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第九十二話 純粋な人

 再び、マリアはベットの上に落とされ、靴は勝手に投げ捨てられる。


「マリア」


 愛おしい人の名前を呼ぶ。

 ソフィーはマリアの片手を握り、覆い被さる。


 マリアは空いた片手でソフィーの顔を掴んで、引き離そうとする。


「何をするのですか?」

「同じことの繰り返しはマジでご勘弁を。取り敢えず一旦、落ち着いてくださいね!」

「無理です」

「ちょっとは、こらえてくださいよぉ。ソフィー様はお子ちゃまなんですかねぇ?」

「子供なら我慢しなくてよいのですか? それならば、それで構いません」


 ソフィーの力が強まる。


「そ、そういうわけではないですからね!? 取り敢えず、少しだけ時間をください。ソフィー様に伝えたいことがあるので!」


 マリアの言葉に納得したのか、ソフィーはゆっくりと上体を起こす。

 片手はつながったままなので、それにつられてマリアも体を起こした。


 二人は座ったまま、しばらく見つめ合うが、マリアはつい――目線をそらしてしまう。


「なぜ逸らすのですか?」


 ソフィーは右手で繋がった指に力を込める。


「す、好きだから、照れるんですよぉ。そこらへん、ちょっとぐらい分かってくださいねー」


 マリアは少しだけ、不満そうに言う。


 しかし、ソフィーにはあまり理解ができない。

 ずっと見つめていたいし、ずっと見つめていて欲しいと――そう、思うのだから。

 とは言え、好きだから――その言葉は、ソフィーを大変満足させた。


「それではマリア、続きしていいですか?」

「駄目ですから!」


 剥れるソフィーを見て、マリアはため息をつく。


「わ、私はこうやって、手を繋いで――ときどき、唇を合わすだけのキスで十分ですから」

「私はもっとしたいです、マリア」


 それは、どこか懇願するような声。

 

「……すみません。でも――それはしばらく待って欲しいんです」

 

 マリアはソフィーの右手を両手で包むと、目を合わせた。


「私は、ソフィー様のことが好きです。だから、こうやって触れたいとは思うんです。でも、初夜のときのソフィー様は、少し――怖かったんです。だから、少しずつでもいいですか? 体の触れ合いは――もう少し待って欲しいです」


 ソフィーは唇を少し噛んだあと、笑みを作った。


「分かりました。マリアがそう望むのなら、我慢します」


 ソフィーの返答に、マリアの心は愛おしさで溢れる。

 

「ありがとうございます。なるべく、ソフィー様の期待に応えられるよう頑張りますから」


 ソフィーの手を強く、握った。


「――では、私のことはソフィーと呼んでください。二人のときだけでも、かまいませんから」


 マリアは優しげに微笑むと、一度だけ頷いた。


「二人のときだけですよ、ソフィー」


 そう言って、マリアは軽い口づけを行った。


 ――ソフィーはまだ、ほんの子供なのだと思う。人との触れ合いに慣れていないから、加減が分からないだけ。こうやって、ちゃんと目を見て話せば分かってくれる。彼女は優しい人。そして、誰よりも純粋な人なのだと思う。


「ところでマリア、いつまで我慢すればよいのですか? 明後日までですか?」

「それは早すぎますから!?」


 前途多難だと、ため息を吐きたい気分だ。


 だけど、それでも彼女と一緒に歩いて行きたいと――そう思う。

 



「……因みにですが、子作りってどうするんです?」


 ソフィーの目があやしく光った――ような気がする。


「興味あるのですか?」

「いや、別にそういうわけじゃないんですけどぉ。ただの知的好奇心ですからね、そこ、重要ですから」


 ソフィーは熱く語りだした。そしていかに優しく、いかに気持ちよくさせるか――そんな、関係のない話に流れた瞬間、マリアはソフィーの話を止めた。


 彼女の言葉を要約すると――お互いの下の濡れた口を重ね、粘液を混ぜ合わせ、魔力を流し込む――とのこと。

 子供を作るための神具はすでにソフィーの体内に溶けているらしい。


 取り敢えず、マリアはホッとした。


 ソフィーの下から"あれ"が生えてくると言われた日にはもう、教会へ逃げるしかないと思っていたから。

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