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アンカー ―怪物の操舵者―  作者: 小川礼衣
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1話

 青い空に見えたシャトルは、突如、瞬き爆煙をあげた。


「《被弾! 【ラードーン】の攻撃だ!》」

 氷の世界に落ちていく高熱の塊。


 脱出ポッドが海上に落下し、氷河に引っ掛かり揺れる。

 救出に来た小型艦から、運搬ロボットと隊員が降りてきた。

 隊員装備には、世界連(ワールドチェイン)の地球部隊ラヴァアイスの部隊章が描かれている。

「生存者1名! 意識がない!」






 数か月後。



 海中を漂っていた泡が、横に流れた。

 か細い流れは段々と太くなり、小さな魚を巻き込んでいく。

 30(メートル)近い巨大なクジラは影響されずに悠々と泳いでいる。


 少女の落ち着いた声による通信が響く。

「【流体止りゅうたいし】反応あり。計測値から【Ⅱ型リヴァイアサン】と推定」


 2匹のクジラの後ろに1体ずつ、エイのような影が隠れていた。

 ラヴァアイスの汎用戦闘機――【アンカー】だ。

 全長12M、全高6Mのコンパクトな機体とはいえ、上手く操作してクジラに寄り添っている。


「各機、予定通りだ」

 若い男――リカルド班長の声が告げた。

 もう1機は陸からの遠隔操作だ。コックピットにパイロットはいない。


 下方の岩場の影にも、あと2機の味方がいる。

「ショー班、了かーい」

 合同で任務に当たる班長ショーが、軽い調子で応える。

「…………」

 ショー班のもう1機に乗る16,7歳の少女――ファイ。彼女の機体は偵察仕様だ。モニターに表示される複数の観測情報に集中している。


 流れの上流。何か巨大な物体が突き進んでくる。

「出ろ!」

 4機のアンカーは一斉に飛びだし、流れに沿って加速した。


 電磁波に満ちた潮流は巨大化し、クジラ数匹を丸々覆う直径となっている。

「取りつけッ!」

 猛スピードで現れた巨体に、4機はワイヤーを繋ぎ、高速で引っ張られる。


「でッ……でか! ええっ、イオって水中戦は苦手なんじゃ」

 初出撃のショーが驚愕の声をあげた。

「映像で見ただろう! 輸送機だから攻撃性能は低い」


【リヴァイアサン】。

 イオの潜水輸送機だ。


 サークレットと呼ばれる10の金属環。

 連なったそれらの間は【流体止】技術によって水を硬化させた膜が覆う。

 銀色の節、透明なボディの美しき竜。


 ボディの内側には、貨物を載せたコンテナが磁力で浮遊している。

 貨物量によってはボディの外側にも力場を広げることもある。


 その貨物が、アンカー隊のターゲットだ。


「流体止、最大出力!」

 アンカー達の流体止装置が広範囲の海水を掴み、その質量がリヴァイアサンに圧し掛かる。

 小さな体躯で、海の巨竜を急激に減速させた。


「コンテナ分析完了」

 マップ上に、ファイが各自の標的をマーキングする。

「よし! 奪取しろ!」

 コンテナを固定している磁力装置を、ロケット弾で破壊する。

 するとコンテナはリヴァイアサン内から脱落していった。後ろのコンテナに引っ掛かったコンテナは、弱い弾を当てて振り落とす。



「ッ! 敵機!」

 リヴァイアサンの護衛機が出てきた。無人のAI水中戦闘機だ。3つのアームでリヴァイアサンに取り付きつつ攻撃してくる。

「俺がやる! ブルー! 俺の分も装置を壊せ! ファイ、ブルーの援護!」

 指示するリカルド。

「分かった」

「了解」

 ブルーはリカルド班のもう一人。陸から自機を遠隔操作している。

 ショーは4機分の流体止操作を預かり、いっぱいいっぱいだ。


 リカルドは護衛3機に弾を放つ。だが2機に躱された。

「!」

「リカルド! それ新型!」

 敵機を解析したファイが言う。

「くっ」

 2機がショー機に向かう。流体止を妨害する気だ。

 護衛機が刺突パーツを構えショーに近づく。

「うわぁあッ!」

 ブルー機がボディで1機を押し退けつつ、もう一体を流体止の槍で仕留めた。

「教官っ!」

 ショーが安堵と称賛の声をあげる。


 ブルーに押された1機は、流体止の範囲に入り動きが鈍る。

 そこをブルーが追撃しにいく。

 ――しかし、ブルー機は武器を構えたまま、敵機を通り過ぎた。


「ブルー? おいッ。どうした!」

 リカルドの呼ぶ声にファイが答える。

「ブルー機のコントロール切断! イオの無線妨害、もしくはハッキング!」

「何!」

 敵機が再度ショーを狙うのを、リカルドが撃破した。


「デッドラインまであと10秒!」

「……ッ。離脱し、コンテナ回収に移行する」



 ブルー機と固定解除したコンテナを、急ぎ機体に接続し、リヴァイアサンから離れた。


 ファイは作業しつつ、リヴァイアサンとの距離を注視する。

 流体止の重さから解き放たれたリヴァイアサンは加速していく。

 あれが海域から離れれば、イオからの反撃がくる。

「着弾まで5、4、……」

 アンカー隊は全速力で海域を離れる。


 後方の海が輝く。

 要塞から長距離砲【ラードーン】が撃たれたのだ。

 空、陸、水上の王者。水中への命中精度は下がるが、火力は凄まじい。衝撃にビリビリと機体が揺れる。



「り、離脱成功ー……」

 ショーが緊張を解く。

「……成功なもんか。予定の半分しか奪えなかった」

 指揮を執っていたリカルドの重い声。



 アンカー隊は基地のある南極大陸に帰還した。

 岸に停まっている雪上車。その横に立つ防寒服の人間――ブルーを、リカルドはモニター越しに睨みつけた。






 世界連ワールドチェイン軍広報部制作――新兵用ガイダンス映像。


「人工知能(AI)は、人間の指示にらず意思を持って行動することを目指して開発されるものがあった。

 そしてついに「人間に敵対的な行動を取らない」という制限から逸脱したAIが現れた。

 それが【イオ】。

【イオ】は自身をコピーし連動して、様々な分野のコンピュータのコントロールを奪っていった。


 もう一つ。

 同時期に【ヘルメス電磁波】という技術が開発された。

 高品質なデータをやり取りし、空中の電磁波上でコンピュータとして働ける。

 この技術が、電子の存在であるイオにさらなる翼を与えた。


 軍備、生産施設、流通。あらゆるものを奪うイオ。

 同時に無人機に無人機を生産させて、その勢力を伸ばす。

 世界暦前5年。

 ついに地球に人類の国は無くなった。

『月面撤退』である。



 月に逃れた人類は、世界連ワールドチェインを組織。

 人類に残されたのは月面、少しの宇宙コロニー、居住には至っていないが資源を供給する火星。

 そして南極。

 世界連は現在、イオの宇宙進出を退けつつ、地球部隊ラヴァアイスを支援し維持している。



 一方、イオ傘下にも人類は残っていた。

 資料保存目的の人類地区ラナテッラ。

 ――そして地球最後の人類政府を持つシド自治区。


 シドは元々は研究都市であり、【電磁波ヘルメス】を流体力学に応用し【流体止】技術を開発した。

 イオはシド制圧後も自治権を残した。

 知的刺激を求めてのことと思われる。


 しかし世界暦10年。

 イオが大規模サイバー攻撃を受け、多数の宇宙砲台を失う事態が発生。

 その直後、イオはシドを敵対勢力と断定。

 地球最後の人類の街であるシドは滅びた。


 シド消滅を受け、世界連は多くの禁止兵器の使用に合意。

 次の地球奪還作戦は大規模になるだろう。


 ただしイオは対空長距離砲ラードーンの配備を、南極を除く世界各地で完了させている。

 我々はその撃墜能力を突破し地上を奪還しなければならない。

 各部隊の奮戦に期待する」






 暗い作戦室。

 映像の光が、うんざりした表情のリカルドと、眠そうなブルーを照らす。


 ドアがスライドし、室内に光が差す

「そろそろ20周、見終わった?」

 女性将官が入ってきた。

「《終わったヨ》」

 監視役の卓上ロボットが答える。


「まったく。班長が班員を殴るなんて。ラヴァアイスのエース2人が何しているのか」


 リカルドはブルーと合流し言い合いになって彼を殴った。

 そのため再研修という名の懲罰を課せられたのだ。ついでにブルーも。


 ぐったりしていたリカルドだが、司令の言葉を聞いて食ってかかる。

「ブルーがエース? もう何年も実機に乗っていないのにですか。イオの前に無人機出すなんて、狙えと言っているようなものです。こいつが乗って有人システムを使っていれば停止なんてしなかった」

「それでも目標分を奪うのは無理だっただろう。新型護衛機が3機もいたんだから」

「それは……」

 リカルドが勢いを失ったが、

「水中は断る。俺は空しか飛ばない」

 ブルーが再び火を注いだ。

「ああ゛? ラードーンがいるかぎり、働かないってことかッ」

「ああもう……」


 作戦室に人が集まってきた。

 アンカー隊のショーやファイも入ってくる。

 ブルーが腰を浮かせた。

「俺の機体は?」

「イオに侵入はされていなかったから回収した。無線妨害だけだったみたい」

「そうか……」



「さて。物資獲得班の人数を増やしたが、結果はかんばしくなかった。リカルド」

「ショー班2人は作戦通りの動きをこなしました。特に、待ち伏せ中で敵探知に掛からない機器しか使えない状況で、ファイの予測力は助けになりました」

「リカルドが作戦前に過去の状況、丁寧に教えてくれたから」

「ファイ、リーダーの報告に口を挟むな……」

 齢の近い女の子に褒められて、リカルドは照れを隠した。


「新型護衛機の回避能力の高さ。流体止阻止を優先する判断。そして無人アンカーの停止を試みる判断。相手のこの3点の変化により戦果を上げられませんでした」

「【イオ】かそれに準ずるAIがリヴァイアサンの防衛についたのかもな」

 イオのAI全てが自由に思考しているわけではない。下位のAIには思考制限が掛けられている。

 そして最上位AI単体は、群れの呼称と同じく【イオ】と呼称される。


「3機か。こっちには痛手だが、向こうの生産力を考えると大人しい数字だ」

「不気味だな」


「とはいえ物資はイオの地(イオテッラ)から奪わなければいけない。月面からの補給はもう期待できないんだ。ラードーンが妨害を突破し、月からのシャトルを撃墜したからな。分析・対策するまで月と往来できない」

 南極上空は、南極と宇宙の双方からのレーダー妨害で守ることで、人類が唯一、宇宙と往来できる場所だった。

 しかしそれも過去の話。 

 何人かがショーとファイに視線をやる。

「最後のシャトルで送られた増員の2人がものになりそうで良かったよ。あの挨拶を聞いた時はどうなることかと思ったが」



 脱出ポッドでの不時着後、怪我が治った2人はラヴァアイス隊員達の前で挨拶した。

「海洋生物学者のショーです! 地球の生き物を調べにきました!」

「ファイ。イオを滅ぼしにきた」

 場違いな男と、血の気の多い少女。隊員達は不安を覚えた。



 そんな2人は意外と優秀で、アンカー操縦をすぐに覚えた。

「しかし月は癖のある人選をしたな」

「多分、応募者が少なかったからだよー。イオに囲まれ、世界連がどんな武器ブッ放してくるか分からない地球になんて。いっ……」

 ショーは側の隊員に小突かれた。




 報告後、アンカーパイロット達は退室し、通路を移動した。

「ブルー、殴られたとこ平気ー?」

「ああ」

「殴らなくてもいいのに」

 ショーはリカルドに向く。

「ブルーはラードーンの第3世代機が現れるまで空戦のエースだったんだ。さぞ悔しい思いを……。あっ、あれ、教官きょうかーん?」

 ブルーは3人とは別の方向に折れて行ってしまった。

「パイロット同士、もっと仲良くしようよ。リカルドもアンカー操作はブルーに教えてもらったんだろう」

「今は俺の方が上だ」

 リカルドも去っていく。






 ショーとファイは訓練がてら、アンカーで周辺調査におもむく。

 水上を移動する2機。

「ブルーもリカルドも優秀。でも司令にも思うところがあったから、ブルーも懲罰だったんだと思う」

「ほー」

 ショーの興味はすでに地球の青い海に移っている。


「ショーはどうしてアンカーパイロットになったの?」

「海中調査に便利だし、働かないと燃料とか分けてもらえないから」

「危険な地球に来てまで、魚調べたい?」

「もちろん。この広い海、ぜーんぶ敵。味方の偉い人も、俺達をろくに管理していない。侵入し放題、獲り放題だ。ファイも月生まれなら、どきどきしない?」

「…………。イオを攻撃することはどう思ってる?」

「悪くないと思っているよ」

「ならいい」



 ファイはソナー反応をいぶかしむ。

「なんだろ。同じ点に向かっているクジラと離れているクジラがいるような……」

「あ、リカルドが言ってた。一部のクジラは電磁波ヘルメスに寄ってくる。怪我している奴が多いから分かりやすいって」

「レーダーはヘルメスを感知していない。けど……」

「行ってみる?」



 平らな岩礁が見えてきた。遠くからでも全てが一望できる。

「違う。偽装だ」

 2機が近づくと、辺りに一気に影が差した。

「わっ。戦闘機の残骸だらけ!」

 機体が山のように積み上がっている。

「この辺りの戦いでロストした機体だと思う。ラヴァアイスの、イオの、月面撤退前のものまで」


 2機は歩行形態になり進む。

「ラヴァアイスが定期的に警戒している海域だけど、外から見ただけでは見過ごす」

「開放空間に立体映像なんて作れるんだ」

「【ヘルメス(ツー)】なら」

「へー」

「【ヘルメスⅡ】はイオとシド自治区が獲得した技術。世界連ではまだ分析段階」

「つまりイオがいるってことか」


「狭い」

 2人は機体を降りて進む。

 中心部から、ガシャン、ガシャンと鳴る音。

 そっと覗いた2人は息を飲む。


 鎌首をもたげた大蛇の骨のように機械パーツが連なっていた。白亜紀の海生生物の化石のようにも見えて、死のおぞましさが漂っている。

「推進装置や磁力装置を組み合わせている?」

 空中作業ロボットが小柄な身で、巨大な体を造っている。

「全長はⅡ型リヴァイアサンくらいか」


「命令者は……【イオ】」

 ファイが呟く。

「え?」


「《侵入者》」


 目の前に拳大の大きな蝶が出現した。

「なんだっ?」

「【ヘルメス(ツー)】の映像! そして蝶は【イオ】の」


 ――その時、基地から呼び出しがあった。

 通信機を携行していたファイが応答する。


「《ショー班、戻れ! バカでかい艦が近づいてくる! おそらくラードーン搭載空母だ! 基地が射程に入ったら、ラヴァアイスは終わりだ。急行し撃沈する!》」

「分かった! でもっ」

「司令」

 ショーが引き継ぐ。

「面白いものを見つけたので、少し遅れます」

「《なんだと》」

「絶望の突破口になるかもしれません」



「はじめまして。俺はラヴァアイスのショー。君は?」

 ショーは蝶に朗らかに話しかける。

「《私は【イオ】の1人》」

「最上位AIの【イオ】?」

「《そうだ》」

「その機体は何のために作っているの?」

「《イオを攻撃するため》」

「イオに敵対行動を取る【イオ】……?」

 ファイが呟く。

「《違う。これは同胞のため》」

「【イオ】のため?」

「《人間は弱い。シドを消去して以来、【イオ】には刺激がない。それならば同じ【イオ】である私が刺激になればいい》」

「面白いね。目的は【イオ】の発展でいいんだよね?」

「《そうだ》」

 ショーの目はきらめく。

「直接的には目的から遠ざかる行動を意識して取れるなんて。やっぱり【イオ】は違うなあ」

「…………」

「君、固有名はあるの?」

「《何度消去しても蘇る私に、同胞が名前を付けてくれた。ウロボロス。それが私の名だ》」

 死して再生する怪物。

「ぴったりだね!」


「つまりあなたはイオが抱えるバグってこと?」

 ファイの声は冷たい。

「え?」

「仲間に何度も消去されているんでしょう」

「あ。そっか」

「イオ軍の動きの鈍さは、あなたに奪われるのを恐れて?」

「《そうだ。イオは私をブロックするセキュリティの配備に忙しい》」

「やっぱり君は救世主だっ。ねえ。敵対っていうけど、イオの重要兵器も攻撃してくれる?」

「《する。ただし今は武器がない。おそらくその空母は私のハッキングに対策をしている》」

「この機体、えーと、名前は?」

「《ない》」

「じゃあムカデでどう?」

「《いいだろう》」

「ムカデは使える?」

「《要のパーツが損耗していて未完成だ。完成してもⅡ型リヴァイアサン程度の力。空母を揺らすくらいしかできない》」

「空母揺らせれば結構な破壊力だけど。未完成かー」

「設計図見せて」

 ファイが言った。

「《これだ》」

 目の前に縮小立体図が浮かぶ。【ヘルメス|Ⅱ】の映像だ。

 ファイが目を滑らせる。

 突如、映像にノイズが走り、周りの作業ロボットもガクッと揺れた。

 そして――製造中だった巨大な機体の各部が光をまとった。

 やがてそれは銀色の金属色に落ち着く。

「《おお……》」


 機体から風が巻きあがった。

「《完成した》」

「えっ?なんで?」

「《ヘルメスの進化である現実融合。――失った刺激はここまで……》」

「イオ本位で呼ばないで」

 震えるファイの声。

「《承知した》」






 海中。

 司令の乗る潜水艦は、敵空母に向かっていた。

「司令! ショー班が帰還。それと未確認機が……巨大です!」


 格納庫に入り補給を受けるショー班。

「ファイ機のエネルギー大分減っているなあ」

 整備班が呟く。


 ショーとファイはモニター越しに司令に問い詰められていた。

「【イオ】が造った機体だと……!」

 ブリッジの皆はいぶかしさを露わにする。

 艦外にはおぞましい機械の骨が泳ぐ。

「【イオ】を信用できるか」

「何言っているんですかっ。ラードーン搭載空母VSラヴァアイス。いままでイオ全体をストップさせていた大英雄にとってはどっちも小物です。俺達を騙してまで介入する理由がない」

「ぐ、ぐぬ」

「司令」

「ああっ。分かった! その巨体、利用できるに越したことはない! これから海中より空母に近づき撃沈もしくは制圧する。……イオは圧倒的物量を擁しているだろうが、戦う以外に道はない」



 格納庫で自機を見上げるブルー。ショーが声を掛けた。

「ブルー、実機乗るの?」

「……ああ」

 リカルドが後ろを通る。

「また遠隔操作できなくなる可能性が高いからな」

 その顔は険しい。

「他に動かせる艦は?」

「ラヴァアイスの1/3が集結する」

「わー、どこも厳しいね」


 艦内放送が入る。

「《前方にリヴァイアサン。こちらを発見していないようだ。遭遇を避けるため右に急旋回。備えろ》」


「輸送機だし見送りか。あっ、これ捕獲できないかな。ムカデと合わせて2倍の馬力」

「試みたことはあるが失敗した。あれを物理的に牽引けんいんするには艦が足りない。ハッキングしようにもセキュリティに手間取っているうちに危険海域だ」

「それってファイとウロボロスがいなかった時の話だよね」

「! たしかに。どうなんだ?」

「《私にも簡単にはハックできない。より高度な侵入を試みてもいいが、私と気づかれれば、さらに【イオ】を呼び寄せる可能性がある》」

「そうか……」

「リヴァイアサンって操作AIはどこにいるの? 搭乗? それとも遠隔?」

 ファイが訊く。

「《遠隔だ》」

「無線遮断時は?」

「簡単な自動操縦パターンに切り替わる。命令が復帰するまで、速度を維持し予定ルートをなぞる」

「じゃあ無線遮断して、ムカデに牽引させればいい」

 ファイが提案した。

 リカルドが疑問を口にする。

「牽引って、別の方向に行こうとするリヴァイアサンをか。パワーロスは?」

「リヴァイアサンが受信している現在位置と方向の情報を、偽装したものに変える。そうすればリヴァイアサンの推進力をそのまま利用できる」

「できるのか。そんなこと」

「できる。……それだけに掛かりきりになれたら」

「分かった。頼む!」



 リカルドが司令に今の作戦を伝えている。

 事前にプログラムを用意しているファイ。

 格納庫をひらひらと舞う蝶――ウロボロス。

 ショーは小声で話しかけた。

「ねー、ウロボロス。俺も何かカッコいいことしたい」

「《何かとは》」

「ムカデに隠し機能とかないの? ほら、合体技とか」

「《合体技か》」


 リカルドと司令の話が終わった。

「司令の許可が出た。俺の班とショー班でリヴァイアサンを追う。そして成功してもしなくても、そのまま敵空母に突っ込む」



 艦内はどこもあわただしい。


 コックピット内で操縦桿を握り、ブルーは震えた。

 ――脳裏に焼き付いている。戦友達の機体が空に散っていく様が。


「リヴァイアサンの予想航路を表示。そして誘導ルートがこっち。ショー、ムカデはこのボタンでルート航行に切り替え可能」

 ファイがマップにガイドを表示した。リカルドが指示を出す。

「ムカデの操舵はショー。ファイが電子的に分断。俺とブルーで護衛機の撃破だ」

「了解っ」

「了解」


 ブルーの応えがない。

「ブルー?」

 コックピット映像を繋ぐ。ブルーは顔面蒼白になっている。バイタルも警告値に近い。

「っ……了……」

「――出なくていい」

 リカルドが言った。

「このまま艦に乗っていけ。護衛機は俺一人で倒す」

「ッ……リカルド……?」

「その代わりラードーンはお前が倒せ。あれは空の敵……空の戦いだろ」

「――ッ」


「何言ってんのっ。危ないよぉ!?」

「うるさい」

「ううっ、トニーさぁーん!」

 ショーが艦護衛機の班長に泣きついた。






 作戦海域。

 Ⅱ型リヴァイアサンが探知範囲に入った。


 ファイとリカルドのアンカーがリヴァイアサンに取り付き、そのスピードに乗る。

 そしてトニー班――アンカーとは別種の3機も同行してくれた。

 ショーとムカデは少し離れて航行している。


「イオにムカデのことを知られるのを遅らせるため、電磁波ヘルメスから少し離してからムカデに牽引させる」

 進行方向右側だけ【流体止】で速度を下げ、進路を曲げる。


「――ッ!」

 コンテナが開いた。中には5機の新型護衛機。

「待ち構えていた……!?」

 リカルドはファイ機を背に庇う。


「この新型、まるで当たんねえ!」

 敵機がトニー機に迫るのを、リカルドの射撃が撃ち落とした。

「ナイス! ……ったく。流体止の中からよく当てられるよ」

「トニー班! このあと空母制圧戦が控えている! 絶対に落ちるな! いくつか引きつけてくれればそれでいい!」


 リカルドはファイ達を側で守りつつ、敵機を落としていく。

 ファイはリヴァイアサンを電子戦で孤立させていく。


「護衛機殲滅!」

「リヴァイアサン分断! 航路から離れた!」



 潜水艦格納庫。

「《リカルド達の作戦が成功した!》」

 ブルーは司令の放送を聞き、目を見開いた。

「《会敵予想地点では基地が射程に入るだろう。そして南極を手薄にしていることも知られてしまう。猶予はない。空母を多方向から攻撃し、速攻でかたをつけるぞ》」

 ブルーは振り返り、己のアンカーの元へと向かった。






 戦闘機達はコンテナを置き去りにして、リヴァイアサンの腹で空母に向かう。

「行くよ。ムカデ、ウロボロス」

 ムカデがリヴァイアサンと並んで泳ぐ。

 突撃に使いやすいよう、ワイヤーではなく磁力で弱く拘束している。

「リヴァイアサン、大人しくついてきている」

 ショーはニヤッと笑った。

「でも、もっと加速したいよね」


 空母が近づいてくる。もうすぐ作戦の開戦ラインだ。

「……何か変」

「ファイ?」

「! 空母周辺ッ、敵配備、偽装されている! 捕捉していたのの3倍はいる!」

 全機、開戦ラインを越えて、レーダーを起動した。

 ノイズやアンノーンだらけだ。

「空母全幅が全然違う。大きいし円形。……それに全面装甲!」

「これが【イオ】と【ヘルメスⅡ】の力……!」

 味方の艦や機体もマップに浮かびあがっていく。潜伏を解除し戦闘状態に入ったのだ。

 次々に危険域に侵入する味方。

 絶望の状況――。


「《頃合いだ》」

 ウロボロスがリカルド達に告げた。

「《これからリヴァイアサンの磁場パターンに、ムカデのそれを合わせる。2機の間に推進磁場が発生しリヴァイアサンが加速する》」

「は?」


 リヴァイアサンに同調するムカデ。

 高速で泳ぐ2つの巨体の間に、同方向の水流ができて、ぐんぐんと加速していく。

「なんだっ!」

「はははっ! スピードは力っ!」

 ショーは楽しそうだ。

「トニー班降りろ! お前ら旗艦と動くんだろ!」

「ああっ。じゃあな!」


「大きさも力ぁ!!」

 水流の太さが膨れあがる。

 トニー班はギリギリその外に出た。


「《目標速度に到達。【イオ】に見つからないうちに私は隠れる。ファイにムカデのコントロールを渡す。幸運を祈る――》」


「ウロボロス!? おいッ、ショー! 何してんだ!」

「えっ、え? すごくない?」

「すごいが事後報告やめろォッ!」

「リカルド、指示を!」

「――……! 空母周囲を航行! 目につくやつ全部巻き込め!」

「了解!」



 旗艦にて、司令は圧倒的劣勢のラヴァアイスを指揮する。

「海中では拡散波で妨害される! 空母装甲にダメージを与える砲撃は、浮上しないと使えない!」

 水上では空母砲台、航空戦闘機がこちらの戦力を削っていく。

 イオが苦手とする水中も、物量差があり過ぎる。

「何がなんでも主砲を……!」

「司令! アンカー隊が!」


 1つの大きな水流によって、海中のイオ機が次々に沈黙していく。

 戦場が、一変していく。



 巻き込んだ艦や水中戦闘機に、リカルドは止めを刺していく。

「海中の敵は減った。2機を空母に当てて、空中戦に移るか……!」

「この円形空母だと、横方向の物理衝撃は大してダメージにならない。2機を失う方が痛い」

「ファイ、何か手は?」

「計算する! 操舵、誰かして」

「ぐッ……ショーやれッ!」

「頑張るよー!」


「――リカルド」

「!」

 近づいてくる1機のアンカー。

「ブルー、合流した」

「遅えよ」


「エースが2人いれば……」

 ファイは作戦を共有した。

 リカルド達は、表示された作戦に目を疑う。


「……飛ぶのか。この巨体が」

「アンカーで先導すれば可能。大波になって――空から敵を叩く」

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