ep.41 伊藤 颯太の訴え
最終オーディションが進む中、伊藤 颯太はキャラランド事務所の扉をそっと開けた。
今日はオーディション運営の合間を縫って、どうしても伝えたい想いがあった。
「椿社長、雨野さん、少しだけお時間をいただけませんか」
事務所内の打ち合わせスペース。応接用の丸テーブルに、社長の稗田 椿とチーフマネージャーの雨野 武が並ぶ。
颯太は深呼吸し、ふたりの前に腰を下ろした。
「おふたりに、伝えたいことがあって……」
颯太は、まっすぐにふたりを見た。
「ぼく、キャラランドに入りたいです。高校卒業後、ここで働かせてください」
言葉が落ちると同時に、しんとした空気が張りつめた。
「それと……」 少しだけ声を強めて、颯太は続ける。
「今、最終オーディションを戦ってるユニット。もし彼らがデビューできたら……ぼくは、彼らのマネージャーになりたい。彼らと一緒に、夢を叶えたい」
椿社長は、そのまなざしを静かに受け止めていた。
雨野は、少し目を伏せて、深く息を吐く。
「颯太……」 雨野が、ゆっくりと言葉を探すように話し始めた。
「颯太の気持ちは、すごく伝わってくる。今までの働きぶりを見てても、誰よりも本気でこの場に向き合ってるのは分かってる。でも……」
「颯太なら、もっと広い世界も見られる。大学に進んで、新しい視野を広げてからでも遅くない。芸能界に行くにしても、颯太の熱意と気配りがあれば、もっと大きな事務所で、もっと大きなチャンスを得るような未来だって――」
颯太の目が見開いた。
「でも、ぼくは!」 颯太の声が、事務所内に響いた。
「キャラランドがいいんです。ぼくは、翔太や、他のメンバーが本気で夢に向かってる姿を見て……キャラランドで働きたいって、心から思ったんです」
震える声を押し出すように、颯太は言った。
「この場所で、彼らの夢を支える存在になりたい。それが、ぼくの夢なんです」
椿社長が、小さくうなずく。
「……ありがとう、颯太くん」
その声音は、どこまでも優しかった。
「正直に言うと、わたしはずっと、颯太くんがキャラランドに来てくれたらいいと思っていました。
でも…こういった話は、慎重に判断する必要があります。だから、すぐに返事をすることはできません…。」
「……慎重に、って……?」
颯太の眉がわずかに曇った。
椿は落ち着いた口調で言葉を続けた。
「颯太くんの想いは受け取ったし、熱意も理解しています。だけどこれは、ひとつのチームを任せるという大きな判断でもあるから。キャラランドの代表としてとして、責任を持って判断しなければならない。だからこそ、時間をもらいたいです!」
「ぼくは、もう決心しました。譲れません。」
颯太の目が、わずかに潤む。
椿社長と雨野は、黙ってその視線を見つめた。
「……私のほうでも、しっかり受け止めて考えています!」
椿社長はそう言って、微笑んだ。
「ちゃんと、向き合いたいから。少しだけ、時間をください!」
颯太は、唇を噛みしめながら、小さくうなずいた。
事務所の窓の外、夏の陽射しが静かに傾いていた。
その背中に残るのは、まだ届かぬ未来への、熱い想いだった。




