ep.25 椿社長のトップ営業
キャラランド所属男性アイドルユニットオーディション supported byGENSEKI( #キャラランドGENSEKIオーディション)の1次オーディション審査が締め切られて2週間。
朝のキャラランド事務所は、いつもよりぴりっとした空気に包まれていた。
会議室に集まったのは、椿社長をはじめ、各マネージャーたち。
ホワイトボードには、「次の展開のためにすること」とだけ書かれた文字がにじんでいる。
「これからの展開を加速するには――外部からの応援も必要だと思うんです。」
椿社長は手元の資料を軽く閉じて、顔を上げた。
落ち着いたトーンだが、その言葉には静かな決意が込められている。
「オーディションは盛り上がっています。SNSの反応も上々。けれど、ユニットを次のステージに押し上げるには、もっと“勢い”が欲しいんです」
岡マネージャーがメモをとりながらうなずいた。
「つまり、スポンサーを新たに探しに?」
「はい。そして今回は、私自身が動きます」
一瞬、会議室が静まり返る。
猫沢ゆうが思わず声を上げた。
「……えっ、社長が直接ですか?」
その言葉とほぼ同時に、スッ…と横を通り過ぎる影があった。
白い毛に身を包んだうさぎ――べにほっぺが、パチンと書類ケースを閉じる音が響く。
「椿社長の営業に、同行します」
べにほっぺの低く落ち着いた声に、岡が「……なんでそんなにやる気なんですか」とつぶやく。
だが、誰もが内心でうなずいていた。
椿社長とべにほっぺ。このペアでなら、なんだか突破口を開ける気がする――。
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向かったのは、都内にある某IT系企業。
最新の技術を駆使した新しいサービスの開発を手がけるこの会社は、エンタメとのコラボにも積極的なことで知られていた。
応接室では、若手広報担当者と、企画部部長が応対してくれた。
椿社長は、ていねいな所作でプロジェクト資料を差し出す。
「今回ご相談させていただきたいのは、“新しいアイドルユニットの育て方”に共感いただけるパートナーシップです。
新しいアイドルユニットは、、ファンやパートナー企業様の応援で“育っていき、価値を高める”存在です。そこに、御社のサービスが加われば……」
若手の広報担当者が興味深そうに身を乗り出す。
「仮想と現実の交差、ですか。面白いですね。」
「うちの若手、キャラランドのマスコットキャラクターのファン多いですよ」
企画部長も苦笑しながら、机上のタブレットに視線を落とす。
そのタイミングで、べにほっぺがすっと立ち上がる。
「ちなみに、こちらがオーディション参加してくれた原石たちのミニ動画です」
軽やかにタブレットの再生ボタンを押す。
画面に映し出されたのは、1次オーディション中の応募者たちの笑顔や葛藤の数々。
それを見た企画部長がふと、ぽつり。
「……オーディションは、うちの子どもも、オーディエンスとして参加しています。この子、うちの子どもの“推し”だ。」
静かな一言が、場の空気を変えた。
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プレゼンのあと。
商談は、ひとまず「前向きに検討」で終わった。
だが、広報担当者は最後にこう付け加えた。
「まずは、小規模なコラボ企画からご一緒できればと思います。新しいサービスの試験導入とか……」
「ありがとうございます。」椿社長が深く一礼する。
応接室を出てからの帰り道。
春の日差しの下、べにほっぺが足を止める。
「社長。次の訪問先のプレゼン資料は?」
椿社長は、かすかに笑った。
「準備は万端。今日はまだ、始まりにすぎないですから!!」
風に揺れる満開の季節を迎えた八重桜花びらが、二人の背中を押していた。




