ep.44 君は、まだ走り出していない――佐藤翔太、葛藤と決意の朝
最終オーディションが終わった翌朝、スタジオは静かだった。
7月18日の結果発表を前に、オーディエンスの熱は続いている。
けれど、キャラランドの空気は少しだけ落ち着いていた。
一ヶ月の熱戦が終わり、誰もが次のフェーズへと意識を切り替えている——そんな空気だった。
そんな中、ぼくは、録音ブースのマイクの前で立ち止まっていた。
ぼくは、オーディションを受けていない。
椿社長が声をかけてくれて、最初からユニット入りが決まっていた。
「翔太には、特別な才能がある」——その言葉を信じたいと思ってきた。
でも、最終オーディションのあいだ、みんなの“変化”を目の当たりにして、焦っていた。
歌、ダンス、表情、言葉……。
悩みながらも前に進んでいく姿が、まぶしかった。
一方のぼくは?
「ぼくは、何を乗り越えてきた?」
オーディションを経ていないぼくは、何も証明していない。
このままでは、みんなと肩を並べる資格はない気がした。
「だから、変わりたい」
「ちゃんと、自分の力でここに立てるようになりたい」
午後、オフィスで椿社長に声をかけた。
「社長、何か、自分を磨ける場ってありますか?」
椿社長は少し驚いた顔をしたあと、やわらかく笑った。
「その気持ちがあれば、ちゃんと形にできますよ。。翔太くんも、動き出せるように、考えておきます」
その言葉に、少しだけ前を向けた気がした。
歌を歌うことは、ぼくにとって心の言葉だ。
だからこそ、ちゃんと胸を張って、歌えるようになりたい。
このユニットに、ぼくがいてよかったって思ってもらえるように。
そして何より、ぼく自身がそう思えるように。
迷いは、誰にでもある。
でも、それを越えた先にしか、本当の輝きはない。
LoHiのステージに立つその日まで——
ぼくは、そしてぼくらは、走り続ける。




