁き気味の低い声が耳を擽った。


「はい!聴こえてます!」

『じゃあ、早速話していきましょうか。』

「はい!」


 二人は、互いが友であることをまだ知らない。

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