ep.22 締切の夜に、芽吹く約束~567分の7、そのあとに~
キャラランド事務所、4月15日お昼前。
オーディション会場のモニターには、カウントダウンタイマーが映し出されていた。
残り時間は「12時間10分」。
一次審査、すなわちオーディション会場での来場者投票とSNS(X)での「イイね」数が締め切られるまでの猶予を示している。
「……いよいよ今日で一区切り、か」
コーヒー片手にソファにもたれる雨野武が、静かに呟いた。
「はい。投票の締切りは、今夜23時59分59秒きっかりです」
モニターの前では、猫沢ゆうがタブレットを操作しながらうなずいた。
「SNSの推移も大詰めニャン。昨日からまた数字が伸びてるニャン」
椅子に浅く腰掛けた転生猫太Pが、手にしたスマホをくるくる回す。
「SNS(X)での投稿数も増し、注目度が高まっています。応募者と応募者を応援するファンの熱意はすごいですよ」
岡 歩はスプレッドシートを開きながら、目を輝かせていた。
誰よりも応募者たちのSNS(X)やオーディションでの活動を細かく追っている。
「明日以降は、いよいよ審査委員会での選考ですね」猫沢が言う。
「うん、提出されたエントリーシートやオーディション会場、SNS(X)での審査(投票)結果は大事だけど、最終判断はオーディションの主催者であるキャラランドの責任になります。」椿はつぶやく。
「今回はキャラランドが主催したオーディション。
限られた情報のなかで、応募者の真の評価なんてできっこない。
そんななか我々は主観的に評価するしかないんだ。
椿さんの言う通り、今回のオーディションはキャラランドがすべての責任を負う。だから本当に真剣に選ばなくてはいけない。」
雨野は眉間にシワを寄せた。
「通過者20人の発表は5月22日。それまで、心臓が持ちますかねぇ……」と岡が苦笑い。
「…」
「……でも、ボス。今回は7人選ぶんですよね。567人の中から」
しばしの沈黙を破って、猫太Pが椿の方を見た。
若き社長―椿は、会議テーブルに両手を添えて立っていた。
その瞳はどこか遠くを見ているようだったが、次の瞬間、まっすぐに言葉を紡ぎ始めた。
「たった7人しか選べない。でも、567人全員がどこかで輝ける原石だと確信しています。」
空気が静まり返る。
「審査に漏れたからといって、他の誰かと劣っている訳ではありません。
ただ、今回のテーマや、時期、タイミング……そういういくつもの要素が、たまたま合わなかっただけ。
みんなの可能性は無数にあります!!」
静かに、でも確かな温度で語る椿の声に、誰も言葉を挟まなかった。
「だから、決めたんです!!」と椿は何かを決心したように一言漏らした。
「え?」岡が目を丸くする。
「567人の原石たちのために、キャラランドが団体を設立します。大歓声のなかで輝くことを目指す原石たちが切磋琢磨したり、一緒に何かを作ったり、お互い助け合う『場所』です。」
「キャラランドが、今回のオーディションだけでなくて、応募してくれた567人の原石のみんなが輝くことを目指すためにお互いを高め合い、助け合る「場所」を提供したい」
「オーディションに参加した人たちから希望者を募ります!!」
「社長、それって――」雨野が思わず声を漏らした。
「……今の段階で、キャラランドができることは限られています。でも、「場所」を作ることで、アイドルユニット以外の夢への扉を開けられるかもしれません。」
彼女の言葉は、重くも、どこか希望に満ちていた。
誰かがぽつりと「キャラランドらしいですね」と呟いた。
「……とりあえず、みんなさん」
椿がぱん、と手を叩く。
「あと12時間で1次オーディションのオーディション会場審査(投票)とSNS(X)審査(投票)が終わる」
「今日は残業になるかもしれません!私は夜食の買い出しいってきます」
何か吹っ切れたように宣言した。
猫太Pが部屋を出ようとする椿を呼び止めた。
「ボス、キャラランドが567人に提供する「場所」についていつから考えていたんですか?」
「先ほどです!!」
「たくさんの応募者のみなさんのエントリーシートを読みながら、この中から7人を選ぶことがワクワクする一方、ずっととても寂しく思っていたんです…」
「ニャンてこった……」
椿社長のほんの思いつきのアイディアから生まれた大きな決断の瞬間も
カウントダウンは、なおも静かに時を刻んでいた。




