第1話「DROP OUT」
朝、気持ちよく目覚めた彼女は背伸びをして「ん~!」と声をだしてみた。
広島にやってきて3日目。
冷蔵庫もベッドもない部屋で彼女は一晩寝て過ごした。
あると言えば広島に来て早々に買った中古のテレビとスマホと寝袋だけ。
「さて、何からしよう?」
彼女は住み始めた新居を出る。
寝癖がひどいボサボサの金髪と兄のおさがりになるダボダボの服。
「ん~目立っちゃうかな」
そんな自分をちょっと気にしつつも街へ繰りだした――
幸い今日は平日だ。これが日曜日となれば悪い意味で目立つに違いない。だが、人通りがそこまで多くない今日のうちに最低限の物は揃えておこう。
そう思って彼女はバスから降りて一目散に洋服屋に入った。
「うわぁ~可愛い~どれにしよ~」
目を輝かせて思わず口走る彼女に恐る恐る店員が近づく。
「いらっしゃいませ……何かお手伝いしましょうか」
「う~ん、いいです。私が好きなのを選びたいから」
「は、はぁ…………」
店員は勇気を振り絞って話しかけてみたが、面倒くさい客だと早速わかりサッと離れてみせた。同じ店で働くスタッフにヒソヒソ話をたてる。
(まぁ……こうなるよね……はやくまともな格好にならないと)
彼女は嫌な空気を悟ると、それまでずっと続けていた物色をやめて1セットの洋服を選び購入した。
服が目立つのか。髪が目立つのか。スッピンが目立つのか。
何にせよ緊急的な準備が必要に違いはない。
なんせ今日の夕方には仕事の面接を入れたのだから。
浮浪者同然のナリだった彼女は急いで洋服や化粧品を買う。
それを大きなリュックサックに入れて場所を転々としながら準備を進めた。
仕上げはネットカフェの一室。購入した手鏡やお化粧を駆使して最後の仕上げを施した。「だいぶ使ったかな?」と財布の中を確認する。1万円札が10枚ほど入っていたが、ある程度は今日の戦利品でなくなったようだ。
「ふふ、今日の面接で死ぬか生きるかだね」
その本心からでてしまった独り言は大袈裟なものでないかもしれない。彼女が進めなければいけない初期設定は預金口座をつくる事も含めて山ほどある。その軍資金の確保が今日の面接で左右されるのだ。
最後の仕上げを整えた彼女は横川駅に向かって移動を始める。スマホを見つつ、ときには広島の街を眺めながら彼女が働く予定の喫茶店「DROP―OUT」を目指した。
少し道に迷う事もあったが、なんとかドロップアウトの玄関前に到着。お店は「準備中」の吊り下げプレートを出していたが、開いていた。
開いていたというのは彼女が何度も「すいませーん」「失礼しまーす」と大きな声で挨拶をするも、全く反応がないのでドアノブを回したところ、簡単に開いてしまったということだ。
店内を見渡すようにして恐る恐る中にはいってゆく。
「あの~! 面接にきた林萌香で~す!」
誰も反応しない。それより気になったのは物が散らかっており、とても綺麗な店内とは言えない状態にあった。彼女は片づけをする事にした。雑巾がいくつもあるから、埃被っているカウンターテーブルなどを丁寧に隅から隅まで拭く。
思った以上に大掃除になった。せっかく買った可愛い服もちょっと汚れた。
「ちょっとはマシになったかな?」
もう1時間は経っただろうか?
彼女が清掃したお蔭で多少はまともな雰囲気になった。ここまでやらないと客なんて入らないはおろか、まともに店を名乗る事もできなかっただろう。
「疲れたなぁ……ってか、誰もいないのにガラ空きのカフェってどうなのよ!?」
リュックサックから飲料水をとりだして一気飲みする。
そこで彼女は気づいた。
カウンターの奥にあるリクライニングチェアで寝ている髭面の男がいた事を。
「ひっ!」
片手に酒瓶を軽く握っている。彼がこの店の店主なのだろうか? 一生懸命になって大掃除したものの、彼の存在に気がつかなかった事に驚く。
「あの、林萌香です。面接に来ました。起きて」
彼の身体を揺するが熟睡から目を覚まそうともしない。
彼女は溜息をついた。
どうやら外れクジを引いてしまったようだと。
店内にあるメモ用紙の一枚をとって、彼女は彼女が面接にきたことを記した。この時点で彼女はお店にあきれていたので「辞退します」と文末に添えた。
外にでると既にネオンと夜の闇に包まれるようになっていた。
何度でも溜息がでてしまいそうだ。
「お仕事、どうしようかなぁ……」
その帰り道はどこまでも延々と続くように重たかった――
∀・)読了ありがとうございます♪♪♪本日から本格的に本作がはじまったとみて貰っていいと思います。1話ごとがこれぐらいの文量になるかなと思います(展開によってはもっと分厚くなるかもですが)。しかし「DROP-OUT」って変わった店名ですよね(笑)明日も21時に更新します。お楽しみに。
∀・)本作の担当絵師は僕の作品でお馴染み、だがしや様にお願いしております。