第5話「怪人はここにもいた」
萌香が出社して記念撮影をしたのは開店1時間まえの事。
下準備の事などソラが丁寧に萌香へレクチャーしてゆく。
今日のところはお客さんに注文を聞いてソラに伝えるだけでいいようだ。
「あのう、あの髭モジャの店長さんって今日は来ないのですか?」
「あぁ~いつも10分まえに来るのよ」
「10分まえ!?」
「彼の仕事は頼まれたコーヒーや食べ物を作ることだからね。それ以外のことは私が全部担っているのよ」
「いや、それじゃ、ソラさんが実質店長なのでは?」
「ふふふ、そういうふうにみて貰っても大丈夫よ?」
店内の装飾に励む中でさりげなく聞いてみたが、やはりただならぬ事情がある喫茶店に他ならないようだ。そう考えてゆくと嫌な緊張感が襲ってきそうだが、なるべくポジティブに萌香は振る舞ってみせた。
どうもこのソラという先輩は妙な下心があるようにみえて仕方がないからだ。
彼女が目を赤く光らせる超能力者なのは確か。髭を蓄えた酔っ払い……もといこの店の店長も彼女と同じタイプの人間なのかもしれない。そうなれば、化け狸なんていうレアな萌香を捕獲しようとしてきても可笑しくない。
いざとなれば逃げ足に自信のある萌香はそのつもりでいた。
しかし、現実は彼女の想像を遥かに下回れば上回るもする予想外の連続。
店長の森大地が出勤してきたのは開店40分後のことだ。
店長にして完全な遅刻。
しかも彼の顔は真っ赤で欠伸もしてみせるから、酷い二日酔い状態にあるのは目に見えて明らかだ。
萌香は「林萌香です! 宜しくお願いします!」と元気よく挨拶をしてみせたが、彼は全く見向きもせずにリクライニングチェアで寛ぎ始めた。
「あぁ~こちらが店長の森大地。店長で覚えて貰っていいよ」
彼の紹介はソラが苦笑いをしながらやってくれる。
店が開店して1時間……2時間……遂には昼食時になる。
客は一向に来る気配がない。
時計が12時の針を刺したところでソラは目を赤く光らせた。
「えぇっ!? ソラさん!? 何を!?」
「安心して。彼にご飯を作って貰うだけ」
彼女は彼の腹に手を乗せると、その手から蒸気を発した。
「ウォオオオォ!? アチィ!? アチィ!? イアッ! イアッ!!」
「店長、私達、お腹空いたの。何か作ってくれない?」
「う……わかった……」
大地はソラの命令を受けるまま料理を作り始める――
何だこりゃ?
思わずそう口にしそうになった萌香がいたが、口をポカンと開けるばかり。
「んん~美味しい♡♡♡」
とびきりの笑顔でエッグトーストを頬張るソラ。確かにサクッと作ったモノにしてはかなり美味い。そう感じたが、そう声にだすことはできない。
「あのう、ここってずっとお客さんが来ないのですか?」
「来るよ。もうちょっとしたら常連さんが」
「えっ?」
ソラがそう言うと同時にカランコロンと店のドアが開く。
入ってきたのはその風貌を見ただけでそうだと分かるヤクザ2人組だ。
「フッフッフ……いつもの頼む」
「拙者もいつものオムライスで」
あれ? ヤクザにしては変だぞ?
拙者だなんて今の時代にそう話す者がいるだろうか?
一瞬すごい緊張が走りそうになったが、ヤクザのコスプレでもしているのかよ? という2人のありように萌香は吹きそうになるぐらいだった。
しかし、そんな彼女をみて黙っている男ではなかった。
「おい、お嬢ちゃん。俺の何が可笑しい?」
「へっ?」
男の一人が懐から銃をとりだして、萌香の額につきつけた。
そしてその場で萌香は消えてしまった。
「消えた? 一瞬で?」
「五味殿、一般人に左様な真似はよせ。カタギに手を出さないのが、拙者らの掟」
「フッフッフ……いやぁ……あの状態で笑えと逆にからかってやりたかったが」
萌香は消えたのではない。狸になった一瞬でカウンター席にもぐりこんだのだ。
そこで彼女は小声ながらも「ちょっ!?」と驚きの声をあげた。なんとソラが狸となった萌香をスマホで撮影していたのだ。ソラは微笑んでもおり、この状況そのものが計画的に発生させられたかのように感じられた。
これだけでも彼女にとっては充分なぐらいに最悪な1日にはなる。
しかし、最悪な出来事はこれで終わらない。
カランコロン。
新しい客。その客は萌香がよく知る男だった――
「お兄ちゃん!?」
「萌香!? 萌香か!?」
なんとこのタイミングで兄の海斗と鉢合わせる事になったのだ――
これ以上ない最悪の状況を受けて、萌香は店外へと狸のまま走り抜けていった。
「クソッ……逃げられた! アンタら、僕の妹に何をした!? 後で警察に通報するからな!?」
「えっ!? ちょっと待ちなさいよ!!」
海斗が大声で怒鳴って店を飛びだすと、それにソラも続く。
「おまちどう」
そんな事件が起きたにも関わらず大地は黙々とオムライスとナポリタンを作り、ヤクザ2人組へ提供した。
「フッフッフ……いま狸が逃げたか?」
「さぁ? 何も見えませんでしたが?」
「五味殿、だからカタギにはちょっかいでも手をだすなと」
「フッフッフ……じゃあ暫くはこの店に来られないかもな」
そう言いながら余裕綽々で五味はナポリタンを啜る。
「フッフッフ……時代はスマイルなのさ。楽しんでいこうぜ岩鳥」
この日、この面子が出くわしたのはたまたまの偶然か。
それとも運命だったのか。
少なくとも彼ら彼女らにはまだそれが分からなかった――
∀・)読了ありがとうございます♪♪♪とんだドタバタ劇でした♪♪♪どうなるのでしょうね(笑)(笑)(笑)
∀・)今回はアカサキリンゴさんが描かれた銀山空さんを挿絵に入れました☆
∀・)そして一布界の大スター五味さんも初登場ですよ(笑)楽しんで貰えたら何よりです☆☆☆彡