ep.42 忘れ去られたアイドルたちの夜会
キャラランドビルの屋上。 風が、どこか懐かしい花の香りを運んできた。
「ふぁあ、夜風って気持ちいいにゃ〜」
マーガレットの香りをまとった小さな影――
いたずら好きな三毛猫のマスコットキャラクター、ガレットたんが、ポンと植木鉢の縁に飛び乗る。
白いマーガレットのペンダントが胸元で揺れ、足元のピンクの肉球には白い花びらの模様。
近づけばふわりと花の香りが漂う、ツンデレな愛されキャラだ。
そのすぐ後ろ、少し遅れて続いたのは、甲羅を抱えてヨチヨチ歩く亀のカメリアだった。
キャラランドで一番の新米マスコット。
人間年齢10歳のようなあどけなさを見せるが、実は推定300歳。
みんなからは弟分として親しまれている。
「みんな、集まってきてるかな……?」
夜の集会。その呼びかけ人は、他でもないべにほっぺだった。
見た目はかわいらしいうさぎだが、中身は人間年齢48歳の壮年男性。
かつてデコメキャラクターとして一世を風靡したベテランで、仕事には厳しく、人生を達観した大人のキャラクターだ。
最終オーディションの真っ只中。 たくさんの応募者たちが夢に向かって全力で走る姿に、心を動かされたのは「人」だけではなかった。
「……わしら、最近ちょっと、霞んできとらんかの」
静かに切り出したのは、ぽこぺん。 鬼ヶ島出身の鬼モチーフのマスコットキャラクター。
キャラランドのマスコットでは一番の稼ぎ頭。豪快な性格だが、後輩の面倒見がよく、チームのまとめ役でもある。
「いや、それを言うなら俺だろ……」
ふうっとため息まじりに呟いたのはクライム。
ビジネス志向の強い豚のマスコットで、タイアップや企業案件の獲得に情熱を注ぐ。
マーケティングにも明るく、いつかは独立を狙っている野心家だ。
「このままじゃ、マスコットは“過去の栄光”になっちまう……。そう思わないか?」
「うん……ぼくも、見てたんだ。最終オーディション。すごくまぶしかった…」
カメリアが、目を潤ませながら語る。
「僕も、もっとたくさんの人に見てほしい。キャラランドのマスコットキャラクターって、すごいんだぞ!って」
その言葉に、クラインくんが力強くうなずく。
鶴のマスコットで、こちらも推定年齢300歳(人間年齢18歳)。日本一のご当地キャラを目指して、日々精進を重ねる努力家で上昇志向の持ち主だ。
「日本一のご当地キャラになるって夢、まだ諦めてないよ。だけどそれって、ぼく一人じゃなくて――」
「――6人でやるって決めにゃい?」
言葉を遮ったのは、ガレットたんだった。
いたずらっ子の眼差しが、今夜はまっすぐだった。
「またキャラランドのマスコットキャラクターが、誰かの“推し”になるためにゃ!」
沈黙のあと。 べにほっぺが、ゆっくりと立ち上がる。
「……いいかい、みんな。 わたしたちは“かわいい”や“おもしろい”だけじゃない。 ずっと誰かの側にいて、時に寄り添い、時に笑わせ、時に励ます。それが“マスコットキャラクター”の仕事だよ!」
月明かりが6人を照らす。
「今日、この日を“再始動”としよう」 「キャラランド・マスコットキャラクター部、ここに再結成だ!!」
「でもさ、ただ誓っただけじゃ変わらないにゃー」
ガレットたんが肉球をぺたっと植木鉢に押しつける。なぜか、そこにマーガレットの花びら模様が浮かんだ。
「ちゃんと、動かなきゃにゃ。マーケティング?ってやつ、クライム、あんた得意でしょ?」
「おお、任せとけ!」
クライムが得意げに鼻息をふんっと鳴らす。
「まずはSNS。全員の“推しポイント”を投稿していく。ハッシュタグも決めよう。たとえば……“#推せるマスコット”!」
「いいね、それ他者推薦的な?」
クラインくんが目を輝かせる。
「僕もね、動画やりたいんだ。“マスコットキャラクターの休日”ってテーマで、のんびりした日常を紹介するの。」
「ぼくは……“お悩み相談室”とかどうかな。子どもたちの質問に答える動画とか……」
カメリアがモジモジしながら提案すると、全員が一瞬黙ったあと、にっこり笑った。
「カメリア、お前が相談を受ける??お前が相談するの間違いじゃないか?、冗談だよ!!」
ぽこぺんの大きな手が、ぽん、とカメリアの甲羅をたたいた。
「その動画シリーズ、タイトルは『カメリアの甲羅のなか』でどう?」
べにほっぺがつぶやき、全員がどっと笑う。
「あとさ、椿社長にちゃんと企画を出そう」
べにほっぺが真顔に戻る。
「わたしとぽこぺんで社内プレゼン、やってみる。キャラランドの原点が、まだ終わっちゃいないってことを伝えたい」
「夏祭りもいいかもにゃー」
ガレットたんがごろんとひっくり返りながら言った。
「“キャラランド・マスコット夏祭り”って名前にして、ファンを集めてさ。かき氷の早食い大会とか、ぬいぐるみ釣りとか……もちろん、いたずらも仕込んでおくにゃ♪」
「ガレットたん、それは計画に入れるなよ……」
ぽこぺんが苦笑しながらツッコむと、
「にゃははー」
ガレットたんが知らんぷりを装い、毛づくろいを始めた。
「……じゃあ、やってみよう」
べにほっぺが小さくつぶやいた。
「もう一度、マスコットキャラクターの力を信じたい。あの子たち――アイドルを目指してる彼らみたいに」
その言葉に、夜の空気がほんの少しあたたかくなる。
月明かりの下、かつての“アイドルたち”が、再び動き出す。




